20260817

日記789

木漏れ日を受けて



2026/08/06 十一日前 14741
ここまで日記を溜めたのはたぶん初めてだろう。何もなしで思い出そうとしても記憶はほとんどないに等しいが、セットログのおかげで比較的簡単に思い出すことができる。午前在宅。午後から出社し、対面でのミーティングに参加。そのままバスケのため喜多見に移動する。中一日の疲労が残っていたがレベルが高くない回だったのでなんとかなった。家人が両親にプレゼントする用の人形のついでに木粉粘土で作っていたミニVを完成させる。


2026/08/07 十日前 10616
一日在宅。お昼にクリニックに行って検査と処方箋をもらう。定時すぎに退勤して渋谷に出かける。PARCO屋上で音楽イベントが開催されていたので友人Nと音楽客に紛れて酒を飲んだ。翌日からの佐世保長崎旅行の準備をして寝る。


2026/08/08 九日前 9897
旅行一日目。10時頃に出発し新幹線で博多まで。到着が16時頃になってさすがに移動疲れした。アパホテル博多東リゾートに荷物を置いて家人の大学時の友人とご飯を食べる。博多の焼き鳥は東京と比べて手頃でかなり美味しい。豚バラも焼き鳥だということを教えてもらう。朝からちいかわの映画を見てきたという話が出て、さすがに顰め面をしているわけにもいかず、ちいかわを嫌っているという話をした。無関心のスタンスよりは話が盛り上がる感じがしてよかった。わらびもちの美味しい北九州発祥の菊太郎でお茶をして解散する。行橋市から車で2時間かけて来てくれたという話で家人が嬉しそうにしていてよかった。東京に来ることがあればぜひお立ち寄りくださいという定型句を伝える。本当に来てくれたらいいんだがあまりにも定型句すぎると遠慮してしまうかもしれない。もうすこし押して伝えるべきかもしれない。ホテルにチェックインして風呂に入って寝る。空いている時間を見計らって風呂に行こうとしているうちに無為に夜が更けていってしまった。吹き抜けになっている館内廊下には空調が効いていない、部屋はうっすら汚れているなど、あまり良いアパホテルとは言えなかった。長崎のアパホテルも狭くて匂いが気になってうすら汚かったのでアパホテル自体こんなものなのかもしれない。アホな本が置いてあるのを差し引いてもまだひどいという印象になった。最低の最低は避けられるぐらいの見立てにしておくべきだという学びになった。


2026/08/09 八日前 5094
前日の就寝時間が遅くなりすぎたので11時のチェックアウトぎりぎりまで寝ることになった。となりのFUGLENでVといっしょにモーニングを楽しむ。昼食で”とりかわ”が売りの長政に入った。外パリ中ふわで、これならいくらでも食べられる。高速バスに2時間ほど揺られて佐世保へ。佐世保駅周辺から家人の実家へ移動する西肥バスで途中ひとりで歩くのは平地がぎりぎりで階段は一人で昇り降りがむずかしいおじいさんが乗り合わせてきた。降りる停留所はどこかと訊いてみたがへらへらしながら「わからない」という答えが返ってきてこっちが不安になった。それでも運転手のアナウンスによってそれを思い出したらしく、降りる素振りをしたので家人とバス運転手の三人で降りる手助けをした。彼が目的地にたどりつけるのか甚だ疑わしかったがバスは次の停留所に向けて走り出した。われわれも目的地の停留所で降りて実家に向けて歩いた。晩ごはんに家人の姉が作ってくれたカレーをいただく。Vを家人の家族たちに紹介した。それぞれ驚いたりしながらも笑顔で受け容れてくれて人から優しい気持ちを引き出すのがうまいVの面目を見た。


2026/08/10 七日前 9202
家人の実家で家族顔合わせ食事会の最終準備をして過ごす。お昼には鰻をごちそうになる。食後にちょっとした遊びとしてITOをプレーする。最初は姉と家人と三人だったが途中から母が入ってきて四人でかなり盛り上がった。上手い回答が見られたのもよかった。「母親になって考えよう。子供が寝言で言っていたら嬉しいこと」の93が「おかあさん」でばっちり決まったのが母つよしという感じでとくによかった。夜は近所のジョイフルに行って家人とその両親、姉の五人でご飯を食べた。ツインバーガーを注文して家人の家族に大食漢の一面を見せつけたりした。夜は気温が下がり風も吹いてとても気持ちの良い散歩になった。これ以上の夏の夜はそうそうない。


2026/08/11 六日前 3773
佐賀の龍水亭という料亭で家族顔合わせの食事会をする。乾杯の挨拶でいっぱいいっぱいになっていて、せっかく紋付袴を着させられたのに写真撮影を心から楽しむ余裕がなかったのが悔やまれる。しかし、大過なくなごやかなまま食事会を終えられてほっとした。もっとこうすればよかったというのも当然出てくるが、そんなのは家族の皆の笑顔によってあがなわれる。沈黙になったらどうしようかという不安もあったが、しっかりした大人の皆が、そして元気な甥っ子が、話題提供に、記念撮影にと協力してくれた。自分の両親も喜んでくれたようでよかった。


