20260718

日記780

ひと味ちがう


2026/07/14 四日前 15283
一日在宅。午前中に腕立てをする。午後は大相撲を見る。定時に退勤して新宿のスポーツショップに行き、購入検討していたバッシュ(ニューバランスP400)の試着をする。サイズ感はやや小さめと聞いていたので29になるかもと思ったが、29だと長さの余りが大きくて靴が引っかかる感覚があり曲げようとしたら折れ曲がるぐらいなので、やはり28.5が適格ということに落ち着いた。自分の足のサイズは28.0〜28.5のあいだになりそうだ。急いで狛江に移動する。移動中にバッシュをオンラインショップで購入。色はトーナルカラーのグレー。はじめてニューバランスのグレーを履くことになり楽しみだ。狛江からダイチャリをとばし、5分遅れで体育館に到着。バスケは普段よりもひとつレベルの下がる回だったので楽しくできてよかった。駅前の業務スーパーでキムチ1kgを買って帰る。


2026/07/15 一昨昨日 5514
4時からワールドカップ準決勝フランスvsスペインを見る。スペインはまさに攻性防壁のように、相手に脅威を与えるオフェンスをつねにちらつかせる守備でフランスの攻撃力を抑えていた。相当強いんだと思う。試合を見届けてから二度寝をする。そのために午前休をとっていた。
午後から出勤。打ち合わせに参加する。定時に退勤し、日が暮れる前に最寄り駅でビールを飲む遊びをする。帰ってご飯を食べてすぐに寝る体制に入る。翌日の準決勝第2試合のためだが、うまく寝つけずに結局23時近くになる。予定変更。


2026/07/16 一昨日 18394
4時に起きる予定を断念し、7時に起きてNHKプラスでイングランドvsアルゼンチンを見る。情報を断って見ることでLIVE感を味わえた。イングランドは後半にゲットした1点を守りに入って一気の攻勢を許した。やはり持ちこたえられず40分以降に2失点で逆転負け。ブラジル戦の双子のようなゲーム展開だった。バッシュP400グレーが届く。テクスチャの質感やグレーのトーンが格好良く、デザイン面でこれ以上のバッシュはないと思う。バスケットボールシューズに限定しないでもかなり上位に入る。まずは体育館で履いて、クッションのへたりなどで履けなくなったら外履きにしようという思惑にぴったりだ。
午前在宅。午後から出社。ミーティングに参加したりタスクを消化したり。定時に退勤し新井薬師に向かう。早すぎる到着になったので途中高田馬場駅や新井薬師のスーパーでただ時間をつぶす時間が発生した。
熱中症対策というわけではないが、冷却能力の低さをカバーしようと氷漬けのペットボトルを買っていった。プレーの合間にそれを首筋に当てるなどして身体をすこしでも冷やそうという試みだ。それのおかげでこの日はごくかるいオーバーヒートで済んだ。LUUPで東中野まで移動して中央線経由で帰る。


2026/07/17 昨日 12125
ここ最近寝付きがよくない。寝るのが遅くなっているから起きるのも遅い。午前在宅。昼一番の打ち合わせのために出社する。打ち合わせのあとは問い合わせへのありあわせの回答。定時すこし過ぎに退勤。GW駅から水色に乗って東京駅まで。遅れている中央線で三鷹まで行く。友人Nと合流即ビールで乾杯。サイゼリヤからすーさんちという飲み屋のコース。サイゼリヤではテレビゲームの成長とともに成長過程を経たわれわれ世代の僥倖について、すーさんちではワールドカップ関連で「メッシがすごい」という話をする。メッシは好きなサッカー選手ではないのだがそれでも認めざるを得ない、圧倒的な個だ。23時すぎに解散。友人Nを直接、京都の友人Tと浜松の友人MをLINEでセットログに誘う。帰宅してハンターハンター蟻編のクライマックスを読む。この話の前にわれわれはみな機械的に感動してしまう。われわれは感動して身体から液体を出す機械だ。自分の場合、レイナとプロブーダのところからスイッチが入って脳のある部分がぐわんぐわんと揺らされ心臓がじんじんするという反応が起こる。この話を読むとき毎回だ。


2026/07/18 今日 1371
7時に目が覚める。なんとか無理やり二度寝して9時に起床。ぼーっとして朝ご飯にバランスサポートブレッドを食べてからスタバに向かう。日記を書く。『罪と罰』を読む。この日は夕方から卍の読書会がある。

20260713

日記779

未来を選べ

2026/07/12 昨日 18713
6時に起きてイングランドvsノルウェーを見る。ノルウェーのゴールが取り消しになるハーランドのファウル判定など、審判の裁定には首を傾げざるを得ない。VARは良いがそれを導入する判断には疑問が残るというのもある。ノルウェー人で納得できている人はいないだろう。勝敗のあるスポーツという時点で裁定への不満をゼロにすることはできないとはいえ、思ったほどの納得感が得られているとは思えない。それはそれとしてベリンガムの2点目は見事だった。実際にその動きをされるまで予想できないステップでありながら、映像で見ると動きに必然性が感じられる。無駄な力みが一切ない。イングランドの準決勝進出を見届けてから二度寝する。
起きてからスパゲティを食べて腕立て伏せ。スヌープ・ドッグのインタビュー映像を見てスヌープ・ドッグが好きになる。とくにホワイトハウスでジョイントした話が面白かった。エピソードトークが上手すぎる。スヌープ・ドッグの名前の由来を調べてみたらあまりにも直球そのままのネーミングで笑ってしまった。しかし彼の言う「”自分自身になる”をマスターする」というのはそのとおりだと思った。これはスヌープ・ドッグに言われる前(スヌープ・ドッグがそう言っているのをこの耳で聞く前)にそう思っていたことだが、すべての言葉にあてはまるように、自分が考えていることを自分以外の口から聞くのは快い。さらにこれは良いと思ったのは「超越的な立場からなぜ自分がセットされたのか理解できると君にとって世界はより良くなる」という言葉だ。あと、声が本当にいい。
ハンターハンターを読む。バッシュを調べてニューバランスのバッシュP400にたどり着く。デザインもわるくないしカラーはグレーが良いと思っている。バッシュとして履き潰したあと外履きにすると考えれば2万円という値段も許容範囲になる。ただしサイズが小さめと言われていて、実際に試着をしてから買う必要がある。普段履き以上にフィットが重要なのでスポーツ用品店に行ってから買うことにする。バスケに行く前に新宿のスポーツ用品店に寄ろうと思ったが出る時間が遅くなったのでまたの機会にする。
バスケはいつもお世話になっているバスケサークルの対外試合の日だった。競技人の割合が多く、自分としては真っ当に立ち向かおうとしても圧倒されて終わるだけだと思ったのでズラしズラしでスカしてやることにする。ストリート方向のプレースタイルを強めに出して部活スタイルのバスケットボールに巻き込まれないように心がけた。それでも相手はトランジションもめっちゃ早いし、簡単なパスも通させてくれないので、結局圧倒されることになった。自分は例によってたちまちのうちに体力的に消耗し、あっという間に視界が狭まっていった。視野が狭まるのではなく視界が狭まるのはおかしい、ぜえぜえ感だけではなく気が遠くなる感もある、で気づいたのだが、途中で体育館の空調が消されたらしい。あやうく熱中症になりかけた。1試合まるまる休憩させてもらい、脇の下や首の後ろを冷やして水を飲み、空調が効いてくることで回復した。実際、最後の3位決定戦では本領発揮以上の好調で、初戦負けた相手に危なげなく勝利できた。相手の出番順が連続試合かつ4試合まるまる選手交代なしというハードモードだったので単純に向こうの体力切れだった説が濃厚だが、それでも勝ちは勝ちだ。
いつもよりプレー時間が長かったのでたくさん食べようと、ローソンで親子丼と冷やし蕎麦を買って帰る。帰宅すると家人がワインのおつまみと称してキノコのソテーにチーズがけをたっぷり作っていたのでそれも食べる。さすがにお腹いっぱいになった。シャワーをしたり寝る準備を終えたら0時を回っていたのでジャンプでハンターハンターの413話を読む。面白すぎて興奮して寝つけず、1時過ぎまで継承戦のコミックを読み返す愚挙におよんでしまった。在宅勤務開始ぎりぎりまで寝ても寝不足確定だ。


2026/07/13 今日 5752
案の定、寝不足。午前在宅勤務。昼前に大手町で用事を済ませ、帰ってきてまた在宅勤務。そばを食べてから腕立て伏せ。その後Web打ち合わせに参加。昼寝をしてから大相撲を見る。問い合わせに回答して定時すこしすぎに退勤。結びの一番で大の里が藤ノ川に負けるのを見てからスタバに出かける。大の里は素直な性格そのままという感じで表情に出るタイプなので、テレビで見ていても苦しみが伝わってきやすい。
スタバで谷崎潤一郎の『卍』を読み終える。全体を読み通してみてから評価しようと思ったがやはり面白くない。AHOにリアリティを感じられないという自分の問題なのか、こういうAHOが成立すると考えている作者の問題なのか、自分ではちょっと判断できない。「そんなAHOな」と思ってそこから先思考が進展していかない。恋愛がからむと信じられないほどAHOになるというのは自分でも経験があるし、それをおかしいと思うのではないが、たとえAHO状態でもAHO状態なりに考えたりはするもので、すべてが許されるということにはならない。自分の都合の良いように解釈を捻じ曲げたりすることはあっても、自分の許容範囲が広がるということはないはずで、むしろ自分の理想に相手を押し込んで理想像に仮託するという点でいっそう狭隘になるというのが恋愛におけるAHO状態の特徴なのではないかと私は思うので、卍で提示されるAHOないし恋愛における狂熱は、私の持っているAHO観ないし狂熱とは種類の違うものだと言える。谷崎潤一郎はAHOを正しく理解できていない。行動によってAHOを測ろうとするよくあるミスを、極端な荒涼で誤魔化しているだけだ。しかもその荒涼にしたところが扇情的価値を持つように設計されているものの、個人の観点からは極端でさえない。本来”犬も食わないもの”を立派な料理として提供できるのだという主張で、その手管を誇ろうというのかもしれない。それで文学通を騙せても私は騙されない。くだらないと思う。
そういえば腕立て伏せを毎日やっていることの効果として、長時間座っていることで起こる腰・背中の張りや違和感、痛みがなくなっていることに気がついた。去年の夏、バスケの試合でぎっくり背中になり、その後病院に行っても完全には治らず、ずっと微妙に苦しんできたのだが、思わぬかたちで解消された。

20260711

日記778

セルリアンのち

2026/07/07 四日前 14724
一日在宅。setlogを始める。行動をハックしてくれる系のログ取得アプリで自分の考え方と相性がいい。しばらくは続けることになると思う。定時退勤し狛江までバスケに出かける。体育館の場所が駅から遠いので行きはバスを使い、帰りはダイチャリで駅まで戻る。バスケの出来は前半好調だが後半不調という内容だった。この人上手だなあというプレーヤーにはハンドリングスキルやシュートの安定感の面で遠く及ばないというのがはっきりわかっていく。それなりの頻度と継続のせいで覚えず知らずそういう上手なプレーヤーに自分を重ねるようになっていく。彼らは部活で主力だったのだろうから放課後バスケというビニールハウス的ストリート出身の自分が彼らとの比較で悔しいというのは考えてみればおこがましいのだが、現状では頻度と継続という傾斜があるのでそうなるのもある程度仕方ない。マッチアップさせられる機会も多いし。帰りに業務スーパーに寄ったが目当てのキムチは売り切れていた。残念。最寄りで飲酒してから帰る。


2026/07/08 一昨昨日 8485
午前在宅。攻殻機動隊のアニメを見る。情報量詰め込み型の演出なのだが、テンポが良いのとシリアス強調がないので従来の攻殻機動隊よりも見やすい。円城塔の仕事だと思うとそれだけで興味引かれる。演出とのSOWが気になる。午後から出社。最近は打ち合わせのために出社していて、そのときついでにタスクを消化している。退勤後新宿ピカデリーで家人と集合してトイ・ストーリー5を見る。トイ・ストーリー4の2回目を見たときには初めて見たときほどの感動がなかったことで若干拍子抜けしたのだが、それに近い期待感の満たされなさがあった。4については自分のスタンスのちがいだろうと思うのだが、5については明確に冷静になるタイミングがあってそれは演出の瑕疵だと思う。シリーズものが無邪気に選択するチョイスに納得できないことは多い。アベンジャーズシリーズなどもついていけないとなるのはそういう選択のまずさにある。どうもチェーンすることについて無意識なのか意識してなのかわからないがとにかく観客への甘えがある。プロットを成立させるための歯車と感じられるキャラクター造型が見られると一気に冷めてしまう。大きなところでは群体バズはちょっと許容できない。B1Fねぎしでとんて〜きを食べて帰る。


2026/07/09 一昨日 17575
午前在宅。そばを食べてから昼すぎに出社。打ち合わせに出てタスクを消化。やらないでいいと判断しているが、たぶん実際はやらないといけないと思われるタスクについてはまだ期限が先ということもあり手を付けずにいる。定時に退勤し、そのまま中井まで移動。移動中に『卍』を聞く。自分の許容範囲外にいる常軌を逸した人物たちのやりとりにムカついてしょうがない。まともに思える良人も消極的な感情の動きとさらに消極的な行動しかしないのでとにかく理解に苦しむ。妻の動向が気にならないのだろうか。通り一遍の対応で済ませて済む問題だと思いたいのだろうがそこまで思いこんでいたいのだろうか。バスケに参加する。この日は調子よくプレーできた。このサークルはとくに盛り上げるための声かけが多いので自然テンションが上がって良いプレーに繋げられることが多い。テンションが上がると何が起きるかといえば、まずは何と言っても走れるようになる。走っていちはやく適切な位置につけると良いパスが回ってきて効率の良い得点ができる。そうするとポジティブな声がかかりテンションが上がるという陽気なサイクルが完成する。この日はその上昇気流に乗ることができた。ローソンで味噌ラーメンとおにぎりを買って帰る。酒を飲んでからシャワーを浴びて寝る。


