夏の大三人
2026/07/28 一昨昨日 17536
午前出社。仕事をして午後から在宅。バスケで国領まで出かける。疲労で足が痛く、あまり良い感覚でプレーできず。そのほかは酒を飲まなかったことぐらいしかトピックがなかった。やや低調。やや低調ぐらいが一番出力がない。熊本で震度7の地震があった。
2026/07/29 一昨日 6410
午前在宅。洗濯物を干したりする。午後出社してからは打ち合わせ2件。顔を合わせたくない人間ほど目の前をちょろちょろしてきて鬱陶しい。蚊がプゥーンと鳴くのと似ている。自分はポリシー上叩き潰せないが、頭のなかではそれに準じる扱いをしている。すこし残業になるがまっすぐ帰宅して映画『レンタルファミリー』を見る。ロケ地当てクイズの側面がありそれが面白かったぐらいで流し見しても問題ないと判断した。そういう映画の見方が一番時間の無駄だと知っているのにサブスクで映画を見るとき3回に1回ぐらいはそういうことをしてしまう。企画に沿ったプロットがあり、プロットに沿って人間が動いている感じがあると、企画を見せられている感覚になる。それに2時間も必要ないと思う。映画だから2時間分撮って編集したということでしかなく、自分から見たこういう映画への不満の正体は、2時間を埋めるため、前後を繋げるためのシーンが目につき、気持ちが入らないということかと思う。この日も酒を飲まなかった。
2026/07/30 昨日 17291
午前在宅。昼ごはんを済ませてから出社する。この日も打ち合わせ2件、あとは月次の部会に参加。バスケをしたいという機運が高まったので急遽参加することにした。定時即自宅にとんぼ返りして荷物を持ち替え、東中野まで行く。途中雷鳴が乱発し、おそろしい夕立ちに降られるのではないかと危ぶんだが、LUUPで体育館まで行く道すがらなんとか持ちこたえてくれた。この日のバスケは好調だった。夏前と同じぐらい足を動かしてもオーバーヒートすることなく、走り回れたのが大きい。好調の原因は、1.夏慣れ 2.手足に汗が出ない症状に対して処方された内服薬 3.アルコール抜き 4.アクエリアスの導入 のうちのどれかだろうと思う。夏慣れが一番大きいのではないかと思っている。しかしまあアルコールの線も外せないかと思い、この日も飲まなかった。アクエリアスについてはいつもの水+塩タブレットでの運用より高効率ハイドレーションになるのかもしれず、手軽に導入できるのでしばらくは続けるつもりでいる。可能なかぎり早く家に帰り着いたのだがご飯を食べながらテレビを見てしまい、寝る準備をするのが遅れ、翌朝出社なのに寝る時間が遅くなってしまった。テレビに久しぶりにローラが出てきたからだ。番組は有吉夜会だった。路線を大きく変えないながらもコメントの内容は落ち着いている印象。単純にテレビ的にはつまらないが、ローラという人物に興味をおぼえていた身からするとこのマイナーチェンジをもう少し見ていたいと思わせられた。ただ出演番組を探してまで見ようとは思わないし、結局「久しぶりー☆またねー」で終わると思う。新潟での生活が充実しているのだろうから本人的にもそれでいいのだろうし。しらんけど。
GEZANのボーカルマヒトゥ・ザ・ピーポーが異性との問題を公表した。性加害ということらしい。こういうときにあらゆる人間が吹き上がって罪を云々するが、まず被害総数を確認するべきではないか。そうしないと適切な批難はできないと思う。伝えるべきメッセージをブロードキャストする”伝達素子”は格好良いということを要求され、格好良いということが仕事の大半を占めると思うのだが、今回の件はかなりダサいのでそれが彼に特有の罪ということになると思う。それ以外、他人を物あつかいにするという一般的な罪もある。どちらが重いかでいうと後者だが、特有の部分は前者だということになる。複数の被害を同じかたちで繰り返したということについては特有の部分が寄与している。すなわち格好良いこと、魅力があること、力があることをもってめちゃくちゃをしたわけで、その力の使い方自体は格好良いとは到底いえない。ダサいことの格好良さとかいう回路があることも考えると、格好良い/ダサいという路線で考えることは適切ではないのだが、そもそもの原因は彼が格好良いとみなされていたことにあるわけなのでそこを避けては通れない。実際には全然格好良くなかったということがわかり、そうすると我々は騙されていたということになる。そして見抜けなかったということにもなる。しかし格好良かった部分があるというのも避けては通れないのではないか。今回の件とそれまでにズルズルと繰り返していたのであろう他人との向き合い方、関係の作り方は、端的にダサいし、最低で、格好良くないが、それにもかかわらず格好良いところがあったということは言えてしまう。部分的には今も言えるはずだ。格好良いということは、その対象になる人間に全人格的にそうであることを要求するような特殊なタグだと思う。そしてそのタグを付与するのは本人ではない。見誤った罪、見極めようとしなかった罪というのがあるとすれば、彼は特別だ、とくべつ格好良いスペシャルな人間だ、とただ有名なだけで有名人扱いにする適当な見立てに表れている。
今回の件で、無能な味方は有能な敵よりもおそろしいと思わさせられた。がっかりしたということだが、そもそも走る人間の衝動はほとんど必然的にアンコントローラブルで、そこに魅力の本源があるのかもしれず、そういうものに魅力を感じてしまう感性を修正するべきなのかもしれない。自分としては常に警戒しているつもりなのだが、今、まっすぐ”走る魅力”を打ち出されることによって虚をつかれ、時代を共有しているという勝手な仮託もあり、伝達素子として適格だと思い込んでしまったという話だ。粗品の言い分ではないがちんぽ問題は相当大きい。マヒトゥ・ザ・ピーポーが風俗に通って”適切に”衝動を管理していたとしたら、今回のような問題にはならなかったと思うが、自分としては格好良いとは思えず、伝達素子の役割を担わせないという判断をしたはずだ。そしてその感覚はピーポーとも共通していたのではないか。いろんな人がいて、他人は自分ではないということを正確に捉えようとすると、簡単なことというのはありえないのだと思う。
2026/07/31 今日 5011
7時半に起きて出社する。同僚の人と認識を合わせるための打ち合わせ。たくさんのタスクを自発的に拾ってくれて、よくできた人間だと感心させられる。仕事人間でありかつ人格を兼ね備えた稀有の人材だと思う。しかし私にはそれに倣おうという気はない。午後在宅にする。寝不足を補う活動(昼寝)をしていたらつい時間が過ぎすぎて、小一時間の残業になってしまった。やれやれ。電車で一駅、スタバに行って日記を書く。あとは書くべき文章を書くために精神を集中することにする。合間に読書もしようかな。文庫で『さようならコロンバス』かKindleで『罪と罰』か。