2026/08/12 五日前 9760
アリタハウスに宿泊し、アリタセラを見てから家人の運転で波佐見町を案内してくれる。ろくろ体験やおしゃれなビュッフェ、波佐見焼の白山陶器訪問などひと通り回って有田駅で解散となる。佐世保に戻る。姉がアジフライなど晩ごはんを用意してくれていた。衣が揚げたてさくさくで、お世辞ではなくこれまで食べたアジフライのなかで一番美味しかった。


2026/08/13 四日前 15358
朝8時頃に佐世保の実家を出発。今回もたくさんの気遣いをしてもらい、おかげさまでとても楽しかった。佐世保駅まではバスに乗る。そこから海沿いを走る電車に乗って長崎駅まで。タイムズカーシェアに乗り込んで、家人が教員として過ごした地・時津(とぎつ)をめぐる。よく行ったという店でトルコライスを食べる。想像した通りそのままの味でおいしかった。ひとしきりドライブしたあと長崎平和公園に行く。チリンチリンアイスを食べてから原爆資料館へ。そこから車でおこのみむらというお好み焼き屋に行く。キャベツたっぷりでおいしかった。
さらに車で稲佐山の夜景を見に行く。途中の駐車場から頑張って歩いてみる夜景はなかなかの見ものだった。ハートのギミックがよくできているなと感心した。一方で手前側にある公園の青青としたイルミネーションは下品でいただけないと思った。まあ1万ドルの夜景とは言えるかなとか言っていたが、調べたら世界新三大夜景とも1000万ドルの夜景とも言われているらしい。それはあきらかに言い過ぎだが、夜景を見るのもなかなかいいものだとは思った。アパホテルにチェックイン。わりとすぐ寝る。


2026/08/14 一昨昨日 28898
朝10時からピックルボールのコートを予約してスタジアムシティに行く。アイスアクエリアスや途中休憩などで熱中症をなんとか回避しながらピックルボールを楽しんだ。ピックルボールコートがある建物の下のカフェで長崎ヴェルカの練習を見学できた。コーヒーを飲みながら紅白戦を観戦できるようになっていてさすがスタジアムシティというだけあると感心させられた。
路面電車でめがね橋エリアへ移動。バラモン食堂というところで昼ご飯を食べる。家人が教員をしながら通っていたという絵画教室を見る。さらに大浦天主堂のほうへ移動。軍艦島デジタルミュージアムを見学する。大浦天主堂を近くから見たりおみやげのカステラを買ったりする。一旦ホテルに戻りシャワーを浴びて大量にかいた汗を流す。家人が元同僚に晩ごはんのおすすめを聞いてくれて「老李 駅前店」に行くことにした。ちゃんぽんが絶品だった。チャーハンも濃い味付けに逃げていない本格派という感じで、総じて満足感が高かった。やっぱりローカルの意見は頼りになる。
21時からのコートも空いているということなのでまさかのピックルボールおかわり。昼間より動けるのでお互いのパフォーマンスがあがりミニゲームも楽しめた。


2026/08/15 一昨日 9652
6時半のリムジンバスで長崎空港まで。そこからANAで羽田まで。スムーズに移動できたのもあり午前中には帰宅していて飛行機のスピードを享受するかたちになった。14時すぎにTCBが家に遊びにきた。おみやげを渡す。ひらがなじゃんで遊ぶ。友人Nの子がとにかくかわいい。Bと私は近づくと泣かれるのがデフォルトになっているのだが、Vのことも恐がっていて近づけると泣く体制をとる。彼女がVを恐れる初めての人間になった。
19時には解散になりバスケ日本代表の試合を見る。八村は別格だというわかりきったことを確認するような試合になった。


2026/08/16 昨日 22280
9時から落合南長崎でバスケ。3時間の回なので終わった頃にはへろへろになったが3ポイントを3本打って2本決め、うち1本が終了間際のウィナーになるなどノリノリで楽しめる展開も多く、単純に久しぶりなのも、ヴェルカの練習を間近で見て刺激を受けたのもあって、とくに楽しい回になった。
大江戸線に小一時間乗って上野まで移動。友人NRとサイゼでご飯を食べる。翌年3月から最大3年のエジプト行きが決まったというのがメイントピックでその他もろもろの話をする。感性の変化によって古い友人と話が合わなくなっていくという30代特有の悩みについても話した。30代を過ごすとそれが悩みではなくなっていくのだがそれは悩みが解消されるというのではなく、距離のひらきが固定され悩みだと感じなくなるだけの話だ。それを話したところでどうにかなるわけでもないから、シンプルにそういうのあるよなと受けた。いろいろ気にするのはいいと思うがそのトリガーが「インターネットに書かれてあるいろいろを見て」というのは、一般的ではあっても健全ではないから止めておくのがいいと言った。一般的ではあるが健康ではないということはじつはたくさんある。それを認識して避けるのも知性の大事な役目だ。いろいろを見ないようにするというのは実践的なアドバイスたりえないという感覚はある。だから、そういうインターネットのいろいろを相対化できるようにそれよりも長いスパンで醸成されている価値・価値感をインストールするべしというのが本来のアドバイスだ。だから結局、文学作品を読めということになる。暇がない人間(ビジネスパーソン)にはそもそもアドバイスとして無効だという感覚もあって何も言わないに等しいことを言ってしまう。止めておくことができるなら止めておくで言いわけだし。
帰宅して、強い眠気に襲われる。短い時間昼寝をする。そばを食べながらバスケ日本代表の試合を見る。翌日連休明けの出社になるので早めに寝る。