2026/07/10 昨日 2001
一日在宅。一日中家にいて一歩も外に出なかった。ハンターハンターの期間限定無料公開でヨークシンシティ編を読み終える。Web打ち合わせが一件と問い合わせと調整仕事が数件。お昼にはそばとひやむぎを食べる。洗濯物を干す。晩ごはんはキムチとご飯とそうめん。12−11−10の腕立て伏せだけは続いている。黒沢清のカリスマを見てから4時からの試合を見るために21時には寝ようとする。すぐには寝付けずだったがいつの間にか寝た。この日は久しぶりに酒を飲まなかった。


2026/07/11 今日 1919
予定通り4時に起きてベルギー対スペインを見る。サッカーは面白いと思った。球体の道具を使う22人での群舞としてこれ以上に優美なものは他にないのではないか。ドリブラーのドクは守備もしてすごいと思ったが、あまり守備をする印象がないヤマルはもっとすごいと思った。上手いのが前提の環境でプレーしているのがわかる。上手いの土台の上に立って、上手いの先にいる。ベルギーは負けてしまったがゲーム内容に満足した。寝不足状態だったので二度寝をする。二度寝前に読んだ『急に具合が悪くなる』関連のnoteで長塚京三が監督と対談している記事がよかった。まっすぐ事に当たる、その角度が、それに必要なだけの強さと柔らかさが映画のなかに記録されていると思う。うまく言えないが感銘を受けて、自分もああいうふうになりたいと思わさせられた。https://note.com/bittersend/n/nb320dfab5d50
10時半に起きる。高校時代の友人NaMaが夢に出てきた。彼が何かを心配してくれていたか自分が何かを心配していたか、ふたりで何かを心配していたか忘れてしまったが何かについて心配する夢だった。奈良に戻っていたと思う。懐かしかった。
家人がスープごはんを作ってくれたのでいただく。腕立て伏せをしてプロテインを飲むルーティンをこなす。ハンターハンターのGI編を読む。家人が見ていた『プラダを着た悪魔』をチラ見する。NYに興味があるという目線で見ると昔見たときよりも興味を持ってキャラクターについていくことができた。
丸二日引きこもっていてもしょうがないと思い、家人の外出にあわせカフェーに出かけて日記を書く。向田邦子の「書くべきことを書かないでいるのは見えない借金を負うようなもの」という言葉をお笑い芸人経由(たしか山名のエッセイ)で知る。毎日が文句のつけようのないほど充実していて日記を書く暇がないほど楽しいことに追われて忙しいわけだが、時間を作ってでも日記あるいはそれ以外の何かを書かなくてはいけないと思っているので向田邦子の言い分はとてもよくわかる。
日没近くまで『罪と罰』を読む。上巻を読み終えた。ラスコーリニコフの動きが克明に記されている。この克明さはドストエフスキーの一番の特徴かもしれない。そして克明さというのは文学におけるもっとも重要な能力だ。上巻の最終盤、マルメラードフの悲壮で滑稽な臨終場面からラスコーリニコフが祈りの約束を取り付けることができ、そのおかげで束の間無敵状態になり、その力を享けて気さくな若い人ラズミーヒンのもとに行きあっという間に気絶することになる顛末の、流れるような心の動きは、一箇所にとどまらないでいてなおかつ克明に描き出せるという二律背反的な営為で、ある種のリズム感がなくてはままならないものだ。気づけば夢中にさせられる。最初に読んだ大学1回生の夏休みの自分は何を読んでいたのか、思い返してみても謎だ。新潮文庫で読んだということ以外思い出せないが。

20260706

日記777

人工山色

2026/07/04 一昨日 16525
朝起きてワールドカップを見る。昼からTCB+1と渋谷で集合。ハンターハンターのイラストの前に人だかりができているのを見つけつつ、東急ハンズに行く。エレベータで6階まで一気に上がったあと、ぐるぐるとフロアを降りながら店内を物色する。調理器具のフロアでこれが便利だあれが便利だという話が一番盛り上がった。スペイン坂の隣の坂を登って公会堂の横手に出る。デイリーショップでアルコールを準備して代々木公園に入る。ナイトマーケットの看板があったが昼間にもかかわらずすでに賑わっていた。7月に入ったというのに5月なみ以上の涼しさで、座って酒を飲むのはもちろん歩き回っていても苦にならないぐらいの気温だった。バスケコートの前でお喋りをしながらバスケを眺めた。+1が活躍して「歩き」というスーパープレーでとくに三人を湧かせていた。いい時間になってきたので原宿に抜ける。友人Nが行きたいといった店が原宿駅から遠く、行って帰ってとしていたら結構な時間になった。座ろうと目論んでいたベンチが見つからなかったので縁石に座り込み、みんなで何回も乾杯してはおつまみをつまみ、ご飯を食べるのを見ては満足するという、”若者の巣鴨”こと原宿の最先端を行くTCB+1になった。翌日が朝早いということもあって早めの解散にする。
家人とビッグ・リボウスキを見る。



2026/07/05 昨日 13541
9時からピックルボールの回に家人と初参加する。ルール説明や動き方のコツのレクチャーが手慣れていて運営のコーチングスキルを感じさせられた。コーチングスキルを感じさせないほど手慣れているというのが行き着く先だと考えると、これ以上上はないかもしれない。初参加という人は多そうだったのでこれからピックルボールの活動場所を見つけることの難度は結構ありそうだ。
帰りにenという環七沿いにあるカレー屋に初めて入る。さっきまでピックルボールをいっしょにやっていた家族連れとばったり遭うことになった。カレーはレビューにあったとおり丁寧な作りで、数種類のカレーの違いがはっきりとわかりやすいこともあり、今後も行きたくなる店だった。小雨がぱらつきそうになったのでコンビニアイスを買うだけ買ってまっすぐ家に帰る。
家人が見つけてきた天幕のジャーガルなんとかというアニメを見る。中世イスラム世界が舞台で面白そうだ。野心的な作品なのは間違いないと思う。時代物ということで今の感覚とは違うところが明確に表現されていて、それだけとってもかなり好ましい。戦国時代を舞台にしたドラマで主人公が「民のため」とか言っているのを聞くと全力で噴飯してしまうが、そういうことをしていないだけで相対的にかなり評価が上がる。学ぶことの意味を問われたムハンマドの回答がよかった。「予測をもとに正しい行動を選択できるようになるため。知らないということは間違った行動につながってしまいやすい」という大意だったと思う。山田尚子は『平家物語』を作って、その方面での達成を得たと思っていたが、あれはあれで確かな達成だったのと同時に、この作品を手掛けるための準備だったとさえ言えて、アニメ監督として無二の存在になりつつある。しかし『ミルキーサブウェイ』も良かった。家人には2連続で良いアニメを提案されていることになる。考えてみれば家人から教えてもらうことは多い。髪の毛のくくり方も家人に教えてもらった。
強い睡魔にやられたので昼寝をしてからご飯を食べに出かける。ブッチャーズバルで牛ハツと牛豚鶏の盛り合わせを注文した。400g超の肉を分けて食べて満足した。行きも帰りも涼しいなか酒を飲んだ。翌朝早起きしたかったので早めの就寝を試みる。昼寝のせいで失敗した。


2026/07/06 今日 5503
水没都市大阪を高速バスで移動するハメになる夢を見た。ハイウェイを走っているはずなのに窓の外は完全に海の底で、しかもどんどん深くなっていくという恐怖体験をした。他の乗客(修学旅行生(クラスメイト))が冷静だったので自分も平静を装っていたが本当はバス運転手にかけあって来た道を引き返してほしかった。なんとか反対側の道に抜けられたが帰りも同じコースを辿ると思って憂鬱感は途切れず継続していた。起きてNHKプラスを見るとノルウェイが1点リードで後半終了が近づいていた。そのままハーランドがとんでもない2点目を上げ、ネイマールのPKで追いすがるブラジルを打ち破った。ハンターハンターの連載を読む。情報発表の回だった。午前在宅。そばを食べてから高輪ゲートウェイに出社する。社内打ち合わせに参加してアクションアイテムを明確化した。あとはいろいろの問い合わせに対応したり事務をこなしたりして定時退勤。山手線が遅延の影響で混んでいたので大崎で埼京線に乗り換える。川越行きはダメだが新宿行きは空いているという知見がある。電車内では『卍』の朗読を聞いていた。
下北に戻ってスタバに入る。『罪と罰』を読む。日記を書く。家人がトイ・ストーリー4を見ようというので読書もそこそこに帰宅。

20260703

日記776

要衝


2026/07/02 昨日 17159
午前在宅。午後早くから出社。ミーティングAにオンライン、ミーティングBにオンサイトで参加。その後は同僚と話し合いながら課題をつぶしていった。定時退勤。週末はピックルボールに初参加することが決まったので、それならばと急遽バスケに参加することにした。帰宅して荷物を持ち替え、すぐに中井まで移動。15分ほど遅れての参加になった。このサークルはテンション高くプレーできる良い環境で、開催頻度も多く重宝している。スピーカー持ち寄りで音楽を流してくれている。この日もHANAのTigerがかかって気持ちがブーストした。Tigerは毎日のトレーニング(腕立て12回12秒‐11回11秒‐10回10秒‐)でも使っていて、脳が苦を覚えにくい状態にできるという明らかな効果がある。
最寄りで酒を飲み、帰宅してそばを食べ、シャワーを浴びて洗濯機を回し、寝る。


2026/07/03 今日
一日在宅。ポルトガル対クロアチアを見る。負けているときの迫力の出し方がクロアチアチームの強者感を感じさせた。結果は日本チームと同じ1−2だけどここにはまだ大きな開きがあると思った。冷静でなおかつリスクを恐れていない感じ。リードされていることでむしろバフがかかっているように見えた。ハンターハンターのジャンプ+無料公開分を読む。天空闘技場まで。昼寝をしてから仕事を片付けようとしたところ、結構手間取ってしまい、進捗確認を受けることになった。一応目鼻がつくところまでやろうと思ったら1時間ほど残業になる。友人Nに下北に来てもらって飲みに行く。いつも下北なので気が引けると思って別候補を出してもらったのだが「新宿中野高円寺」というパッとしない回答しか返ってこなかったので仕方ないといえば仕方ない。

20260701

日記775

遠い場所


2026/06/30 昨日 13817
1時に起きるために早めに寝ようとするも興奮して寝付けず。結局起きたままで2時のキックオフを迎える。前半は1-0でリードして折り返し、コンビニへ追加の飲み物を買いに行く。足取りはうきうきと軽く、何気なく見上げる空もいつもより身近に感じられた。後半は同点に追いつかれ、終了間際に逆転を許し、ベスト32で敗退になった。勝つためにポゼッションで負けるサッカーをしていたのだが、負けてしまうと負けという過程と結果が残り、勝ち目というものが最初から存在しなかったように思える。気持ちがさっぱり冷めてしまい、朝日を避けるようにして眠る。
12時すぎに起床。そのまま在宅勤務に入る。必要な調整と問い合わせへの回答を済ませて定時に退勤。喜多見までバスケに出かける。予約を入れていたから参加したまでで全然気乗りのしないバスケ回だった。やる気がないなら無理にバスケをしたりしないで帰ったらいいのに惰性で体育館まで向かい、惰性でシュートを打つ。前回みっともないプレイがあったのとワールドカップの敗戦で気分が落ちていたのだと思う。やっているうちに周囲に引っ張られて元気になるだろうという目論見があったのだが半分当たったものの半分は外れるようなかたちで、気力全快とはならなかった。体力消費はそこまでなかったのが消化不良という回になった。バスケで自分が表現したいプレーがうまくできないことをストレスに感じている。有り体に言って、自分が上手いつもりでいるのに比べて上手さがついてきていないのが一番の問題だ。大したことのないデカいプレーヤーだとすればまあ気の利いたプレーもあるぐらいのもので、上手な・選手として強いプレーヤーと肩を並べようとすると足りないところだらけだ。自分のプレーに対するハードルを下げる必要がある。評価についてはもっと客観的にしないと頭を打つ。楽しむ・悔しがるというのは主観でよいが、評価したり判断するのは客観的になるべきだということ。
最寄りのセブンで酒を飲んで帰る。タコライスを食べてシャワーを浴び洗濯機を回して、洗濯物を干してから寝る。


2026/07/01 今日 5082
仕事に関係する夢を見た。覚醒時の考え方からすれば「つまらない夢を見た」と思って落ち込むべき場面なのだが。感情としてはきちんと波風たって良い夢だった。そこでは反抗的態度を崩さず戦っていたので気分が良かった。反面、こちらでは戦っていないということがあるので、ちゃんと見ればやや複雑な現象だ。午前在宅。ジャンプ+でハンターハンターの無料分を読む。
昼イチで打ち合わせが設定されていたのでいつもより早めに出社する。行きの電車内では前日のバスケのリプレイを見る。気力に欠けるプレーになっているはずなのだが、元気いっぱいのプレーと見分けがつかないと思った。今は記憶が新しいからそれをもとに見分けられるが、十分な距離をとったうえで見返せば違いはわからないだろう。時間経過によってもそうだが、自分以外が見てもそうだ。
打ち合わせを3つこなしたあとで同僚とお喋りしながら認識合わせをする。タスクをぐんぐん前に進めてくれるのでそのぶん自分はラクができるという意味でも相性の良い相手だ。
帰りの電車内では疲れのようなものがあって本を読む気にならなかったので『卍』の朗読を聞く。こんな本を読んで面白いと思う人がいるのかと疑問に思う。痴情のもつれといえば聞こえはいいが、語りの女の単調なひとり相撲だ。感情的なうえ物言いもふくめ直線的でまったく魅力的なところがない。彼女の目を通して見る彼女の夫や愛人の女も光って見えるところがきわめて少ない。書き手は一種のセンセーションで読者の注意を引きつけているだけで目を見張るような文章技法なども見られない。今のところは。
スタバに行って日記を書く。バッハの音楽は規則正しく、BGMにするのにちょうどいい。

