20251231
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20251228
日記697
20251227
日記696
ひとりの人間の痛みがもうひとりの痛みと結ばれると、ときには痛みが癒やされることさえあります。アモス・オズ『大江健三郎往復書簡 暴力に逆らって書く』
20251223
日記695
20251221
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20251217
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20251215
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20251208
日記688
幕末の越後長岡の風雲児、河井継之助は、死をおそれない勇者であったらしいが、鉄砲で左脚を撃たれて20日後に亡くなるとき、「死ぬのは覚悟していたが、こう痛いとは思いの外であった」と言ったそうだ 『痛いところから見えるもの』5p
久しぶりに消費生活の日記を読むとこれがもうびっくりするほど面白い。サンプルNo.を挙げてこの人の日記が、という言及の仕方はなにかルール違反のような気がするのでやめておくが、世界に対して一般に俺が思っていて言いたいことを思った。「ピースを」という愚にもつかないことなのだがそう思ったんだからしょうがない。
20251206
日記687
1000のこと
だいたい1000日前、インスタアカウントを作って1日1投稿しようということを思いついた。
もともと東京の街(ストリート)が好きで、東京の街なかでとくに気になる物事を見つけようとしていた。だから友人たちの写真のほかに、気になった物事のいくらかを画像に残すようにしてきた。それらは芸術とか表現の類ではなく、記憶補完用のキャプチャという位置づけで、RPGでセーブするのに近い感覚だった。
昔『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』というテレビドラマが放映されていたが、もし何も思い出せなかったら泣くに泣けないよなと思ったことも自分がスマホで写真を撮るようになったきっかけのひとつだ。忘れないのは無理なのかもしれないが可能なかぎりはできるだけ多くを思い出したい。
自分はSNSについて批判的な見方、とはいかないまでも冷淡な見方をしているほうだったので、だらだらスマホを見てしまうよりいっそスッパと止めてしまおうかと思ったりした時期もあったのだが、やめるの逆、しっかり取り組むという方向のほうが当時の自分の反骨的な気分に合ったので、運用するぞという意気込みでuekaramesen_streetというアカウントを作成したように記憶している。
ほぼ意識を介在させないで自動的に撮る写真もあれば、何らかの発見がありそれに伴って撮った写真もある。だいたい数枚から10数枚、多いときには100枚くらいのなかからその日の1枚を選んで投稿することになる。面倒があるとすればこの選ぶ部分ということになるが、さいわい隙間時間は日に何度かあるし、一番自由が効くのがこの選ぶ部分ということもあるのでそれなりに楽しんでやれている。ここが楽しく感じられなかったならたぶん続かなかっただろう。
なにしろ思いつきで始めたことなので1000日も続くとは思っていなかった。ただ、できるだけ長く続けようという意図はあったので、ストレスがないこと、すこしも無理がないこと、日によってのバラツキを許容して「何もなかった一日」もそれはそれで面白がること、というなんとなくの方針だけ定めて、あまり脳を使わずに半自動的に投稿できるような姿勢を整えていった。
時期を同じくして日記を書いているのだが、こちらのほうが断然面倒は大きい。毎日の投稿はとてもじゃないが不可能だ。それに比べて写真を撮るなんていうのはそれ自体は一瞬でできることなので続けるのもラクチンである。ようするに、やや負荷の大きい日常作業を並行して行っているので、それとの比較でラクさを感じ、結果として続けられているという部分もあるようだ。
そんなふうにほぼ労せずして1000日分のアーカイブを手にしたわけだが、1000日分のアーカイブを手にした気分というのはわるくないものだ。撮りためた写真によって感性を見せつけようという気持ちを隠すつもりはないが、そこまで根を詰めてやっているわけでもないし、見せつけようという気持ちはだんだん収まってくる。実際50日を過ぎた頃には、少なくとも直接には考えなくなった。今もそのあたりは深く掘り下げずに投稿している。ほぼ毎日、日常的にやることで「どうだ」と思い続けることは精神の構造上も難しいのではないか。だから結果的に余計なカドが取れて、自分の行動範囲の軌跡や見たものの記録という内容がそれなりに自然に表れているという気がする。
投稿された写真を見ると、まずその時期の東京の断片が記録されているということは言える。あとは〈わたし〉という視点の定点観測にもなっていて、事後的にではあるが”継続”がコンセプトのひとつになっている。だからどうというわけではないが、それらをもってひとつのARTだということは可能なのにちがいない。