2026/08/17 今日 6194
午前出社。午後在宅。昼ごはんにそばを食べる。昼寝をする。洗濯物を干す。『罪と罰』を読む。定時退勤してLUUPでクラシックのスタバに行く。『さようならコロンバス』を読む。日記を書く。

20260805

日記788

注意するに越したことなし


2026/08/04 昨日 15208
朝から出社。8時頃でもまだ涼しかった。午後から在宅勤務に切り替える。昼ごはんにスパゲティを食べる。腕立て伏せ。1時間すこし昼寝をする。『罪と罰』を読む。急な問い合わせが入り、定時すこしすぎに退勤。喜多見までバスケに出かける。4日あけてのバスケなので疲労の影響がなく身体が動いた。狛江の風神とエースが両方参加していた。競技志向はそこまで強くなかったので和やかで楽しい雰囲気だった。楽しかったのは満足いくプレーができたのが一番大きい。セブンの野菜炒め丼を食べる。この日も酒を飲まなかった。


2026/08/05 今日 6720
演劇WSの夢を見る。主役と会話でやり合う役だったので気が引き締まった。その場で渡された台本をその場で読み込んで、これから始まるというときに場面転換が起きた。場展先は夜中、土砂降り、町中のコンクリート川岸だった。空から大蛇が降ってきて氾濫しそうな川にドボンと落ちた。なんのせいかわからないが傷ついていて液体のようになっていて生死不明なほどだったが、川に落ちた途端に息を吹き返して巨大なワニに変わった。クロコダイルというよりアリゲーターのイメージ。豪雨の中なぜか川沿いを歩く群衆に襲いかかって襲われた人たちはひとたまりもなく濁流に飲み込まれていった。自分もなぜか川沿いを歩いており、なんとかワニに鉢合わせをしない道を選ぼうと、分かれ道にさしかかるたびに二択を迫られて消耗した。何か適当な根拠を見つけ出して一方を選んでいってワニに鉢合わせはしなかったものの、その影を振り切ることはできないという塩梅で、じりじりと削られていった。
午前在宅。洗濯物を干して『罪と罰』を読む。昼ごはんにそばを食べて出社。打ち合わせを2件消化し、問い合わせへの回答をして早めに退勤。白髪ぼかしという名のマイルドな白髪染めをしてスタバにいく。『罪と罰』をすこし読んでから食事会の挨拶を考える。いざ考えてみると原稿がダラダラ長くなってしまう。あらかたボツにしないと話にならないが、染髪中に思い浮かんだキーワードだけは残そうかどうしようか思案中。日記を書く。
この日はひさしぶりにクラシックのスタバにした。地階の席にはひとり客が自分入れて3、二人客が2組。片方は大学生ぐらいのカップルで肩を組んでにこやかにいちゃついている。もう片方は20歳をすこし出たぐらいの若い女ふたり組。元気いっぱい話していてその内容は人間関係の話(男いくいかない談義/彼女いるかどうか)がほとんどで、たまに演技がどう、見た目がどう、次いつ出るのとかいう話をしているので、どうやら業界の人間のようだ。袖の縫い目に黄色いラインが入っているTシャツにうすい青のダメージジーンズ、レモン色のスニーカーという出立ち。話が盛り上がるたびに椅子を大胆に使ってのけぞったり、屈託のない様子が前面に出ている。客が少ないから彼女らの会話だけがフロアに響き渡り、独壇場となっている。リズム系のよく知らないEDMが流れていて浅い時間のクラブの雰囲気を思い出させる。会話の中身からダンスサークル所属の学生だということがわかった。出る出ないなどの話とも符合する。演技うんぬんについてはダンスにそういうパートがあるのだろう。ダンスサークルにおける男女の人間関係というのはBPMが相当高そうだ。と思ったら契約期間がどう、会社でやれるって言ったら、稼げますかという話が始まったので個人事業主(インフルエンサー)か何かの線が浮上してきた。「即完はしなくて、私もやる気無くなっちゃって、コラボした分もないってことになってやめちゃった。ケチケチケチケチ。ケチしかいない。私も何かで稼がなきゃ。そっち系でもいけるんだけど会社に駄目って言われそう。でも結局業務委託だから、自分でブランド作ってやってもいいと思ってます」とかいう話が始まった。仕事やお金の話をしていても、よく言えば屈託の無さ、わるく言えば空疎な感じが出ていて、きっちりと、判で押したような現代的が表現できていた。

20260803

日記787

プラットフォームへ

2026/08/02 昨日 12303
21時すぎに家人と夜の散歩がてらコンビニまで弁当とノンアルビールを買いに出かける。天幕のジャードゥーガルとさよならララを見る。ハンターハンターを楽しみにしつつ23時すぎに寝る。