20260629

日記774

No

2026/06/27 一昨日 8030
カラーシャンプー、ヘアフォームなどのヘアケアアイテムをネットで購入。昼すぎから理容室に行って白髪ぼかしをしてもらう。人生のなかで髪の毛が最長になっている。風呂のあとのドライヤーや朝の支度などの煩わしさともうすぐやってくる暑さで一度限界を迎えそうなのだが、この面倒くささを味わってしまうとこの先もう伸ばすことはないと思うので、今回で行けるところまでは行きたい。ヘアゴムを使ってちょんまげを作れるところまではきたのでシチュエーション次第ではすこしラクになった。出勤時にどうやっていこうか考え中。
夕方頃から友人Aに誘ってもらった読書会に参加する。課題本は『風に吹きはらわれてしまわないうように』だった。ブローティガンを読むのは始めてだったしこういう機会がないかぎり自分で読むこともたぶんなかったと思うのでまずはそれがよかった。あとは他人がどうやって小説を読むのかというのを知ることを通して、自分がどうやって小説を読むのかというところにあらためて光があたって勉強になった。参加者のことを知ろうと思ってやや拙速な質問をかけたり、自分の考えを性急に開示しようとしすぎたきらいがあってその距離感というか速度感については反省がある。ただ参加したいと言って参加しているのにもかかわらずただじっとして終えるというまず最初に浮かぶ危惧からはその分だけ離れられた。人と話すときに何層かに分けて順に引き出しを開けていくというやり方が自分は苦手なのだと思った。恬淡としているというと聞こえは良いが、さっぱりした単純な意見や加工しないそのままの願望をわりあいはっきりと口に出すので、相手が受けづらい意見を口走ってそのまま終話というかたちになっている。ボールの離し方が手前勝手で外形的にもパスになっていない。以前はその空気を自分で察知して先回りし、自分自身で修正したりパッチを当てたりして無理やり完結させていたのだが、中年になって鉄面皮をかぶれるようになってピリオドを打つ処置もしないで、堂々と投げっぱなしの終話スタイルをとってしまっている。相手の意見を受け取って何かを言うというのもあまりできなかった。言うべきことがあってそれを聞きやすいかたちにまとめていたら相手が受けてくれなかったとしてもそれはそれでいいと思えるのかもしれない。それができていなかったので据わりがわるいというか安心していられないのはある。ただその方向へ進んだとしたら読書会である必要はあまりないかもしれない。読んだ本を通じてコミュニケーションをはかるというところに眼目があるのだろうから、次回はそれを意識して勉強させてもらいたい。次回の課題本は谷崎潤一郎になった。とくに読んだわけでもないのになぜかイメージだけで嫌いな作家のひとりだから、これを好い機会として読んでみたい。『卍』
家人がボーナストラックのイベントで買ってきたマッコリをちょっと飲ませてもらう。キムチも食べさせてもらう。とくに好みの味でなかったためそう伝えるとへそを曲げられた。味がわからない人呼ばわりされたのでそれはちがうと反論し、わかったうえで好みに合わないと説明。質が良いとされているものが必ずしも口に合うとはかぎらないし、素材(白菜)の味が立っているじゃないかと言われるのだが、キムチは素材の味を味わう食べ物と自分が認識していないのもあってあまり話が噛み合わなかった。こういうふうに各々で持っているちがう意見を話し合える場にしたい。読書会に参加する以上、余計なゲスト意識は抜いて自分が場を作るというぐらいの気持ちで積極参加していきたい。


2026/06/28 昨日 18015
『卍』をすこし読んだが関西弁のうるさい女のこまっしゃくれた言い回しにうんざりさせられた。表記の仕方も関西弁表現のために読者に負荷を強いるような書き方で、著者の傲慢な大きい顔が瞼の裏にちらつくようでどうにも鬱陶しい。これは読了が難しいだろうと判断して音読ですすめることにした。youtubeの朗読があって便利だ。聞くのは読むよりはだいぶましでこれならいけると思ったのだが、やっぱり合わないからなのか女の言い回しに嫌悪感をおぼえて聞いているのも大変だ。こういう反応に我が意を得た顔をされるような気がしてそれも気に食わない。
昼飯にパスタを茹でて食べる。『小説家を見つけたら』を見る。2000年の映画だが今の映画ほどなめらかに繋がっていないし感動させたいシーンの感動させたい持っていき方がいかにも感動を誘うやり方でウッとなる。とくにスピーチで悪者教授の鼻を明かす場面は安っぽくて見ていられない。ただ最後の終わり方、窓を開けて外の景色を映し出す描き方が美しくてかなりの部分が精算され、結果として良い映画を見たと思えた。ニューヨークの街や地下鉄などが出てくるのも自分的にはポイントが高い。
高円寺までバスケに出かける。すこし早めの到着になったので商店街をぶらぶらして古着屋のウインドーショッピングをするなどした。蟹の本屋を見つけたので中に入ってみた。戦争反対展をやっていた。No Warなんていうのははっきりいって当たり前のことだと思うが、当たり前だと思うということにかまけず言うべきことでもある。何度も言わないでもいいが、一度でもいいからここというときにはっきり明言して旗幟を鮮明にしておくのがよい。戦争は間違っている。
バスケでは上手で体力があってチームのために走るのを厭わないプレーヤーに付きっきりになって自分のやりたいプレーが全然できなかった。この日は比較的身体が動いたのに内容が伴わなかったことから、競技レベルの選手や競技色のつよいゲームでは自分のプレーは通用しないんだということに直面させられる結果になった。この悔しさをどうやって晴らそうかと思うのだが、体力を増強して打ち勝つ以外にない。しかし、それは自分のやりたいことなのか要検討だ。もしこの階段を上っていけたとしても、階段を上っていった先にはべつの強い相手がいてまた悔しい思いをするのは目に見えている。それでは全体として楽しくならない。だから自分より上を行く選手に対して、自分なりのやり方で一矢報いる手段を講じるべきだ。負けてもいいからボロ負けしないようにするとか、正面からぶつかって勝てないのであれば搦手を使うとか、自分は負けてもチームは勝つというところにゴールを設定するとか、そういうやり方の工夫が必要だ。しかしこの日は悔しくて正気を保つのがむずかしかった。頭に血が上ってコンビニで買った氷結を飲まずに寝た。負けるのは悔しい。


2026/06/29 今日 
朝からグロテスクな描写のある夢を見る。城主が城を明け渡す際に、家臣一同の家族もろともに”見事な最期”を強いる場面、群舞のようにリズミカルな動きで自分たちの家族を手にかけたあと自害するという今敏パプリカ風悪夢表現の悪夢だった。その前には高校時代に仲違いをしたクラスメイトたちとユーモアを通じて和解できるというシーンがあったのでシンプルに嬉しく、落差がきつかった。自分の夢に対して完全に油断していたところを刺された。
一日在宅。ハンターハンターの連載再開分を読み、これまでの連載分を読み返す。ワールドカップを見ていて気持ちが勝負づいているからか、つい関係ない自分のバスケプレーでも勝負に熱くなってしまっているようだ。
この日はスタバに行く前に日記を書いてしまう。定時すこし過ぎに退勤。スタバに行く予定。
ワールドカップの日本対ブラジル戦が今夜ある。楽しみだが負けてしまわないかという心配もかなりある。自分ごとのように緊張してそわそわする。しかしこのそわそわする感じは楽しみが目の前にある緊張だというように教化され済みなので、言葉にして表わすとやはり「楽しみ」ということになる。負けたら終わり、勝ったら先を見られるという緊張感はトーナメントならではワールドカップならではのものだと思う。やっぱり緊張する。

20260626

日記773

君は映画ではない

2026/06/25 昨日 20303
一日在宅勤務。朝から地震のニュース。安否確認が走る震度6強以上の地震だった。台風のニュースと地震のニュースでNHKでのワールドカップ中継の放送が遅れた。それでチェコ対メキシコの試合は後半からになった。昼一番からリモートで打ち合わせ。それが終わったらこの日のタスクは一段落したので昼休みの時間を使って『君は映画』を見に行く。期待を100としたとき15ぐらいの満足度だった。自分が住んでいる街で、よく目にしたりしょっちゅうそのへんをうろついている場所が映っているのにもかかわらず大して感心しないということは下北沢をちょろちょろしていない人にとっては全然面白くないのではないかといらぬ心配をしそうになった。
帰宅してすこし昼寝。それから定時退勤しバスケに出かける。間違えてチャリで行く判断をしたせいで方南町の中学校に着く頃には全身びしょ濡れになった。
肝心のバスケではそれなりのパフォーマンスを見せることができた。操作ミスでスローモーションで試合を録画し、容量が足りなくなった。長い分はデータ容量の都合で消去するしかなかったが短い分は丸々一試合分スローモーションで録画した。動き出しのタイミングなどが普段の等倍速度よりもわかりやすくてちゃんと見たら勉強になると思う。イルカとクジラの鳴き声対決みたいな音になっていて面白かった。スキール音と人声がそれぞれイルカとクジラ。帰りはびしょ濡れになりたくないのでおとなしく電車で帰ることにした。下北で家人と合流しだいこんまんに行こうとしたが閉店、南蛮亭は満席、ドドドも閉店、くらは満席、仕方なくしずるに行く。量はあるがあまり美味しいとはいえない。ビールもいまいち。鶏ステーキを食べた。
帰ってシャワーを浴びてできるだけすぐ寝ようとしたが失敗し0時すぎ就寝になってしまった。



2026/06/26 今日 4180
午前休。ワールドカップ日本対スウェーデンを見る。試合展開の作り方や先制点の場面は上手いと思ったが、相手にも上手いところがあり1−1の引き分けになった。日本代表はこれまでで最強なのだと思うし、随所に工夫と上手いポイントがあるが、ワールドカップに出場するチームは同様に上手いところがあるという当然のことをあらためて知らされるような結果だった。決勝トーナメント初戦でブラジルと当たることが決まった。単純に楽しみと思えないのは、やはりもっと長い期間ワールドカップで日本を応援して楽しみたいと思っているからだ。戦術的な対策だけではどうにもならない相手だからこそ本当の実力が試されることになる。勝ったらそれはもう嬉しい。応援するだけだ。
午後から出勤する。定例打ち合わせに参加したあと同僚とミーティングしてタスク消化。定時退勤して下北に戻りスタバに入る。『罪と罰』を読んで日記を書く。ラスコーリニコフが斧を使って斧を戻した。さすがの緊迫感だと思う。結果を知っていてもドキドキして読んでいるということを忘れさせる。


20260624

日記772

なんでもないような外

2026/06/23 昨日 18531
午前在宅。しっかりめに寝るという目標を立て実行に移したたおかげで体調はわるくない。昼すぎにダイチャリを使って渋谷まで出かける。回答を持っていない自分に向けて質問が飛んでくるシチュエーションと湿気とで汗がだらだら流れてクタクタになったが、首を傾げたりなどしているうちに苦しい時間が過ぎていった。定時前に渋谷を引き上げダイチャリを使って帰宅する。喜多見までバスケに出かける。行きの道で『吾輩は猫である』の朗読を聞く。バスケは中一日の休息しかとれなかったにしては足も問題なく動き、それなりに走り回りながらも心肺機能の限界を感じることも少なかった。バスケというコミュニケーションにおいて、語彙が特殊だったり、立て板に水のごとく流暢に喋るプレーをする選手はやっぱり目を瞠るべきところがある。一瞬の閃きとそれへの感応というコンビネーションが出たときには他には替えがたい喜びがあるということを思い、スラムダンクのあの流川ー桜木のシーンは見開きのハイタッチも桜木の左手もそれ自体本質ではなく、パスが来ることを確信してそこにいる桜木とそれを視界のなかに捉えた瑠川に本質がある。あれこそがバスケプレーの精髄だ。
帰宅後シャワーを浴び、そばを茹で食べて、できるだけ早く寝る。


2026/06/24 今日 4460
午前在宅。ここ1週間ほど正体不明の不安感が身体中にべっとりくっついているような感覚で日を過ごしていたのだが、なんとなくそれが取れてなくなった。労働におけるタスクの蓄積は相変わらずあるのだが、そんなのはどうでもいいことなのだという正解に自分の頭のなかをしっかり結びつけることができた。1時間ほどの寝不足の蓄積が解消されてきたからだろうと思う。午後から出社して打ち合わせを3件消化する。サボっていることを面と向かってやわらかく指摘されるひとつめの打ち合わせに一番重量感を感じたが、否定できないですよねという苦笑いをしていたらそれで済んだ。あとのふたつは軽いのと重いの。定期イベントなので対処法ははっきりしている。
下北に戻ってスタバで日記を書く。電車内ではバスケのリプレイを見ていた。
不安のなか頭が働くといずれENDの問題にたどり着く。そこにたどり着かない人は、その人の現実のなかにその人の頭を悩ませる問題があるということなのだと思う。それは幸か不幸かわからない。普通に考えればわかると思うのだがはっきりわかるというほどにはわからない。わかると思うのは、ENDの問題に直面するのはとにかくつらいからそこに至ることがないというのは気楽で幸運な状況だといえると思うからであり、あるいはそういう本質的というほかない問題を後景にしりぞけるほど現実の問題に切迫感を感じているというのがその誤認も含め二重に不幸だといえると思うからだ。
ENDの問題という強い光を当ててそのほかの問題を飛ばしたいわけではない。ただ、上の考えにはそうなる構造が含まれている。直視するのがむずかしいことを直視することで何かを掴もうとするというのは、他の問題を軽く見るためにそうするのではなく、あらゆる問題に強い光が何らかのかたちで干渉しているということを見逃さないようにする、そのためにするべきだことだ。
バッハのマスターワークスを聞きながら以前の記事に修正を加えたり追加で日記を書く。