わたしは一介の文学者にすぎず、アーティストや芸術家を自認するつもりなど毛頭ないが、それでも上に述べたようなかたちで日常的にARTに触れ、ほとんど毎日ARTに携わっている。精神がそれを要求するからだ、と格好の良いことをいえたらいいのだが、実際のところ、ただそれがルーティン・習い性になっているからだ。しかし結局、自分のやっていることについて自分自身で何を言うかということよりも、自分が何をやっているかのほうが大事なことではないだろうか。というわけで完全に飽きるまではもうしばらく投稿を続けていくつもりだ。
20251205
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20251128
記述・行動
行動するというのは世界という用紙にむかって記述するということだ。
そこで暗黙のうちにつねに問われるのは”何を”記述するのかということであり、つまり行動することにはどう行動するのかを決定するということが含まれることになる。
このアナロジーとして、行動に対する芝居は、記述に対する書道(タイポグラフィー)ととらえることができる。何を記述するのかというところからある程度の自由を得て、どう記述するのかに意を砕くことができる。何を書くのかということを決めておくことで、どう書くのかに集中するのが書道でやられていることだ。それと同じように芝居では、どう行動するのか決定する自由を失う代わりに、あらかじめ決められた行動をどのように行動するのかということに意識の力点を置くことができるようになる。
***
スターバックスから外に出るための自動ドアをくぐりながら女子高校生が「永遠にいっしょにいよう」と言った。仲良し3人組で、スターバックスのシーズナルドリンクを買っていっしょに写真を撮ることが楽しくて仕方がないといった風情だ。
この3人組が20年後にも同じ3人で集まって「永遠にいっしょにいよう」と言っていたとすると、自分はそれを見てどう思うだろうかと想像した。自分の考えではその発言を断然支持すると答えたい。いまこの瞬間に夢想した20年後の映像を心に描いて、いまの彼女らがいま言ったことが、架空の20年後の彼女らと重ねられたこの場合にはそれを支持するのもたやすいことだろう。しかし、そういった過去編をもたないまま、37歳の女子3人組がスターバックスで何がそんなに嬉しいのかとにかく嬉しそうに騒がしく会話しながら、店外に出るタイミングで突拍子もなく「永遠にいっしょにいよう」と言ったとしたら、自分はそれを素敵だと思える自信がない。瞬間的に過去編を妄想し、あるいはそれぞれに深刻な事情を抱えつつようやく集まれたかつての3人組なのだろうと酌量し、素敵かもしれないと思えるようでいたいとは思うものの、虫の居所その他の理由によっては苦虫を見るような顔をしてしまうのを避けられないと思う。
そうすると「永遠にいっしょにいよう」という唐突な宣言に対してささやかな感動をおぼえた自分の感性を疑うべきなのだろうか。誰が言っていたかによって受け取り方が変わってくるような言葉に感動するというのは二重に過っている気がするのだが……。
すこし考えて、しかしそうは言っても時の花というものはあるだろうと思い直した。つまり、女子高校生が言う「永遠にいっしょにいよう」には若さへの寄りかかりからくる芝居がかりがあるとしてもそれを含めて嘘がないのにくらべて、37歳の女子たちがそれをそのまま言うのには嘘をつかないでそうするのに無理があるだろうと思うのだ。しかしこれも大きな声で言っておきたいが、だからそういうことを言うのは止せと言いたいわけではない。むしろそういうことを言うのに適した年齢があるとするなら自分の感覚では17歳よりも37歳のほうがふさわしいとさえ思う。問題は言い方にある。願いをそのまま言ってそれが本当になる時期は過ぎた。それは認めなければならないのだろう。言い方に工夫をして想いを口にする必要があり、そういった道を経るからこそ、そこに咲く花は美しいと思うのだ。
ところが、どうやって言えばいいのか、しばらく考えてみたがよい例は思い浮かばなかった。そうするとやはり「永遠にいっしょにいよう」で良いのかもしれない。これは実際「永遠に」の使い方としてもっともふさわしい、辞書に載せてもよいほどの語用であり、親しい友人に対するこれ以上ない提案ではないか。
ただ、それを意味することを言うにしてもそれぞれの言い方があると思うので、ストレートに「永遠にいっしょにいよう」と言うのはどこまでいっても”次善”になるだろう。こういうとき答えは個別にあるはずだから、個別具体的に内輪の大喜利をしていくのが”最善”なのにちがいない。
20251126
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グッド・ 2025/12/30 昨日 11988 昼前に実家に帰る。用意してくれていた昼ご飯を食べたあと昼寝をする。夕方頃に起き出して京都に行く。この前東京に遊びに来た友人Tと河原町で飲む。食事と酒を分けたいという提案をして食事はそのへんの鎌倉パスタに入っ...