2026/08/03 今日 6819
友人の家に遊びに行き、犬の墓に手を合わせる。自分とは相容れないところのある犬だったので個人的な気持ちがあったというわけではないが、それでも友人の飼っていた犬ということで赤の他犬ではないので、これでも彼の心の安寧を願う気持ちはあるんだと友人にむかっていらぬ説明を試みた。という夢を見て7時半に起床。そのほか、やぶれかぶれになった半グレ友人のシンプルで粗暴な暴力行為に対して、相手の気持ちを尊重する風を装いつつ(心のなかでは軽蔑しきり)、苦言を呈するという場面なんかもあった。
午前出社の通勤中にジャンプでハンターハンターを見る。バトル場面が中心で普通の漫画のようだった。時系列的に”あいだ”の回にあたり、答え合わせのようにしてすんなり読み終えてしまい、すこし物足りなさが残った。1004号室の兵のなかにルズールスに似た髪型の人物がいたのが気になるといえば気になるが、そんなあからさまな変装はないだろう。ただなにかを仕掛けるとするなら意外とこういう回になるという気がするので一応帰りの電車でも、帰宅後にも都合3回読み直した。
部会という四半期定例で、これからのスキルセットの棚卸の取り組み紹介と課内でのAIを用いたエンジニア仕事の紹介があった。前年までの気持ちを表明する場をつくる月一定例とは質が違っている。新部長による部会のファシリテート自体がエンジニアの仕事だ。前年までのままごとぶりが引き立て役になっていてコントラストがきつい。
帰宅後、作成していたメールを出す。研修を受ける。『罪と罰』を読むの三本立て。あとはそばを食べた。腕立ても一応やった。
定時に退勤しスタバへ。『罪と罰』の中巻を読み終える。日記を書く。
演劇祭募集の時期になった。参加をどうしようか迷っている。これを達成したら参加しようと自分に課していた宿題はまだできておらず、この夏の宿題としてのしかかってくる。ようするに今回も参加したいという思いがあるということだ。
スタバに自分より長身で髪の長い青年がいて、すごいスピードでタイピングをしている。画面表示の色使いのビビットさからおそらくはコーディングなのだと思われるが、一度も止まることなく、淀みなく連続で文字を打ち続けるという芸当を2分から3分のあいだやっていた。グレーのタンクトップに白の短パン、プラダのサンダルという出立ちで、耳にはAirPodsを挿し、ベンティサイズのアイスコーヒーを飲んでいる。細身だし、ムキムキの見せる筋肉というわけではないが、肩周りから筋組織は発達しての自然な逆三角形を成しており、インナーマッスルなどの運動をするための筋肉はしっかりしているよう見受けられる。MacBookでの作業中も姿勢は崩れずずっと良い姿勢を保っており、何かのスポーツをしていることはまず間違いない。総じて只者ではない雰囲気を醸し出している。たぶん最低の人間で、途轍もなく悪い男なのだろう。しかし型の古いiPhoneを両手で扱い、なぜかそれで文字を打っていたりもするので、一部の隙のようなものも兼ね備えており、いわゆる人たらし的な面をも発達させているようだ。彼の辞書には「困惑」の二文字が載っていなさそうである。他にも載っていない熟語は多そうで、辞書としては役立たずだといえる。

プラダ モノリス ラバー サンダル



20260802

日記786

野生のラメロ

2026/08/01 昨日 9569
9時頃に起きる。アイスコーヒーを淹れて『罪と罰』を読む。大きいディスプレイに大きい文字で表示するという新しいKindleの活用法を見出した。そのおかげもあって読書が捗る。訳文がいいのか内容がすらすら入ってきてぐいぐい引き込まれる。20年前に初めて読んだときにさしたる印象を享けなかったことが信じられない。この日記にも以前書いたとおり、まだ読書習慣を確立できていなかった大学一回生の夏だったのもわざわいした。それにしても、それにしてもという感じだ。圧倒的に面白い。これがわからないということもあり得るのだからこわい。罪と罰は他のドストエフスキー作品に比べて明らかに凹んでいる印象でいつか再読しようと思っていたからこうやってサルベージできたわけで、そうならない作品もある程度の数あるのは確実だ。
もし大学生のときから自分の中身が変わっていないとすればかなり狭く限定された人間ということになる。今の時点から見てもあのとき以来たえず変わってこれている。そのことだけでも選んだ道がある程度成功だったといえると思う。頑固一徹というような良さ、漱石枕流という良さは自分にはないが、鋭い感性一本でやっていた高校生時代、新しい発見が立て続けに続いた大学生時代など、これまでに通り過ぎてきた時代の自分から”変わらない”という良さを持たない代わりに得られたものは多いはずだ。自分の感じとしてはアップデートというよりは、その都度その都度、羽化を繰り返している感じだ。
昼ごはんにそばを食べたあと、大久保まで家人が参加する室内楽を聴きに行く。ドヴォルザークの『新世界より』を通しで聴いた。漫画『ブルージャイアント』で演奏者が前に出るときに”ずいっ”と出る描写がある。あれはジャズでしかも漫画だからああいう描写であり表現になっているわけだし、ステージ立てなんかもクラシックとは違う。実際今回見ていても身体的な動きとして実際にずいっと出ていたわけではないのだが、演奏者自身にとって「ここは私のパートだ」というところに差し掛かったとき、ずいっと前に出る感じが見ていて/聴いていてわかりやすくあった。そしてその”ずいっ”という感じが、曲の持つ迫力と融合して、場の琴線を鳴らすことに成功していたように思う。張り詰めた弦が震えるみたいに、じーんとくるものがあった。
演奏会が終わったあと大久保から新大久保までを横断。歩きながら氷結無糖の期間限定「日向夏」飲む。モバイルバッテリーをコンビニで借りる一コマを挟み、旅行気分を味わえる趣向の韓国料理屋「まもなく仁川」に行って、食べ放題焼肉を食べる。焼肉はそれなりに満足感があったし、いくらでもサンチェという名のレタスを食べられたのは嬉しかった。そのほかハットグだとか流行りの食べ物をいくつか消化できてよかった。ただし、ロングポテトのコンソメ味が金魚の餌のような匂いをさせていて酸化した油で揚げているのかどうしても喉を通っていかなかった。その”とんでもなくマズい”にその他の印象を上書きされて終わってしまった。
帰宅後、バレーボールネイションズカップを見る。準決勝でアメリカにフルセットの末敗れてしまった。フルセットまでもつれることが決まったタイミングでアナウンサーがうるさいぐらい「ここまで日本はフルセットまでもつれ込んだ試合は全勝です」を繰り返していたので嫌な予感がしていたのだが、こうやって書かれることになる大体の予感がそうであるように、今回もきっちり的中して、日本の決勝進出を妨げた。マッチポイントを取られたあとに無理筋のチャレンジをしていてちょっと残念な負け方だった。やらないで済まないことをただやっただけの話かもしれないが、ちょうど画面に映されたアメリカの選手が「ああ、チャレンジしたのね。ご苦労さん」とばかりニヤニヤしていて、それはそうなるよなと思いつつ、それに対してちょっと腹立たしい気持ちにさせられたので見ている方としては溜飲が下がるどころか、という話になった。