20260622

日記771

人は見たいものを見る

2026/06/19 一昨昨日 19796
午前在宅。いただき物のじゃがいものチーズケーキを食べる。食べたことないチーズケーキの味で物珍しさがあるのだが、チーズケーキと分類していない引き出しのなかにはある味なので既知ということになり、それで懐かしい味という要素もあるという不思議な感覚になった。「美味しい」の枠内でこういう冒険ができるのは贅沢なことだと思った。
昼から出社。定時退勤して方南町までバスケに出かける。山手線は例によって混雑しているので大崎で相鉄線に乗り換えて新宿まで行く。その作戦は奏功して座席に座って悠々と移動できたが、後部車両に乗ったせいもあり新宿で丸ノ内線まで大移動する羽目になり、今後は改善の余地があると思った。単に先頭車両付近に乗ればいいだけだが。
バスケは這々の体だった。とにかく心肺機能が追いつかず、ちょっと走っただけでぜえぜえはあはあとなってしまい、悔しいを通り越して悲しくなった。いろいろ考え合わせたところ、慢性的な寝不足状態が原因だということになった。走れないから走らなかったことで足の疲労も最低限しか溜まらず、中一日でのバスケに参加できるということになった。自分のプレーを動画で見たとき、ろくに走っていないのにひとり膝に手をついて疲れていて、不審の気を起こさせる。自分じゃなきゃどういうことだと惑わされるところだ。バスで新代田まで帰る。バスケ参加者の人とバス車内でいっしょになる。人好きのする爽やか関西人で、プレーも話し方もハキハキしていて嫌味なところが少しもなく、すかさずに全力プレーできっちり走る、バスケットマンにはめずらしいタイプだ。関西人としてもめずらしいタイプだと思う。もし疲れ切っていなかったらもうすこし喋ってみたかったぐらいだ。疲れていてそういうわけにもいかないのでPEELを飲みながら帰る。家人がミルキーサブウェイというアニメ作品を見たいというので不承不承見ることにする。サムネイルからして癪に障るようなところがあり、手を出すまいと思ったのだが、一話が数分と短いこともあって次々と見ているうちにあれよあれよと引き込まれ、一気に全部見てしまった。自分の勘・感覚は頼りにならないものだ、お手上げだということになった。とにかく上手い演出で見事だった。しかしそれこそが忌避感を持った理由ということかもしれず、”一歩目の才能”アレルギーのようなものだったかもしれない。そこを突き抜けられると気にならなくなるのだが、今回もそれで気にならなくなったわけだが、いまだに突き付けられる段階では舌の裏側に苦味が走る。


2026/06/20 一昨日 9967
雨の日だった。昼前から家人と新宿まで映画を見に行く。たのしみにしていた『急に具合が悪くなる』を見た。究極的にはこういう映画を見るために映画を見ているということが言えると思う。たとえば小説を読むことでも生活をおくることでもなんでもいいが、自分には「本質主義的にひとつの目的に集約させるようなことをするのはちがう」と思うだけの分別はあるつもりだ。分別はあるつもりなのだが、一方で、こちらを大きく揺さぶって一時的にでもその分別を失わさせるつよい力を持つ作品なり出来事なりがある。もしそれらの作品なり出来事なりが無かったとすれば、経験なんていうものはただスタンプラリーじみて、自分の実際の経験にくらべるとはるかに退屈なものになるだろう。大切にしているのは、心の底から悲しかったり、心の底から可笑しかったり、言葉にするとそういう経験になるわけだが、一方ではつねに、「心に底はあるのか」とか、「魂を震わせると言うがそもそも魂とは何か」とかいう疑問を持つことにもなって、それぞれの要素をアクセル・ブレーキ・ハンドルというふうに使い分けているのだと思う。なんのためにそういう使い分けをしていくのかといえばよくわからない感じになるが、なんだかんだと言ってもとにかく、”先を急ぐ”ためだろう。動揺も懐疑もすべてそのための手段だと言える。しかも、何のコントロールもなしにただ積んでいけばいいというものではなく、ある場所まで来たところでそれぞれの要素を身近に引き寄せたり、反対に遠ざけたりと、べつべつの操作が必要になるというところが、ただ蓄積すれば用を足す経験値のような考え方とは異なるところだ。(ところで、先を急ぐのはどうしてかという疑問については、時間が限られているからだという回答を用意できる。どうして時間が限られているのかという疑問についてはお手上げで、それがなぜなのかまったくわからない。)
ある問題に対して、持ち重りがするから手に取りたくないという考えのほうに自分としてはより多く共感できる。事態を軽く見ていないからこそ、安易に手を出すまいとするのだろうからだ。さらに言うと、自分自身に対して立派な題目を唱えようという気が一切ない人は、じっとして過ごし、積極的に心の平穏を手に入れようとするのもひとつのやり方だと思う。問題を小さく捉えようとしたり、簡単なもの扱いするよりははるかに理に適っているし、礼を失することになるおそれも少ない。それでも結局、できることをやるしかなく、じっとしていることができない人は、自分にできることをやろうとしてジタバタすることになる。そして実際に何かをやろうというときには、問題を小分けにしたり、コントロール可能な部分を多く見積もったりすることは、それはそれで行動するために必要なやり方だったりする。
人が人に親密な気持ちを抱くというのは不思議なことだ。それが自分のためになるというたぐいの理由付けをするにしてはあきらかに”度が過ぎる”というケースも多い。おそらく例外というにははるかに多すぎるだろうし、どれだけ行き過ぎることのない「それなりの愛着」を心がけようとしても、気を抜くとすぐに線を越えてしまう。
持ち時間が限られているからできるだけのことをやりたい、というのは時間制限に対して納得できない気持ちから自分としては正面切って採用する気になれない言い分だが、それでもこの条件下ではそうする以外にないやり方だと思う。ようするに一生懸命やろうということだ。自分にとって乾坤一擲と思える局面を持たないままでは終われないということだ。
映画を見終わったので下北に戻り、TCBのふたりと合流する。雨宿りしながら酒を飲み、雨脚が弱まったタイミングで家に行こうと思ったのだが、弱まる気配が見えないので仕方なく傘をさして歩く。自分としては一生懸命話そうとしたのだが、あまりうまくいかなかった。いつものことだ。外れた論理の道筋をもとに戻すだけで手一杯になる。町田近辺の美容か何かについての噂話が新機軸という感じで面白く、耳目を集めた。


2026/06/21 昨日 16741
曇りの日だった。10時半ごろに起きる。寝不足が解消されるぐらいしっかり眠った。13時からワールドカップ、日本対チュニジアの試合を見る。すぐに先制して危なげなく4-0で勝利した。あやせの合掌ポーズをいっしょにやってゴールを喜んだ。
すこし昼寝をする。高円寺までバスケに出かける。3Pシュートの感覚を掴めた気がする。というようなことを何度か書いているが、その都度忘れているのか、感覚を失っているのか、また同じコースを繰り返しそうだ。今回掴んだことは下半身と上半身の連動、あせらずに自分のなかでゆっくりと思えるテンポで打つ、ゼロポジション、前に押し出す意識を強める、の三本だ。
レンタル自転車で帰ろうと思ったが近場のチャリがすべて借りられていたので電車で帰る。小田急のなかで参加者の人といっしょになって話しながら帰る。前回の会話からサッカーをやっていたという情報を得ていたのでワールドカップの話をしようと水を向けるが、見るのはしない、やる専門ということで見ていないという回答だった。バスケも全然見ないらしく、完全に運動不足の解消目的でバスケをしているということのようだ。どれだけ運動神経が良くても、上手なプレーを見てお手本にしないと上達には限度があるということを思った。
最寄りで酒を買い、飲みながら帰宅。家人がささみと大葉とチーズとトマトのクワトレーゼ包み焼きとコーンの炊き込みご飯を作ってくれたので美味しくいただく。


2026/06/22 今日 5363
朝から霞が関まで行って定例会議に現地参加する。アジェンダのひとつを任されていたのでやや緊張したが、準備が万全だったので難なく済む。
帰宅して昼から在宅。寝不足気味だったので昼寝で補う。降ってきたタスクを都合4個消化して定時退勤。スタバに出かける。バッハのピアノ曲を聞きながら日記を書く。20時すぎまで。酒を飲んでから帰るつもり。最近日の明るさで早くに目が覚めるので十分な睡眠時間確保のため早めに寝るつもり。

20260618

日記770

芍薬牡丹に百合の花


2026/06/13 五日前 22174
午前中スタバに行ってから、家人と下北の丸亀製麺で集合。昼ごはんにざるうどんを食べてから調布まで移動する。バスで神代植物園前までさらに移動してparkというカフェでドーナツタイム。そのカフェに併設されている会社で働く友人ペアと白犬と合流し、まさに丘の上という丘の上がある公園でバトミントンをして遊ぶ。さらに深大寺を散策してからバスで調布駅まで戻る。大戸屋でたらふくご飯を食べてから調布を出る。笹塚経由のバス移動で方南町まで。ちょいゆるのバスケに参加する。一生懸命やったので帰りはへとへとになりながらダイチャリで家まで帰る。プロテインと糖分を補給しなかったら行き倒れていたかもしれない。とにかく大量の汗が出た。


2026/06/14 四日前 10928
朝9時半から自宅に友人Taを招き、NBAファイナル第五戦をいっしょに観戦する。友人はとにかくNBAが好きらしく、にわかニックスファンの自分の相手をして基礎的な情報を提供してくれつつ、53年ぶりのNYニックスの優勝をともに見届けた。このぐらいのタイムスパンになるとファンに古参もにわかもなくなってしまうようなところはあるので、あまり卑屈にならず選手の活躍を讃えることができた。ジェイレン・ブランソンがボールを持って構えるとき、どういう形になるにせよ最終的にシュートを打って決めるんだろうなという確信を与えてくる。
NYニックスの優勝を祝ってTHE PIZZAという店でピザを食べた。京都からきている友人と会うため早めに抜けて渋谷へ。せっかく来てもらっているのに十分にお構いできず申し訳なかった。
渋谷のアパホテルまで友人Tsを迎えに行く。そこらへんで飲もうという話になり、銀座ライオンでブーツグラスの琥珀ビールを飲む。今回の東京滞在の予定確認をしてからワールドカップの大胆試合予想をする。友人は1-3の負け予想。自分は0-0の引き分け予想。音楽関連の飲み会に出るということで一旦解散。下北の駅から歩いて帰る途中で、彼女とのアフタヌーンティーに出かけるところだった友人Taとばったり会う。来た道をそのまま引き返し、彼を駅まで送ってから帰宅。そばを食べて、朝5時起床に備えて20時すぎにベッドに入る。しかし普段の就寝時間とだいぶ違うのもあり、うだうだと寝付けず22時前の就寝になる。


2026/06/15 一昨昨日 29701
3時半起床。雨がまあまあ降っていたのでLUUPでの渋谷移動は諦めてS-Lideでタクシーを呼ぶ。潔く良い判断だったと思う。道元坂上のアパホテルまで10分弱の移動時間で2500円の料金になった。3500円くらいかかると思っていたので余裕で許容範囲で済んだ。
友人Tsと合流してまずは腹ごしらえということで松屋に入る。その後見込んでいたHUBに出向くも、ことごとく満席あるいは完全予約制で入れず。しかし円山町のユーロスペースがある通りのMUSIC BARがテレビ画面を路面に見せつけながらの営業をしているのをHUB探索の際に見つけていたので、急遽そこに飛び込んで事なきを得た。椅子に座れるだけの余裕がありつつ人は店内狭しとたくさん入っていて盛り上がっていた。これも良い判断だった。前半途中に陽気な外国人観光客が来て、しばらく外からテレビ画面を見ていた。店員の「見るならドリンクオーダーお願いします」という正当な要求を完全無視し、「おめでとー!」と叫びながらひとりで盛り上がっていて、盛り上がることに対する力強い文化を感じた。「Oh Nippon」の定番アンセムを「おーめでとー」だけの簡易な替え歌にし、たったひとりだけでフル尺をだいたい4周ほど歌い切って、満足したのか他の客の無反応にようやく何かを悟ったのか、ただたんに退屈になったのかわからないがいつのまにか帰っていった。試合は後半にリードを許し、中村敬斗の見事なシュートで追いつき、またリードを許し、途中交代で入った伊東のコーナーキックから同じく途中交代の小川がヘディングで合わせてまた同点に追いつき、2-2で引き分けになった。ゴールしたときに発生するほかの客たちとハイタッチするくだりが2回あったのでサッカー観戦として満足いくものになった。高い満足感があったので気持ちは高揚していたが寝不足の身体がそれに追いつかず、一度解散してそれぞれ家とホテルに戻って11時の再集合まで二度寝をすることにした。
11時すぎに再集合して、代々木公園まで奥渋を歩いて移動。雨上がりなのと平日なのとでリングが空いていてシューティングができた。かるい1on1とシュート勝負をする。ずっと取り組んでいてゴールの見えないシュートフォームの改善について、自分の考えを述べたり、友人の意見を聞いたりして、楽しいのに加え有意義に感じられる時間だった。ハラカドにある小杉湯で汗を流してから山手線で品川に移動。駅中の焼きスパゲティの店でかなり遅めの昼ご飯を食べて解散になる。Tsの音楽関連の活動が活発になると東京に来ることも頻繁になるようなのでぜひ頑張ってほしい。今度は体育館でやるバスケ、自分が行っているバスケサークルのひとつでいっしょにバスケしようという話もした。果たされるかどうか五分五分の約束だ。
この日テンションが高かったのでバスケに行ってシューティングしようかと思ったが、帰りついたらどっと疲れがきて思わず眠り込んでしまった。起きてから家人の提案で行きたかった広島風お好み焼きの店だいこんまんに行く。期待をこえる美味しさとボリューム感で満足した。涼しい夜道を歩いて帰るのも気持ちよかった。


2026/06/16 一昨日 13411
一日在宅勤務。定時退勤して喜多見までバスケに出かける。満足感の高いプレー内容になった。うまい人とバスケをやるのはそれ特有の喜びがある。喋らないでもプレー意図が通じ合うのは嬉しい。例の風神と同チームになったので彼にコテンパンにやられず、相手チームからの失点というかたちではなく自チームの得点としてあの目覚ましいターンからのバックシュートを見ると安心して見惚れていられる。上手な選手に阿るようなことはしたくないが、彼は半端に上手い選手とは違い、自分以外の自分ほど上手ではないプレーヤーにも当然払うべきリスペクトを欠かさないところも好感が持てると思っている。最寄り駅で酒を飲みながら動画をリプレイしてから帰宅。ご飯を食べて風呂に入って寝る。


2026/06/17 昨日 8928
午前在宅。午後から出社。定時退勤し何の気なしに降りた渋谷で映画を見ることにする。『SIRAT』を見る。見終わっての感想は「どっと疲れた」というものだった。最後の列車の屋根に乗って運ばれる登場人物たちがまた他人に戻っていく様子と、何かを感じる力が残されていないようでただただ「疲れている」様子に共感があった。盛り上がって踊りくるったクラブを出た朝帰りに雰囲気が似ていた。


2026/06/18 今日 7394
午前在宅。午後から出社。定時すこし過ぎに退勤。山手線が遅れによりぎゅうぎゅうになっていてしんどかった。帰宅後リュックの中身をMACに換装してスタバに行く。日記を書く。最近『罪と罰』を読みはじめた。ちょうど20年前の今頃にはじめて読んだときには文字を目で追うだけでまったく読めていなかったのだと思う。読み終えるところまでいっても全然面白いと思わなかったのがその何よりの証拠だ。ロシア文学はスロースタートだという言い訳もできないほど、今もうすでにマルメラードフが面白くて仕方ない。大学1回の冬までは文学作品を手に取ることがあってもほぼ義務感だけで読んでいた。それを変えたのは『星の王子さま』とヘッセの『幸福論』だった。とくにヘッセは単線的な価値観からの逸脱。その方向を指された。そんなことをできる者が自分以外にいるとは思っていなかったから驚いたというのもあると思う。その後ドストエフスキーは『カラマーゾフの兄弟』を読んで、イワンとアリョーシャと重なって青ざめ「絞首刑だ」と叫び、深夜に居ても立っても居られない気持ちで自室をうろうろしてから、その全作品を読むようにしたが『罪と罰』は一度読み終わっていたこともあって素通りしてしまった。だから今もう一度『罪と罰』を読むのはかなり楽しみなことだ。

20260613

「悩み」について

水曜日のダウンタウンというバラエティ番組で、「悩みがない人はいない」という説が唱えられ、その検証のためにインタビューロケをする企画があった。インタビューを受ける人は口々に自分の抱えている悩みについてカメラに向かって答えるわけだが、人々は当然、テレビ用の(あるいはカメラを向けられたというシチュエーションに応じた)回答をするので、さらに伝達方法が「その場で」「口頭で」ということもあって、いきおい簡単な、”伝えやすい回答”に条件が絞られることになる。そのうえ番組はそれをテレビ用の分類に回すから、結果として上位にランクする悩みは「恋」、「仕事」、「お金」、「健康」という大きな看板がメインということになっていた。たとえ無記名アンケート方式にしたとしても統計的に扱うと結局は同じ結果になるのだろうと想像できるが、いずれにしても、そういった看板に載った悩みのいちいちを詳しく聞き出そうという気にはならないだろう。それぞれに特有の事情というものがあり、切実な内容を含むこともあるのだろうが、そのパッケージ内にあるかぎりはまとめて扱って問題ないという気にさせられる。実際に自分の身に置き換えてみたり悩みの内情を想像するということがしやすいからだろう。それでそういった悩みはまとめて〈理解できること〉というフォルダに分類されることになる。

一方、〈理解できない〉フォルダに分類されるほうが「それってどういうこと?」という疑問が湧いて、詳しく知りたい気持ちにさせられる。番組でも「悩みがない」という人について掘り下げるという内容を放送していた。

インタビューで悩みがあると答えた人のなかには「悩みはない(あるいはあっても小さな悩みしかない)が、悩みがあるかどうかと訊かれて悩みはないと答えるのは奇異に映るのではないか」と考えて、人に理解しやすい、さして悩みとも考えていないような悩みを適当に口にするというケースがあると思われる。だからここで浮かび上がる視聴者側の好奇心は、悩みがない人というよりは、カメラに向かって「悩みがない」と断言する人に向けられているといえる。

悩みというのを「心に占める重要な問題」と考えると、悩みがないという人の主張は、
1.心に占めている問題がない
2.心に占める問題があっても重要なものではなく悩みというに値しない
という二点に分けられる。

1については、自分の身の回りのことに集中してその外部の出来事に気を回さないようにするというスキルが要請されるため、誰にでもできることではない。そして「奇異に映るのではないか」という小さな悩みの持ち主の危惧はここに焦点が合うのだと思われる。情報化社会において、つまり外側がクリアに見える状況下で「心に占める問題がない」と断言するのは、自分自身の〈無関心〉というスタンスの表明にもなるからだ。個人という立場からなされうる政治的なステートメントにも近い、というか宣言そのものになる。

だから、常識的には(他人から判断する場合には)、より穏当なのは2のパターンだと思われる。とくに自分自身の人生にとってかけがえのない人物を三年ほどの期間で相次いで失った男性からすると、もはや悩みとするのに値する出来事がこの先にあるとは想定できないのだと考えられる。そのため悩みがないと断言できるのだろう。その当時の悩みや苦悩が、彼を悩み知らずの位置に立たせたのだ。ただの想像だが、悩みというのにはあまりにも小さいし、あまりにも遠い諸々の出来事が点滅しているという事態が日常になっているのだろう。そして彼の感情というのには測り知り難いところがあるにせよ、そのように考える理路というのは他人からしてもわかりよいものであるだろう。人に伝達するときに苦労するようなひっかかりもない。そう考えると、とくにそういったストーリーを用意せずに「悩みがない」と言い切った男性のほうに関心が向く。かつてなにかしらの悩みに直面し、それを氷漬けにする過程で心に占めるなにものかを失ったのだろうか。つまり、殿堂入りのようなかたちでその場から消失したかつての悩みがあり、その悩みに遠慮して今は、そしてこの先にも、悩みと呼べるものはないというのが彼の主張なのだろうか。あるいは生粋の能天気なのか。カメラを通して見ても両者の区別はつかないものなのだと驚いた。

ちなみに、お金で解決できる悩みは悩みと呼ぶのに値しないという考えもある。それらはシンプルに”お金の問題”だろうという主張だ。しかし、そんな呑気なことも言っていられないかもしれないと思うのは、お金がないということを発端として、問題がどんどんふくらんでいき、お金があってもどうしようもない事態にまで陥ることがとても多くあるのだろうと想定されることだ。だからお金がないという状態にならないように、各種の条件に対処・対応して、それがうまくいっているうちは悩みなどないというのも、決して考えられないスタンスではないだろう。

トーマス・マンの『トニオ・クレーゲル』の一節に「最も多く愛する者は、常に敗者であり、常に悩まねばならぬ。」という言葉がある。ドイツの文豪がそう書いたからといって即ちこれ正解というわけにはいかないだろうが、この言葉に慰められることになった”敗者”はこれからも多いだろう。

20260612

日記769

オープン・クローズ


2026/06/11 昨日 15321
午前在宅。NBAファイナルを見る。前半終わりには大差がついていて今日は予定調和的な展開かと気を抜いていたのだが、ぼんやりとでも見続けていてよかった。もともと好きになる要素があったのだがこの試合で決定的にNYニックスを好きになった。2026年のプレーオフファイナル第4戦でニックスはまたたくさんのファンを獲得しただろうが、その先頭に並んでもかまわないと思ったということだ。タウンズを見るとビッグマンとしての多彩なプレーの引き出しとクレバーな闘志に惹かれる。ブランソンはあくまでチームの勝敗にこだわり抜く姿勢が自分の考え方とは合わないと思いつつも、ブランソン自身の持っているそのビジョンを忠実に体現している様子には思わず見惚れてしまうし認めざるを得ない。自分に合う考え方のNBAスターはやっぱりラメロ・ボールだが、両者それぞれに美学があることは明白だし、勝負をしてどちらが勝つのかも明確だ。そしてこの試合で大活躍したOG・アヌノビー。つねにポイントを探して考えているからこそ、あの芸術的なハイタッチが生まれたのにちがいない。しかももうひとりプットバックをさらに押し込もうとタウンズが跳んでいたのも最高で、ブランソンの自身に満ちた素早いディプスリーとともに、ニックスの大逆転勝利を象徴するプレーだった。
お昼にそばを食べて15時頃に出社する。打ち合わせに現地参加するための出社だったが、打ち合わせが中止になった。なかば予想していたが無駄足に近い。気を取り直して業務引き継ぎのための対面打ち合わせをする。マニュアルの作成というタスクだが、自分がその場で仕事をしたと思って出ていくためにも使えるマニュアルを作ろうという所信を表明した。定時退勤し喜多見へ。20分歩いて体育館に。すごい試合を見たことで気持ちの昂りがあったのだが、心肺機能がボトルネックになって満足いくプレーができず。踊るようにステップを踏む優雅な”風神”と久しぶりにいっしょになった。バスケを”プレー”するということにおいてこれ以上楽しめているプレーヤーを見たことがない。フィジカルのレベルが違うと文字通りに「無敵」の振る舞いができてさぞ楽しいことだろう。自分は楽しんでプレーすることにかけては人後に落ちないつもりだが、彼と同じコートに立つとついフォームを崩して無理な頑張りを頑張ってしまう。プレーにおいて彼に張り合おうとするからだが、相手のほうが何枚も上手なのをわからせられるので萎縮してしまい、それを跳ね返そうと躍起になって判断を誤り、ドツボにハマっていく。とにかく走らされるので最中には悔しがる余裕もないのだが、終わってから振り返るととにかく悔しい。悔しい思いをさせられすぎて狛江湯でも温冷交代浴のあとの外気浴中に「ちくしょう」とかそういう無意味な言葉が湧き上がってしまい、隣り合った湯客のリラックスをそいでしまって申し訳なかった。最寄り駅についてもまだ悔しいのでベンチで酒を飲みながら撮影した動画を見返す。自分の不甲斐ないシュートミスに反省したり気分が落ち込んだりしつつ、やっぱり彼は笑ってしまうぐらい上手かった。プレー選択の発想から違っている。動けるからこその選択肢、自由な思いつきがあって、それが何より羨ましい。バスケをやる人間には絶対にわかることだが、あれはどう見ても遊んでいる。そしてそれが最強だ。


2026/06/12 今日 3070
一日在宅勤務。朝起き抜けに洗濯機を回す。Kindleで『室町記』を読む。必要不可欠の分ちょっとだけタスクに手を付ける。ラ王(醤油味)とそばを茹でて食べる。定時退勤してスタバに行く。『機械カニバリズム』を読む。日記を書く。遠藤航の離脱と代表引退は残念だ。しかし「強い気持ちを持って」というようなスタンスだけで形作られた集団は強い半面脆いと思うので、それが幾分か薄まるという意味では結果的によかったのかもしれない。アイスランド戦後の森保→遠藤航のスピーチは見ていられなかった。それに比べて板倉滉の感じにはなんとなく期待できる。必要十分なゆるさが感じられる。
最近見た動画ではオードリー・タンと東浩紀の対談と、Yuji Ayabeのノリータ散歩がとくに面白かった。どちらも特異な語り口が魅力的で、くせになるようなところがある。声の音程やリズムもいいのだろうが、それだけではないと思わせる余白・隙のようなものもある。本人が本人らしく喋っているように思えるのでそこに見応えのようなものがあるんだと思う。

20260610

日記768

フルオープン


2026/06/09 昨日 7371
9時過ぎにスタバを出てアルを飲みながら帰宅。豚肉を蒸して千切りキャベツを温めた料理と豆腐を混ぜた卵焼きを作ってくれたので美味しくいただく。豚肉を半解凍のままで調理しただけ明確に改善されていたがもう半分の改善点としてかたい固まりになっていた。それでもポン酢をかけて食べて相当うまい。
『違国日記』のラスト2話を見る。高校時代あるいは高校生を、安直に高校時代の過ちととらえたり高校生あつかいして侮らないところに面白さのカナメ石があると思った。右に倣えの言語化欲求に抗うのだ。あるいは、言語化したそれは言語化の賜物ではなく、よくある模倣、もっとわるければ同調表現にすぎないのではないかと疑うのだ。それは具体的には小説家を称する叔母に「わけわからん」と抵抗することかもしれず、そのあまりにも子供じみた言い分に、「考えろ」と舐めたことを言われる始末になるのかもしれないが、それでもわかった風の風を吹かせるよりはいくらでもマシだ。