2026/08/02 今日 11108
8時半に起きて、家人とピックルボールの会に出かける。サーブやミニラリーの練習をしたり、3点マッチをしたり、楽しく汗を流した。体育館の設備の問題でフル冷房をつけても暑いぐらいだったので楽しくというにはすこしく多量の汗が噴き出していた。いわゆる”高齢者”にさしかかるのではという人の参加も多かったので熱中症の心配をしたが、何せ参加者が多いのでそこまで気が回っていなさそうな雰囲気だった。大人だから自己管理しようということかもしれない。しかしこういうときには部外者然としていないで水分補給しようと声がけするぐらいの行動はとらなければならない。これは積極性・自発性うんぬんの話ではなく、私ぐらいの年齢の人間が率先して行うべき役割の話だ。20代のときにはそんな声がけをするのは土台無理な相談で、実際そんなことはしてこなかったが、今の鈍麻した感覚をもってすれば無理ではないどころかそこまで難しいとも感じないので、ただできることをやればいいというだけの話だ。協力して楽しめることは協力して楽しもう。
南中のおそろしく暑い道を途中休憩を挟みながら歩く。いちどは図書館で、にどめはカレー屋に入って昼食を兼用するかたちで、さんどめはコンビニでチョコモナカジャンボを買って、休憩しないと15分の道のりを一気に歩き詰めることはとてもじゃないができなかった。チキンサグカレーとナンが美味しかった。
帰ってきてシャワーを浴び、『罪と罰』を読む。ラズミーヒンにふたりを捨てるなと言い残すくだりがまずよかった。アルカージイのラスコーリニコフの夢の場面からシームレスにあらわれる登場の仕方も、物の言い方からわかるキャラクターも魅力的だった。殺人成功者として何かを共有しようとこちらをうかがってくる感じというのが他に見たことのない人物造形になっている。それにくらべての、ルージンの小物だが自分の世界に閉じこもって他人に害をなす悪人ぶりが過不足なく描かれ、彼の思惑を挫くというかたちでの小カタルシスが小説全体の真ん中あたりに配置されているのも、ドラクエ6のムドーやドラクエ3のバラモスという往年の中ボスを想起させて好ましい。しかもそれでめでたしめでたしとはならずに、ラズミーヒンにふたりを捨てるなと言い残して去ることになるラスコーリニコフの明るい局面によって引き立てられる絶望、その絶望を起点としてソーニャに会う必要が生じる心の動き方、そしてその会見で得られたもの(期待していたものも期待していなかったものも)、これらが無駄なく順を追って提示されていき、流れるように運ばれていく。とくに第四部の一連はすばらしい演劇を見ているようだ。四部の四で、アルカージイが椅子を運んできて結ぶところはあまりにも見事で、舞台を見ているように錯覚し、その錯覚の内部で実際に暗転になったように思われた。
日記を書く。夜ご飯は21時すぎになる。スーパーかコンビニで買ってきたご飯を食べ、お酒を飲みながら天幕のジャードゥーガルを見るつもり。


20260731

日記785

夏の大三人

2026/07/28 一昨昨日 17536
午前出社。仕事をして午後から在宅。バスケで国領まで出かける。疲労で足が痛く、あまり良い感覚でプレーできず。そのほかは酒を飲まなかったことぐらいしかトピックがなかった。やや低調。やや低調ぐらいが一番出力がない。熊本で震度7の地震があった。


2026/07/29 一昨日 6410
午前在宅。洗濯物を干したりする。午後出社してからは打ち合わせ2件。顔を合わせたくない人間ほど目の前をちょろちょろしてきて鬱陶しい。蚊がプゥーンと鳴くのと似ている。自分はポリシー上叩き潰せないが、頭のなかではそれに準じる扱いをしている。すこし残業になるがまっすぐ帰宅して映画『レンタルファミリー』を見る。ロケ地当てクイズの側面がありそれが面白かったぐらいで流し見しても問題ないと判断した。そういう映画の見方が一番時間の無駄だと知っているのにサブスクで映画を見るとき3回に1回ぐらいはそういうことをしてしまう。企画に沿ったプロットがあり、プロットに沿って人間が動いている感じがあると、企画を見せられている感覚になる。それに2時間も必要ないと思う。映画だから2時間分撮って編集したということでしかなく、自分から見たこういう映画への不満の正体は、2時間を埋めるため、前後を繋げるためのシーンが目につき、気持ちが入らないということかと思う。この日も酒を飲まなかった。

2026/07/30 昨日 17291
午前在宅。昼ごはんを済ませてから出社する。この日も打ち合わせ2件、あとは月次の部会に参加。バスケをしたいという機運が高まったので急遽参加することにした。定時即自宅にとんぼ返りして荷物を持ち替え、東中野まで行く。途中雷鳴が乱発し、おそろしい夕立ちに降られるのではないかと危ぶんだが、LUUPで体育館まで行く道すがらなんとか持ちこたえてくれた。この日のバスケは好調だった。夏前と同じぐらい足を動かしてもオーバーヒートすることなく、走り回れたのが大きい。好調の原因は、1.夏慣れ 2.手足に汗が出ない症状に対して処方された内服薬 3.アルコール抜き 4.アクエリアスの導入 のうちのどれかだろうと思う。夏慣れが一番大きいのではないかと思っている。しかしまあアルコールの線も外せないかと思い、この日も飲まなかった。アクエリアスについてはいつもの水+塩タブレットでの運用より高効率ハイドレーションになるのかもしれず、手軽に導入できるのでしばらくは続けるつもりでいる。可能なかぎり早く家に帰り着いたのだがご飯を食べながらテレビを見てしまい、寝る準備をするのが遅れ、翌朝出社なのに寝る時間が遅くなってしまった。テレビに久しぶりにローラが出てきたからだ。番組は有吉夜会だった。路線を大きく変えないながらもコメントの内容は落ち着いている印象。単純にテレビ的にはつまらないが、ローラという人物に興味をおぼえていた身からするとこのマイナーチェンジをもう少し見ていたいと思わせられた。ただ出演番組を探してまで見ようとは思わないし、結局「久しぶりー☆またねー」で終わると思う。新潟での生活が充実しているのだろうから本人的にもそれでいいのだろうし。しらんけど。
GEZANのボーカルマヒトゥ・ザ・ピーポーが異性との問題を公表した。性加害ということらしい。こういうときにあらゆる人間が吹き上がって罪を云々するが、まず被害総数を確認するべきではないか。そうしないと適切な批難はできないと思う。伝えるべきメッセージをブロードキャストする”伝達素子”は格好良いということを要求され、格好良いということが仕事の大半を占めると思うのだが、今回の件はかなりダサいのでそれが彼に特有の罪ということになると思う。それ以外、他人を物あつかいにするという一般的な罪もある。どちらが重いかでいうと後者だが、特有の部分は前者だということになる。複数の被害を同じかたちで繰り返したということについては特有の部分が寄与している。すなわち格好良いこと、魅力があること、力があることをもってめちゃくちゃをしたわけで、その力の使い方自体は格好良いとは到底いえない。ダサいことの格好良さとかいう回路があることも考えると、格好良い/ダサいという路線で考えることは適切ではないのだが、そもそもの原因は彼が格好良いとみなされていたことにあるわけなのでそこを避けては通れない。実際には全然格好良くなかったということがわかり、そうすると我々は騙されていたということになる。そして見抜けなかったということにもなる。しかし格好良かった部分があるというのも避けては通れないのではないか。今回の件とそれまでにズルズルと繰り返していたのであろう他人との向き合い方、関係の作り方は、端的にダサいし、最低で、格好良くないが、それにもかかわらず格好良いところがあったということは言えてしまう。部分的には今も言えるはずだ。格好良いということは、その対象になる人間に全人格的にそうであることを要求するような特殊なタグだと思う。そしてそのタグを付与するのは本人ではない。見誤った罪、見極めようとしなかった罪というのがあるとすれば、彼は特別だ、とくべつ格好良いスペシャルな人間だ、とただ有名なだけで有名人扱いにする適当な見立てに表れている。
今回の件で、無能な味方は有能な敵よりもおそろしいと思わさせられた。がっかりしたということだが、そもそも走る人間の衝動はほとんど必然的にアンコントローラブルで、そこに魅力の本源があるのかもしれず、そういうものに魅力を感じてしまう感性を修正するべきなのかもしれない。自分としては常に警戒しているつもりなのだが、今、まっすぐ”走る魅力”を打ち出されることによって虚をつかれ、時代を共有しているという勝手な仮託もあり、伝達素子として適格だと思い込んでしまったという話だ。粗品の言い分ではないがちんぽ問題は相当大きい。マヒトゥ・ザ・ピーポーが風俗に通って”適切に”衝動を管理していたとしたら、今回のような問題にはならなかったと思うが、自分としては格好良いとは思えず、伝達素子の役割を担わせないという判断をしたはずだ。そしてその感覚はピーポーとも共通していたのではないか。いろんな人がいて、他人は自分ではないということを正確に捉えようとすると、簡単なことというのはありえないのだと思う。


2026/07/31 今日 5011
7時半に起きて出社する。同僚の人と認識を合わせるための打ち合わせ。たくさんのタスクを自発的に拾ってくれて、よくできた人間だと感心させられる。仕事人間でありかつ人格を兼ね備えた稀有の人材だと思う。しかし私にはそれに倣おうという気はない。午後在宅にする。寝不足を補う活動(昼寝)をしていたらつい時間が過ぎすぎて、小一時間の残業になってしまった。やれやれ。電車で一駅、スタバに行って日記を書く。あとは書くべき文章を書くために精神を集中することにする。合間に読書もしようかな。文庫で『さようならコロンバス』かKindleで『罪と罰』か。