2026/06/10 今日 8918
朝から大手町で用事。そのまま高輪ゲートウェイに出社して一日コミュニケーションをとりながらの仕事日になった。定時退勤して映画館でビッグ・リボウスキを見る。映画前に一時間あってお腹が空いていたのでねぎしに入ってトンテキを食べた。この日、ビッグ・リボウスキを観ることに決めた瞬間からちょっと元気になっていたのだが、2列目の席どまんなかに陣取り大きなスクリーンで愛すべきバカなキャラクターがちょろちょろするのを見たらよりいっそう元気になった。お使いの小仕事で毎日の生活費や家賃をペイして、丁寧に動くことを強いられる生活だが、気持ちはいつもデュードのように清々しい無職でいたい。デュードにはウォルターとドニーがいるというのがポイントだ。誰もドニーの役をやりたがらないだろうが、デュードの役を望みながら実際はデュードどころかウォルターにもなれない。常識的なバランス感覚がわれわれをウォルターにするのを食い止めつつ、ドニー役へといざなうのだ。
しかし今回の何度目かわからない視聴では、デュードの行為と状態について今までよりも高精度というか高解像度な見え方がしたように思う。酩酊状態といって一種類ではなく、単純な競技といって楽しみがないわけではないという、すこし考えれば当然のことを踏まえて主人公を追いかけることができたからだと思う。

20260608

日記767

水芭蕉の花が咲いている


2026/06/04 五日前 21101
新宿の三角広場まで生活の楽しみ展を見に行く。MOTHER2のグッズやサンパチマイクのコーナー、毎日更新壁漫画など目を引くものはたくさんあったが、目的としていたプレゼント探しは良いものが見つからず。家人と合流する前に見て回っているときに糸井重里を見た。筋肉質というのではないが予想年齢から想像するよりもかなり姿勢がよかったのが印象的だった。
急遽バスケに行くことに予定変更して、家人に持ってきてもらったバスケの用意を持って中井に移動する。都営大江戸線の都庁前駅が近かったので時間ぴったりに着くことができた。脚の疲れは想定していた通りだったが想定していた以上ではなかったのでまあなんとかなった。ぜえぜえはあはあ言うぐらい走り回って楽しかった。新宿で用事を済ませた家人と再合流し、最寄りでアルを買って飲んで帰る。家人はノンアルを買っていた。


2026/06/05 四日前 8717
午前在宅勤務。午後から出社する。定時すこし過ぎまで働いてからニューマン高輪で手土産の買い物をする。帰宅後、家人がご飯を作るというので作ってもらった料理を食べる。翌朝旅行で出発が早いのと3日家を空けるのに料理もないだろうと思ったのだが、ささみと大葉の餃子皮チーズ焼きは美味しかった。早めに寝ようと心がけて結局24時就寝になった。


2026/06/06 一昨昨日 15324
バスタ新宿を7時5分発のバスに乗り込んで一路高山へ。土曜日の渋滞ということで都合1時間押した。PrimeVideoでNBAファイナルを見ようとするもトンネルを通るたびに電波が途切れてあまりきちんと観戦できなかった。結果はニックスが2勝目をあげた。到着するやいなや迎えに来てくれていた家人の友人夫妻(と赤子)の車に乗り込み、白川郷へ移動した。夫同士は初対面になるのだが、向こうの夫が世慣れた趣味人風の人でなおかつわかりやすく人当たりがよかったので、尋問のような会話や全き沈黙にならずに済んだ。女同士は自分たちのペースで生後4か月の赤子関連の話をしていた。ところどころ耳を引く話がさしはさまれ、とくに赤子登場場面の話は強烈で、前方の席をよいタイミングで巻き込んでの会話シーンになった。
白川郷では若干の暑気はあるものの充分許容範囲で全体としてとてもよい散策になった。高所恐怖のため吊り橋を渡ることはできないと宣言した女がいたが、実際に吊り橋の近くまできたところ、これなら行けそうと挑戦心を起こしていた。結局は途中で吊り橋が揺れ、やっぱ無理となって引き返していた。渡れる人たちだけで渡ろうとなって渡っていって、渡った先にはとくに何もなかったのでそのまま引き返してきた。ただ待っているというのがきまり悪かったのかわりと先の方まで歩き進んでいたようで、引き返してきたところを合流した。着眼点というか視線を向ける先がややユニークなのか、タイミングというかリズムが特異なのかわからないが、「東京は住む場所ではない」、「東京には居るだけで具合悪くなる」という比較的よくある意見の根拠とする「こんな場面に遭遇した」という具体例が面白かった。いわく、「女の人同士が怒号の浴びせあいレベルの罵り合いをしていた」「おじいさんが借金取りに泣きながら電話していた」という、どちらも聞いたことはあっても見たことはない場面で、もしかすると自分はそういうものには無意識にフィルターをかけて目に入っても見えていない状態を作っているのではないかと思わされた。言うまでもなく東京で暮らすにあたっては自分のフィルターのほうが適していて、見ているだけでくらうような場面に出くわしてしまうのは東京生活に向いていないと思うが、何かを書いたり、見たものについて話したりするためには向こうの視線のほうが合っているのではないかということも思った。
ホテルまで送り届けてもらい、チェックインして荷物を置いてから高山の街に繰り出す。川の前で思い思いの時を過ごす人たちの様子を見ながらビールを飲んだ。鴨川よりぎゅうぎゅうしていなくてのびのびした気持ちになりやすい。味蔵というJAがやっているという焼肉屋をおすすめされたので足を運ぶが予約・事前整理券でいっぱいなので入れなかった。翌日に回すことにして近くの八角亭という飲み屋に飛び込む。2階席の座敷が貸し切り状態でかなりしっぽり飲むことができて旅の満足感が充足された。うっかり飛騨牛のすき焼きに刺盛り2人前を注文してしまったが、日本酒を3杯飲んで1万円すこしの会計で済んだ。けっして安くはないが、座敷をふたりじめして、差向いで日本酒を飲む体験にかかる代金として、東京では考えられないリーズナブルプライスなのでそれも嬉しかった。
ホテルに帰って温泉に入る。漫画コーナーにある漫画を部屋で読めるということだったので2泊の滞在中にハイキューの白鳥沢戦を読むことにする。


2026/06/07 一昨日 7299
朝起きて準備をして10時過ぎから宮川朝市をチラ見する。友人夫妻の車で千光寺まで連れて行ってもらった。両面宿儺のゆかりということで目的地として白羽の矢が立ったわけだが、円光という人の作になる一刀彫の宿儺像ほか木像を拝観した。今でこそ”仏像というものはこういうものだ”というイメージがあるが、そういうものを持たない人が作った木像という感じで、その分だけ実際に作者があってその人がこれを作ったんだなという感触を多く残す作品だと思った。絵でいうと絵筆のタッチがはっきりわかる系の絵というか、こうやって彫ったんだなというのと、これはここで完成としたんだなという意図の面が意識されやすかった。前の職場の知り合いという住職に会うところにも居合わせることができた。年若い住職の「ああそうですか」という万能の返事が炸裂していた。文字に換えた言葉に説得力はないし、こうして書くといかにも生返事だが、こちらの意をしっかり受け止めてくれたという想像が働くような言い方だった。それでいて実際のところ、よいわるいという価値判断の片鱗も残さない隙もなければ実体もないような言葉遣いなので、無敵に近い返事だと思った。「ようきてくださいました」とも言っていた。何も返す言葉はないので、こちらはただ頭を下げることしかできない。精神的な後ろ盾のある宗教者はやっぱりつよいなと思った。二重まぶたで目力のつよい目元はしかしあくまでも涼しげで、それを強調するかのようなリムレスの眼鏡がよく似合っていた。自分を演出する方向が自分にも他人にもはっきりしているというのがお洒落の条件だとするなら、とてもお洒落な住職だと思った。袈裟も当然のように似合っていた。
下山して菜の花というお店で定食をいただく。なんと友人たちのはからいで結婚祝いのチーズケーキを用意してくれていた。ご飯もおいしければチーズケーキもおいしくて本当に感動してしまうぐらい嬉しかった。雨が降り出したが車があれば何のその、飛騨産業の家具展示を見に行く。自由にゆっくり椅子を見させてもらい、併設の「椅子と珈琲」あるいは「珈琲と椅子」というカフェでお茶をする。まさに建設中の家について施工計画書や間取りを見せてもらいながら考慮ポイントをレクチャーしてもらった。お金がネックになって自分は家を建てるつもりはないが、人が考えたり頭を悩ませた話を聞くのは面白い。車で味蔵まで送り届けてもらう。今回の高山旅行は本当におんぶにだっこで、とてもお世話になった。高山は良いところだというのは疑い得ないし、いつかまた行きたい。できれば近いうちに。
この日、味蔵で飛騨牛の美味しさを目の当たりにして自分は驚いた。しかしこのタイミングで胃腸の調子がわるかった家人はあまり肉を食べられず。途中の商店街で見かけたラーメン・焼きそば屋で夜食用にと焼きそばを買って帰った。これも量が多くて美味かった。


2026/06/08 昨日 20510
チェックアウトして陣屋前朝市へ。橋を渡った先の売店に気色悪い政党の気色悪いコピーのポスターが貼られていてげんなりさせられたのだが、それを逆手に取ってポスターのモノマネをするというギャグを思いついた。家人にはウケたので東京に帰ったら友人たちにも披露してみよう。10時半のバスに乗って新宿へ戻る。SAでパンを買って食べたり、牧成舎の牛乳やヨーグルトを食べたり、豚すき焼き弁当を買って食べたりする。6時間弱の移動時間は『風に吹きはらわれてしまわないように』を読んだり寝たりして過ごす。
新宿に着いてそのまますぐ小田急に乗り換えて帰宅。下北のくら寿司に行く。予想に反して結構値段面で頑張っていてそれなりに美味しかった。トレファクで緑のポロシャツを買う。家人が持ってきたやつでほぼ一目惚れだったのだがレジを通した直後に直感が走り、その直感が間違いどころか大正解だということに遅れて気がついてしまった。それはセブンイレブンのユニフォームそっくりというもので、そのままそれを着てバスケのために狛江に行ったのだが、セブンで水を買うときに店員はじめ客があれ?という顔をしていたような気がする。バスケは好調でかなり動き回ったがそこまで疲れなかった。1時間30分前にしっかり寿司を食べてエネルギー切れをしなかったこと、プレーする前に腕立てをして準備運動がきちんとできていたことが大きいと思われる。狛江湯で温冷交代浴をしてぷらったでコーヒー豆を買って帰る。ひやむぎとソイプロテインを摂って24時頃に寝る。


2026/06/09 今日 5568
朝から出社。打ち合わせに出て昼すぎに帰る。NBAファイナルはスパーズがMSGで1勝目をあげて2-1に戻した。昼寝をして旅行の疲れとバスケの疲れをとる。プレゼントにROTOTOのソックスを購入し、奈良に送る手配をする。スタバに行って『風に吹きはらわれてしまわないように』を読み終える。退屈しなかったがこの作家の作品をもっと読まないとという切迫感は生まれなかった。小説を退屈しのぎで読むわけではないのでそれでは要件を満たさない。
スタバ店内で演劇祭で一緒に舞台に立ったYさんを見かけたのでかるく挨拶をする。こういう挨拶をさらっと、でもそれなりにきっちりできるようになりたいが、たぶんそういう日は来ないだろう。喉元過ぎれば熱さを忘れるわけで。日記を書く。Yさんが帰られる。日記を書き終わる。家人が料理を作ってくれているというので急いで帰宅。

20260604

日記766

asap

2026/06/03 昨日 4499
スタバを出てから予定通りミカンの入口で酒を飲む。友達と外飲みするのがいつも楽しいと思っていたのだが、その楽しさの中から友達というファクターを除いたところまだ楽しいということに気づいてからはひとり外飲みが増えてしまっている。ひと昔前は井の頭公園を歩きながらの歩き飲みだったので歩き疲れたら終わりの合図になったものだが、いまは腰掛けて飲んでいるのでいつまででも飲めそうだ。とはいえこの気候の良さのなかでも一缶以上飲み続けたことはないが。
帰宅したら豚肉で厚揚げを巻いた料理とキャロットラペとほうれん草のソテーのワンプレートご飯が用意されており、おいしく食べさせてもらった。『違国日記』を見る。早めに23時ごろ寝た。


2026/06/04 今日 4504
午前在宅。寝ても寝ても眠い。NBAプレーオフファイナル第1戦を見届ける。昼ご飯を食べて昼すぎから出社。
出社した勢いで片付けようと思っていた仕事を半分片付ける。のこった半分はもうずっとのこっている積み残しタスクだ。何もしないから手を離れていかない。新宿で買い物の用事があるので一時間ほど早く退ける。

20260603

日記765

入口をさがせ

2026/06/01 一昨日 9583
たぶん21時すぎにスタバを出て、夜ご飯を何にしようかと下北の街をさまよう。最初の候補にあった"しずる"という定食屋に入ろうとしたところ、音量内容ともにうるさい感じの中年男女の四人組が我先にと階段を上っていったので、鬱陶しい気分になって入店するのをやめた。その後ダイエーに行ってみるが気の利いた弁当類は払底で、買って帰って食べるというチョイスも潰える。しかしとにかく腹が減っていたので吉野家に行った。唐揚げ定食でご飯大盛り✕2を食べる。帰ってから『違国日記』を見る。


2026/06/02 昨日 14700
一日在宅勤務。台風が近づいているということでリモート推奨になっていた。仕事の進捗はあまりない。PrimeVideoでスパイダーノワールを見る。白黒にして3話まで見たが面白いとは言えない。最初から集中して見ていないのでこの感じで見るとどんな作品でも面白いとは言えないというだけの話かもしれない。映画やドラマを見て「面白くなかった」と評する友人の意見を鵜呑みにできないと思うのは、彼に集中して作品を見る能力が備わっていないと思うからだ。失ったのかもともと持っていなかったのかはわからないが、とにかく、半覚半睡状態だと味ではなく刺激で評価することになってしまう。やはりどんな作品でもそれを味読するためには睡眠時間の確保が絶対条件になる。
定時退勤し狛江までバスケに出かける。駅ホームと電車内で『機械カニバリズム』を読み、駅からの徒歩移動で『吾輩は猫である』の朗読を聞く。きちんと二日の休養を挟んだのでバスケでは身体が不足なく動いた。1時間前におにぎりを食べてエネルギーを補給したのも効いていた。プレーの外の部分で意識したり考えたりすることが増えている。無理が効かない以上、無理しないやり方をとるしかない。この日はとくに満足いくプレー内容だったので疲れながらも張り切って帰路につく。自分より大きい相手に押し込まれてやられたりもしたが、小さい立場から逆にスピードやタイミングで翻弄できたりもして、普段の立ち位置からは味わえない楽しさがあった。
業務スーパーで冷凍豚肉とキムチを買った。最寄り駅のローソンでスパゲッティとレトルトソース、氷結無糖7%500のGFと翌日朝食用のバランスサポートブレッドバナナ味を買って帰る。パスタを茹でて食べた。『違国日記』を見る。ある意味で概念化されたともいえるほど抽象的に結晶化された「離別」とそれにまつわる感情を見るといつも、やるせない気持ちが復活する。サニーボーイの「少年と海」の回もそうだった。


2026/06/03 今日 2534
一日在宅勤務。この日は台風が通過していった。予定していた出張はキャンセルになった。仕事のなかにやる気がおきないでずっと後回しにしているタスクがある。忘れてはいけないので忘れないようにはしていて、確実に無駄な認知負荷になっている。それでも片付けてしまわないのはなぜだろう。不合理で非合理だ。ただの仕事なのでそういう気分を楽しむという要素もないから完全なナンセンスだ。完全なナンセンスとかいうとそういう気分が首をもたげる感じだがそういうのでもない。わるい意味で無意味な、ただの認知負荷だ。ほかの重要なことのやる気にも影響する。
すこしの昼寝をして降って湧いたタスクを片付けて定時退勤。台風一過ですっかり天気が良くなった道を歩いてスタバに行く。気温もロンTを着れるぐらい涼しくて最高だ。『風に吹きさらわれてしまわないうように』を読む。向かいの席に座った男女(元恋人で今はただの同居人?)が、低温ながらところどころ甲高いトーンの笑いが挟まれるちょっとこわい喧嘩をしていて読書の集中を妨げようとしてくる。「小説よりもこっちのほうが現実で面白いだろう」というのが彼らの隠された(彼ら自身からも隠された)主張だが、残念ながらそうはならなかった。日記を書く。20時前にスタバを出て酒を飲みに出る。

20260601

日記764

五人組

2026/05/29 一昨昨日 12003
午前在宅勤務。家人の所属する吹奏楽団の演奏を聴きに行くため午後休をとる。演奏会の開演は定時退勤後でも間に合う時間なのだが、音楽は、とくにクラシックの音楽演奏会は完全な休養後に聴くことで最大限感受できるようになるので、それを見込んで昼間は休息をとることにした。そういうわけで荻窪のなごみの湯に行く。岩盤浴の種類も充実していて都会のオアシスとしての高い機能を実感したが、5Fの漫画コーナーに見込んでいたDBが置いていなかった。そんなはずはないと館内中探し回ってB1Fにも漫画コーナーがあることを突き止め、首尾よくフリーザ編をクライマックスバトルまで読むことに成功した。なごみの湯はリピートすることに決めたので、焦ってDBを読み進める必要もなく、ゆったりとした時間を過ごすことができた。満杯だったのと開演時間の関係で使えなかったが、外気浴エリアは空を見ながら中央線の通る音が聞こえてくる抜群の立地で、普段は都会の喧騒の中心として聞こえてくる電車の音を高くてすこし遠いところからぼーっと聞けるのはうっすらと優越感も感じられて最高の気分だろうなと思った。
友人のA氏と中野ZEROホールで集合して演奏会を聴く。わかりやすいというか取っつきやすい曲目だったのと、音の力強さ。あとは家人をはじめとする演奏者の頑張りと指揮者の気分の昂揚が見えやすい最前列の席だというのもあって、これまでに聴いてきた演奏会のなかでも指折りの出来だった。シーオブウィズダムという曲が一番よかった。
演奏会がはねたあとは友人A氏と中野駅を北口まで移動し、ビール工房というビアバーで飲み放題にしてビールを飲む。飲み放題60分間で4杯、時間後にエクストラ1杯という大人の注文の仕方で、数多いビールの種類とあっちこっちに移り変わる会話を楽しんだ。A氏は気のおけない友人たちと毎月読書会をしていて、そこに今度ゲスト参加させてもらうことになった。6月の課題本はリチャード・ブローティガンの『風に吹きはらわれてしまわないように』。これまで読んだことのない作家なので読むきっかけにもなって嬉しい。ノリがよいとも言えず、踏み込み方がわからないでまごまごする時間が発生するという課題が自分にはあるが、とりあえずは自分にできるかぎりぐいぐいと踏み込んでいきたいと思っている。迷惑をかけないように、とは思わないように。飲みながら、最近見つけた持論「読む人は書く人を目指すものだ」というのをぶつけてみたところ、一旦同意してもらえた。何を書くのかということについて自分は小説しか考えていなかったが、そのほかにもいろいろあるという当たり前のことに気がついた。何かを書くとして、その先には何を書くのかという問いがある。言うまでもなく当たり前のことなのだがそういうこともわからなくなる。当然こうだろうという思い込みがあるからだ。読むことは書くことを目指すことだとして、何を書くことを目指すのか、そもそも読むこととは何を読むことを指すのか。小説以外にない、とは言えないが、読むと言ったらやはり小説ではないか。たまたま次回の課題本が小説なのも自説にとっては好都合だ。
新宿駅で小田急の急行に乗り込むA氏を見送ったあと、打ち上げ終わりの家人と合流。小田急の各駅停車で帰る。


2026/05/30 一昨日 18890
朝起きて家で『ラトゥールの取説』を読む。昼ごはんを食べたあと、BSでやっていたJリーグのプレーオフを見る。大迫が半端ない活躍をして5-0で神戸が鹿島アントラーズを打ち砕いていた。サニーボーイの10話『少年と海』を見る。高円寺に移動してバスケをする。前回のバスケから充分な日数(3日間)を空けたので足の痛みなくやれたが、背中の張りは違和感として残っている。体力的にも満足いくパフォーマンスとは言えなかった。この日のプレーを動画で見直しても走り方がよたよたしていて、ちょっと前(去年12月頃)のような、キレとは言わないが活きのよさが感じられず。体力を残して動こうという発想を止めて、動けなくなったらそれまでと腹を括って全力プレーを心がけたほうが良いのかもしれないと思った。帰宅後、電車内でも止まらなかった滂沱の汗を流しがてらリカバリーを心がける。ビールを飲みオリジンの弁当を食べて、寝てしまおうとしたところで大学時代の友人Tから今夜のCL決勝をリアルタイムで見るつもりだというラインが届く。日曜夜のキックオフだと勘違いしていたことに気がつき、あわてて調布まで移動する。シアタス調布での映画館パブリックビューイングを見るためだ。アーセナルのユニフォームを着た同志が終電近くの時間帯に続々映画館に集結する姿を見られて、それだけで一定の満足感と感慨があった。しかしあくまでも目標は優勝だと気を引き締め直して観戦に臨む。
結果は20年前と同じく準優勝に終わった。しかし20年前とは違いGKの退場もなく、先制点を奪ったあと逆転を許すことなく、無敗のままPK戦で優勝を逃すということになり、アーセナル史上で優勝に最接近したチームだと言える。プレミアリーグは優勝しているわけだしCL決勝まで勝ち進んだ実力が無くなってしまうわけではないので、来年に期待したい。
映画館を出たのが4時半頃で、すでに朝日が上って明るかった。松屋で牛めしつゆ抜きを食べて始発で帰る。5時5分調布発の新宿行き特急は座席が埋まるほどの乗車率があった。また来年。


2026/05/31 昨日 9541
13時に起きる。『家庭料理という戦場』を一気に読み終える。家人と15時過ぎに出かけて線路祭を見に行く。東北沢駅からスタートし、リロードにあるADRIFTというライブハウス内に無料入場し、お菓子祭りをのぞく。ほぼ建物だけを見てリロードを歩き抜ける。家人がリクエストしたカレー屋に入る。自分はパキスタン無水カレーが美味しかったが、家人が注文したスパイスカレーはそんなだったらしく、外食のメニューに対してめずらしく不満を表明していた。
図書館で2冊返却し、2冊貸出する。『風に吹きはらわれてしまわないように』『機械カニバリズム』。下北カレッジを5Fまで内部公開していたので興味本位で内部を見て回る。やはり5Fのバルコニーがとてもよかった。普段目にすることのない高いところから住んでいる街を見ると目先が変わって街がその表情を変えるようにも思える。ボーナストラックに到着したのが17時半すぎになり、ビールフェスはまだやっているように見えたもののそれ以外のイベントは終わっていた。家人がサンカツでビールを注文、自分は日本代表のサッカーを見るとき用に一番搾りを買って帰る。
違国日記の4話を見て、予定通り19時半からサッカーを見る。この週末にサッカーを3試合見たが、一番熱心にサッカーを見ていた頃からサッカーが変化しているのを感じる。とくに守備の戦術レベルが高くなっていてその分だけ攻撃のファンタジーが減っている。ドリブルなどの個人技がチーム戦術に組み込まれて合理的になっているのも、見た目のファンタジー減少に一役買ってしまっている。しかし一番大きいのはVARで、それありきにプレーする選手にも、それありきで見ている自分の見方にもファンタジー要素を解体する合理性が忍び込んでいる。VARの出始めにはこんなふうに夢がしぼんでいくとは想像していなかった。爆発する感情に水を差すあのジェスチャーや、ゴール取り消し。PK取り消しやPK獲得。サッカーを見終わったあとやることがなくなったので早めに寝る準備をして早めに寝る。
この週末の朝から昼にかけて、たぶん午前中だったと思うが、鳥の鳴く声がよく聞こえた。家にいて鳥の声を聞くともなく聞くのは、べつに面白くもなければ楽しくもないことだが、なんとなく心地よいものだ。


2026/06/01 今日 6773
午前休をキャンセルして朝から出社。対面でコミュニケーションと確認事項の整理をして昼から在宅に切り替える。昼ごはんは蕎麦を食べる。30分の昼寝。柿谷関連の動画をいくつか見る。定時退勤してスタバへ行く。『風に吹きはらわれてしまわないように』を読む。日記を書く。この日は朝にも昼寝のときにもたくさん夢を見た気がするが、内容を忘れてしまって書けない。まだうっすら奥に残っているような感じがする分、もったいなさを感じる。

20260528

日記763

メイザフォースビーウィズユー


2026/05/27 昨日 7736
スタバを出たあとミカンの入口で飲んでいたら陽気にすぎるほど陽気でご機嫌にすぎるほどご機嫌な若者が話しかけてきた。「奥さんに怒られたことありますか?」「ありますけど」つまらない返事にうんざりしたように要領を得ない英語で何事かを呟きながらその場から離れていった。図らずも残された身になり、自分の何がいけなかったのか、奥さんを怒らせてわるかったな、などとしないでもいい反省をする羽目になった。帰るころにふと見ると、その若者はべつのおじさんと一緒に道端に寝転がりながら何事かを話し込んでいて、そのおじさんは何事か面白い回答を与えられたのだろうかとすこし気になりつつもダイエーで買い物を済ませて帰宅した。嘘。その頃にはもう全然気にならなかった。そんなに若者でもなかったし。どちらかというとおじさん寄りで、そうするとこの話には別個のおじさんが三人も登場することになる。
帰ってから『違国日記』を見る。Vが寝室で硬くなっているのを発見し、いい加減なことをするなと怒りを発したら売り言葉に買い言葉で嫌なことを言われる。「生き物じゃないんだから」。それはそうだ。しかし、だから大事に扱わないとダメだというのが自分の主張。そうしないとそのぶんだけ輪郭がうすくなる。別にそれでいいじゃんと言うことはできるが、そう言うことで失うものはある。三者の紐帯は簡単にほどけていってしまう。自分はそれが恐ろしい。


2026/05/28 今日 4935
午前在宅。午後から出社。打ち合わせに駆り出されたかたちでそれだけでも面倒なのに、ゴタゴタと鬱陶しいことを抜かされる。当然ハイハイと聞き流すのだが、聞き流しながらも考えるべきことは発生するので感情面を完全にオフにすることもできず、非常に手間だ。あたらしい同僚にも理解があるのでそれが救いではある。定時後に打ち合わせを設定されそうになるが予定があると断り定時退勤。定時後も付き合ってはいられない。
小田急の各停に乗ってバスケのプレー動画を見ていたら、ぞろぞろと人が降りるので下北沢についたと勘違いして降りたら東北沢だった。仕方ないなと歩いてクラシックのほうのスタバに行く。途中リロードあたりを散歩する犬を複数見られたのでケガの功名ということにしておく。『ラトゥールの取説』を読む。近代とは何か、の章まで読んだ。例示も不適というか、一部分で全体を表そうとしているようで恣意的な印象がつよい。ドメインのように大文字でREP REF MET FICなどと言い出したところは内容のうすいただの羅列に見える。ラトゥールは道具扱いされているのだろう。割り切るのはべつにいいけど、割り切れないところを指し示すのにこうやって割り切ったことをするのはどう捉えるべきなのかスタンスをとりづらい。