20260727

日記784

流れ集合


2026/07/25 一昨日 11348
8時すぎに目が覚める。前日は予定していたより早く22時には帰京し、その流れですぐに寝たので自然早起きのかたちになった。最近ハマって遊んでいるvlogのSNS「setlog」を見ていると、子を持つ友人たちはふたりがふたりとも6時とか7時には完全起床のタイムスケジュールを生活していて、それに比べると休日の8時起きはまったく早起きではないということになるが、結局何と比べるかということで、ようするに自分の平日の生活と比べて早起きということだ。そして早起きは三文の徳という言葉があるとおり、K2で10:00〜『親密さ』の上映があるということに気がつき、家人を誘い合わせて映画館に向かうことにした。これなどは歩いて10分とかからない場所に映画館があるからこその朝の贅沢で、映画の上映時間がインターバルあわせて4時間強あるというやや足重りする要素を払拭するだけのフットワークの軽さをを提供してくれた。自分が『親密さ』を見るのは2度目だが、家人とこの映画を見ることがかなって嬉しい気持ちもあった。演劇という現実を介して”映画の虚構”が”実際の現実(=この世界)”と繋がるように感じさせるところがあって、リアリティというのは入り込んでいくものあるいは入り込んでいく感覚のことだと思わせられた。リアリティがあるというのは、そこに入り込んでいるという感覚を与えながら同時にそれに気づかせない瞬間を作ること、あるいは目を瞑ったときに視界が暗くなることの謂いだろう。長塚敬三Tシャツが売られていたのでたまらず購入する。ユニクロで役所広司Tも購入しているので、はからずも今夏、憧れの俳優Tシャツが2枚手に入った。
一旦帰宅してTシャツを家においてから渋谷に行く。ヒカリエで買い物をする。体感2時間以上はフロアを昇り降りしてようやく探していた進物が見つかる。時間をかけただけあってこれは良いと思うものを見つけることができた。NHKプラスで大相撲を見ているとahamoの30GB上限まで使い切った通知が届いた。久しぶりにMAXまで使い切った。ワールドカップと大相撲のせいだ。
下北ミカンの韓国料理屋ハヌリに入る。とにかく暑いので考慮なしで生ビールを注文する。しかしなんと、到着したビールがぬるく、心底がっかりしてしまった。この店はもう二度と来ない認定したあとで、サムギョプサルは美味しかったし蒸しサムギョプサルも美味しかったのでその分、残念さが増していくことになった。さらに会計するときにビールが通常600円のところ今週末だけキャンペーンで39円になっていたということを知る。合点がいったし、1180円得をしているわけだからある程度溜飲は下がり、それにあわせて認定を取り下げても良さそうなものだが、それでも食事の恨みという感情は消えていかず、600円払ってでも一杯目のビールの喉越しを求めたいものだという文化人的な観点からも経済合理的な評価を強いてしりぞけることにした。夏の飲食店で一杯目のビールがぬるいというのは犯罪的な過ちなのだと肝に銘じるべきだ。そんなビールを提供するぐらいなら「売り切れ」と言ってほしい。
帰りにミスタードーナツに寄り、もっちゅりんのみたらし味を買う。レジに並ぶ短い時間のあいだにも若い女がどんどんミスタードーナツに吸い込まれていっていたことから、もっちゅりん人気のおそろしさを実感させられた。人気にあやかってまっちゅりんと名乗ろうかと家人に相談してみたところ、賛成も反対もされなかった。あやういところで正気を取り戻した。


2026/07/26 昨日 14525
9時頃に起きて『さようならコロンバス』を読む。来月の読書会の課題本なのだが、チャプター1,2を読んだだけでさっそく昔の小説という感じが伝わってくる。”土人の女王”という言葉遣いは直接的だが、そうでなくても黒人の描かれ方、登場人物の黒人への態度を見ると、黒人差別を差別と考えていなさそうなのが浮き彫りになっているようで相当げんなりしてしまった。文学においては哲学・思想よりもこの手の「一発アウト」の影響が出やすい。前者は後者にくらべると論理的な破綻に対して瞑目的な態度を取りえないので、一方の権利を認めつつ他方の権利を認めないという単純な論理的誤りに立脚するということが少ないのに比べ、文学はそのあたりを曖昧にぼやかしておけるからこそ、瑕疵を瑕疵とも思わず丸出しにできてしまうという弊がある。意識されないスノビズムが忍び込むようなたぐいの、いわゆる二流どころの作家に多いミスだと思われる。文学的価値とでもいうような、曖昧で微妙だからこそ価値をもつものが現在時点での倫理観を覆す、覆すとはいかないまでも目を瞑らせることは、例としてもほとんどあり得ない。現今の倫理をアップデートし続けるだとか、倫理的に不足する箇所を作らないというような社会規範充足的な観点では、文学的価値のように曖昧で微妙な価値を遠くまで運ぶことはできない。肯定できない事物や条理を取り除いて書くのではなくそれも含めて書く、しかし決してそれを肯定しないという書きぶりが必要になる。書くことで否定するのではなく、だからといって肯定するように書くというのでもなく、ただ書くということ。そこから読む側で肯定や否定を導き出せるように書くということが必要になる。決して”愚かな読者”を想定してはならない。愚かな読者状態にある者も、しかるべき経路を経て必要最小の知性をいつかは獲得し、そして運良く出会えるということに期待して書くべきだ。あらゆる個人にとっての最高地点において成される個人的行為としての”読書”に、書き手として期待していけない理由はない。得ようとする意欲が衰えた人、学習によって高みを望もうとしない人、些事に忙しく気力体力に慢性的な不足をかかえている人、彼らのために遠慮して書くということをしてはならない。短く、わかりやすく、ただ嬉しいということの逆へ進まなければならない。それにしても、もし方向がふたつしかないとしたら、だが。
大相撲千秋楽を見てからつつじヶ丘までバスケに出かける。優勝決定巴戦は本割で一敗地にまみれたアオニシキが熱海富士相手に即日雪辱しての優勝になった。怪我を押して霧島・熱海富士相手の2連勝というのは規格外の強さだと言っていいと思う。バスケは初めての体育館だった。コートがやわらかくメンツも柔らかい感じだったのでのびのびとプレーできて楽しかった。このところの不調は、何のことはない、周囲のレベルについていけなくなっていたようだ。ダイチャリに乗って喜多見駅経由で帰宅。家人とタコスパーティーをしながら天幕のジャードゥーガルを見た。私はいま満足しているという意味での「最高やな」が口をついて出た。最高ということに疑問というのではないが、それでもWonderの感覚はある。驚くべき最高だ。


2026/07/27 今日 4657
物語規模感(ストーリー・スケール)的に満足いく内容の夢を見たという記憶があるのだが、中身については例によって覚えていられなかった。こうやって夢を忘れてしまうのはせっかくの経験を無にするようでどうしてももったいなく感じてしまう。在宅勤務。前夜にハンターハンターを読んでしまっていたが起きてすぐ読み返す。皮膚科の医者にかかりにいく。もともとのトラブルと汗が出ない最近のトラブルを相談した。問診の結果とりあえずということで内服薬を試すことになった。
お笑い番組水曜日のダウンタウン/スベリドリームマッチと、アメトーーク/立ちトークをTverで見る。仕事のタスクを消化してからほぼ定時で退勤しスタバへ行く。日記を書く。家人が『急に具合が悪くなる』の2回目をK2に見に行くと言うので自分ももう一度くらいは映画館で見ておこうと思い、見に行くことにする。今日はかなり久しぶりに酒を飲まない日になりそうだ。あと毎日の腕立て伏せは一応続いている。

20260724

日記783

ものすごく明るくてありえないほど暑い

2026/07/23 昨日 10515
午前在宅。昼から出張で志摩に移動。途中名古屋駅のタリーズでテレワークをする。伊勢志摩ライナーで鵜方駅まで。合計の移動時間が5時間ぐらいになった。
ホテルにチェックインしたあと職場の人とご飯を食べに出る。リーズナブルな中華でビールが中瓶で500円だった。コンビニで氷結を追加してホテルの入口にある喫煙所で追加時間を過ごす。当たり前のように仕事の話になって、それを当然のように受けている。他に話題がないから無難ということもある。それにしてもつまらんから、なんとかワールドカップの話題を取り出した。ただこちらもすぐに昔の選手の話に落ちていった。過去の話でもいいから俺の知らない話を聞きたい。聞きたいなら聞けばいいんだからべつに聞きたいとも思ってないんだろう。しかし納得できないことは納得できないとはっきり言うタイプの人らしいということがわかったのでそれが良かった。仕事でもなんでも骨のある人は付き合っていて気がラクだ。よけいな遠慮をしないでもいいから。23時過ぎに寝る。


2026/07/24 今日 6215
8時15分に予約したタクシーに乗って、ホテルから現場に向かう。海の至近まで行ったのだが海は堤防の向こうにあり直接目にすることはなかった。11時には予定作業があっけなく終わり、会社の人に車で駅まで送ってもらう。特急が1時間来ない時間帯だったので駅前で昼ご飯を食べることにする。ステーキハウスに入って300gのステーキを食べる。店の奥さんがサービスですこし多めに肉を切り出してくれた。たっぷりの牛肉を堪能した。たしかサガリだったと思う。
伊勢志摩ライナーで名古屋まで。駅のコインロッカーに荷物を預けて地下鉄に乗る。まずは東山線、栄で乗り換えて名城線の右回りで名城公園駅まで。IGアリーナにはためく大相撲の幟を見物する。たぶん10分ぐらいしか歩いていないのだがフラフラになった。あわててスタバに入る。すぐに止んだがすこし頭痛もあって危ないところだった。天気のアプリを見るとその時間、15時台は40℃あったらしい。外を見ると子供たちが特設ビーチバレーコートでビーチバレーをしている。とても元気よく狂っていておそろしかった。スタバのソファに深く腰掛けてNHKプラスで大相撲を見る。18時半ごろに弟と合流してご飯を食べに行く予定。

日記789

木漏れ日を受けて 2026/08/06 十一日前 14741 ここまで日記を溜めたのはたぶん初めてだろう。何もなしで思い出そうとしても記憶はほとんどないに等しいが、セットログのおかげで比較的簡単に思い出すことができる。午前在宅。午後から出社し、対面でのミー...