20260527

日記762

迷いの中にある


2026/05/26 昨日 17077
朝から出社。昼に帰宅し在宅勤務。自分に課していた分の昼寝をする。先週からの積み残しタスクは積んだまま定時退勤。狛江までバスケに行く。途中の電車内で読書をする。勤務時間中に読むのがどう考えても有限なLifetimeの有効活用となるはずなのだが、どうしてもページを進めることができない。チャットの通知音を内心で待機しながら深い集中をすることはできず、自分の読書は深い集中を要するものばかりだからそこに構造的な困難があるといえる。無視してやりたい気持ちはあるけど完全無視できるほど心が強くないのも問題だ。逆に浅い集中で済む読書を進めるという手もあるが、アカデミックな何かを得たいわけでもなんでもないのでそもそもそんな読書をする意味を見出だせない。それに活字中毒でもなければ本好きでもない。バーッと字を読んで理解できる本を読んで何かを読んだことにする、そんなナンセンスな活動をするぐらいなら寝るほうが価値が高い。
この日のバスケは日を開けたおかげで調子よく動き回れてだいぶ楽しかった。次のバスケまでもさらに日を開ける予定なので次もまた楽しみだ。問題はこの楽しさに味をしめてもっとバスケをと思ってあいだにべつのバスケの予定を詰めるところにある。今度ばかりはそれもするまい。
バスケから帰って違国日記を見る。「人が自分に向かって何を言って何を言わなかったかを書いてみろ」というのは面白いアドバイスだと思った。言ったことを書くのではなく言わなかったことを書くというのは最初から何かしら言うことのあたりがついているということでそのあたりのつけ方に自分の考えが現れるということなのだと思う。「起こったことと起こらなかったことを書け」というふうに変換すると、その人にとっての小説にもなるのではないかと思う。起こらなかったことを書くということの頓知のような面白さ(たとえば「透明を描く」のような)。ノートの罫線が砂漠になる感覚はペンを握る人にはおなじみのもので、そこから適当に引きつけるとテキストエディタの点滅する『|』も似たニュアンスを持つ。無意味に一定な一定のリズム。そういえば女王同士の会話のシーンで使われていたカフェがタリーズだった。何店かまで分かればと思って目を凝らしたがわからなかった。



2026/05/27 今日 4893
午前在宅。ぐっすり長めに眠れた。やっぱり8時間寝ると調子が良い。昼から出社。社内外の定例会議に参加したり小忙しくして1時間の残業になった。帰りラクタグでオーラリーのポロシャツを見かけて試着する。そのまま買おうかと魔が差したわけだが、明日も同じ気持ちなら買おうという賢明な保留戦略を採り事なきを得る。帰りの山手線車内でメルカリをみたらもっと安い値段で複数出品されていた。そうなると話が変わってきて、安いのを買おう、ではなく買うのを止めよう、となる。世の常だと思う。井の頭線渋谷駅がもっとも混む時間帯に乗車することになった。たんぱく質を見込んでいつものブリュードではなくラテを飲む。『ラトゥールの取説』を読む。日記を書いて20時半にスタバを出る。

20260525

日記761

シティローカル

2026/05/23 一昨日 22240
朝起きてから一日家にいる。NBAのカンファレンスファイナルのOKC-スパーズを見る。ウェンビーがいるのでスパーズを応援したい気持ちはあるが、先にプレミアを見ている身からするとチーム名の”スパーズ”がどうしても受け付けられず。しかし判官贔屓からか気がつけば負けているスパーズを応援していた。続けてBリーグのファイナル琉球-長崎を見る。NBAのOF効率に目が慣らされるとやや塩辛い。さらに続けて大相撲を見る。しかしこのまま自分のことをやらずに観戦だけしていてもつまらないと思ったので、18時からのバスケにもかかわらず15時半すぎに家を出る。案の定というか半ば以上予想した通りスタバが満席だったので泣く泣くそのまま新宿へ。どこに入る当てもないまま電車を乗り換えて中井まで。適当な喫茶店が見つからず、肌寒いなかバス停ベンチに座り『ラトゥールの取説』を読む。17時半ごろ結び近くになったのでNHKプラスを再生して優勝決定の行方を見守る。伯ノ富士が霧島を破って優勝の行方がもつれることになった。この日のメインとなったバスケではほぼ2週連続で2日おきにバスケをしている疲労から思ったように足が動かず、不満足な内容になった。3時間のうち最後の1時間は疲労を感じる能力が鈍り始めたのでかえってたくさん動きまわることができた。しかしこのやり方を続けていては明らかにオーバーワークで楽しいよりも疲れるが勝つので、2日後と4日後のバスケ予定をキャンセルする。くたくたになりながらも身体がくたくたになったときにしか味わえない特有の満足感があるのでそれを味わいつつ、最寄り駅に戻って氷結を飲む。オーケストラの練習と飲み会を終えた家人と駅前で合流して家に帰る。


2026/05/24 昨日 16226
10時過ぎから出かけてスタバに行く。『ラトゥールの取説』を読む。フルートの練習を終えた家人と12時に下北で合流。代々木上原から歩いて20分のスタジオまで行って食事会で着る貸衣裳の見積をもらいに行く。予算を30%以上オーバーしているのでどうしましょうかなのだが別候補も探してくれているのは家人のほうなので却下するにしても無碍にそうするわけにもいかない。食事会の日取りは決めたのであまり悠長なことも言っていられず、よりよいやり方、よりよい候補があるのなら早めに検討していかないと予算オーバーを許容するしかなくなる。やはり衣装にこれというものを見つけられるかがポイントになる。その部分を妥協しては何のための貸衣裳なのかと前提が崩れるので、決めるにしても当たりを付けておきたい。選ぶのは自分ではないが。
帰りは幡ヶ谷の方面へ抜ける。東京ローカルのお洒落な街なみを散歩しつつ、東北沢まで戻る。この日はバスケがないので酒を飲みながら道を歩けるのが嬉しかった。途中、大きな公園で学童の野球大会が催されているのをチラ見する。この日も家人に毎度の内弁慶コメントを咎められた。ある程度の量の会話をしているとこの手の指摘なしには済まない。自分の矮人的攻撃性が嫌になる。反省の弁を述べてからリロードの明天好好で豆花を食べる。ノジマで一番安いバリカンを2000円で買う。色々検討して高いやつは10000円以上したのだが、あいだをとってというセコいことをせず、堂々と一番安いものをレジに持っていけたので満足感のある買い物になった。
大相撲千秋楽。若隆景と霧島はともに危なげなく相手をしりぞけ、優勝決定戦になった。若隆景がめったに見ないほど抜群の立ち合いで一気に霧島を押し出し優勝を手に。優勝決定して支度部屋に戻ったときに若元春からの力強い握手があってそれがとても美しく良かったのだが、そのときの若元春の笑顔が純度100の喜びではなく、むしろ微妙な表情寄りの笑顔に見えたのが尚のこと良かった。兄として悔しさがないと言ったら嘘だろうと思うので。あとからニュースを見たら優勝パレードの旗手をつとめたということでそれも立派だ。
すこしうたた寝をしたあと、買ってきたバリカンでもみあげを刈る。このために色々検討していたのだが、失敗しないようにと慎重にバリカンを操作したあと洗面所に落ちた毛くずを見ると拍子抜けするほど少ない量だった。あまりに少ないので、こんなにみみっちく小さなことに2週間は頭を悩ませていたのかということに思いを致し、みっともないような気持ちになった。失敗したくないからすこしの無茶もしないでほんのすこしだけ刈った自分の慎重さもやっぱり情けない。とはいえ失敗しなかったし、9ミリで刈ったもみあげの出来には満足している。
家人にオートミールお好み焼きを作ってもらう。ソースで食べれば何でも美味い。ヘルシー分の満足感もある。一番搾りとノンアルを飲む。録画していたタモリステーションの巨大駅回を見る。変わっていく姿にいたずらに郷愁をおぼえないで新しいものを楽しみにするタモリの姿勢と意見には賛成だ。


2026/05/25 今日 5657
朝から出社する。久しぶりにたくさん寝ることに成功したが起きたときにはまだまだ寝れるだけの眠気があった。レクがてらの打ち合わせ。やるべきタスクの半分を片付けてから在宅に切り替える。大相撲夏場所が終わった寂しさを感じつつ昼寝などする。
定時退勤しスタバへ。『ラトゥールの取説』を読む。日記を書いてから駅前での飲酒へ。バスケに行くのを止めにしてよかった。バスケのせいで体力がかなり吸い取られている。やっていると楽しいし、ついもっともっととスケジュールに入れようとしてしまうのだが、ペースを守らないとバスケ以外何もできなくなってしまう。やることが仕事だけであればそれでも良いのだが、読み書きをしたいのならこのエネルギー消費はやり過ぎということになってしまう。時間と体力という資源は同時に両方ないと満足に活用できない。

20260522

日記760

ウェーイ、いつまでも一緒だし


2026/05/21 昨日 12854(+2000)
午前在宅。残りタコスを食べて昼すぎから出社する。定時すこし過ぎに退勤しそのままバスケへ。電車遅延などの影響を被り、参加が15分ほど遅れる。20分弱の徒歩移動中に吾輩は猫であるを聞くつもりが、ついラジオ父ちゃんを再生してしまった。バスケのプレーの質があまりよくなかった。相手のレベルを問わず活かすプレーも活かされるプレーも得意だという自認があるのだが、相手のレベル次第では俺がうまく活きないこともあるな、という傲慢な言い訳が頭に浮かんでくる程度には調子がよくなかった。あとは元々動きのキレでやっていないが、すこし前(だいたい5か月前)の動画のほうが明らかにハキハキ動いていて、それに比べるとここ最近のプレーは軽微な怪我を抱えてプレーしているように見える。体重も2キロぐらい落ちているしオーバーワーク気味かもしれない。中一日で稼働しているのはやっぱりやり過ぎっぽい。
喜多見駅の業務スーパーでキムチが衝撃価格で売っているのを確認する。冷蔵庫に750gのキムチがほとんど手つかずで残っているのでここはグッとこらえ、代替として800gのそばを買って帰る。最寄り駅についた頃にはクタクタに疲れ果てていたので「コンビニでビールを買ってきてくれ」と所望してきた家人をあべこべに駅まで呼び出し、とりあえず乾杯したうえで荷物を持ってもらう。


2026/05/22 今日 5824
小中のバスケでも一緒だった同級生が海辺にマンションを借りたということで遊びに行く。何でも小説を書くための暮らしをし始めたということで、それまでは小説を読むイメージもとくになかったのだが急に小説を書くことに目覚めたらしい。実際遊んでいる最中にも酒には口をつけず、このあと今日分の執筆があるからとノンアルコール飲料を飲んでいた。小説の題は決まっているらしく『モリブデンと七つの島』とか言っていた。自分は自分で「9つの島」がつくタイトル案を持つ小説を書いている途中だったので、ちょっと被ってしまっていると言おうとしたのだが、書き終わった小説ならともかく途中の小説を持ち出して難癖ではないのだが拡大すればそう捉えることも不可能ではないようなことを言うのもちがうと考えてタイトルについては何も言わずに、ただ読む前から彼の小説が絶対に面白いに違いないという謎の確信があり、それによる強烈な嫉妬感が湧き上がっていた。夢から醒めたあとにも胸が苦しくなるぐらいの強烈な嫉妬の感情で、それは小説の中身の面白さ以前に、小説執筆を生活の中心に置くという判断をして実際にその生活をおくっていることに対してのものだった。不合理な嫉妬ながらもよっぽど腹に据えかねて彼と同室していることができず、飲み物を買ってくるとか適当な理由をつけて玄関から外に飛び出した。共用廊下の奥に鷹の幼鳥が仲良く並んでいて、奇天烈な鳴き声とかわいらしい素っ頓狂な眼差しで心を和ませてくれたが、餌を狩ってきたばかりの親鳥が眼光鋭く飛び入ってきて、その迫力に思わずすごすごと部屋に戻ることになった。この海辺のマンションは生活に不便なことも多いだろうが、小説を書くための隔絶された環境としては申し分ないなとあらためて考えながらドアノブを回し、嫉妬心を隠すために一呼吸おいてから部屋に入った。
気温が13度近くまで下がっていてワイシャツでは肌寒いぐらいだったが、それでもあえてジャケットを着ないで出社する。新加入の同僚にタスクの伝達をし、送るべきメールの下書きをいくつか書いてから昼すぎに在宅に切り替える。オフィスにいてオフィスの廊下を歩いているとたまに俺はどこで何をしているんだと不思議な気持ちになることがある。この日もそれが起こった。とはいえなんだかんだで週に3,4回ぐらいそのゲシュタルト崩壊が起こっている気がする。
帰宅してキムチ納豆蕎麦を食べる。ほんの短い昼寝。大相撲を見る。霧島と琴栄峰の結びの一番で、逆転につぐ逆転で土俵際のつま先一本残しのうっちゃりにびっくりさせられた。
図書館で予約した『働くことの人類学』を借りて18時半頃にスタバに行く。該当箇所を一気に読み終える。久保明教の小アジのムニエルの話は面白すぎて、ちょっと先にPIVOTか何かのビジネスyoutubeで紹介されている画が浮かんだ。
バスケに参加するときに自分は雰囲気を盛り上げようとしてOF成功時には「ナイッシュー」DF成功時には「グッディ」と声を出すようにしている。バスケプレーヤーにはスカしたやつが多く、シュートを決めても熱いDFをして相手を止めてもカッコつけてクールに振る舞うパターンばかりなのだが(実際自分もシュートを決めたときには安心や照れくささもあってついスカしてしまう)、実際のところシュートを決める喜びのために、あるいはパスを通す喜びのために、人によってはブロックを決めたりリバウンドをとったりする喜びのためにバスケをやっているはずなので、その喜びにバフをかけようと自分のなかではやや大げさにセレブレーションすることにしている。それで雰囲気を良くできたら自分としても気分が良いし、気分良くプレーするというのはパフォーマンスに直結するところがあるので良いことづくめのはずだ。そう思うのだが最近では同じやり方ばかりしていることが気になってきて、機械的に(つまりあまり効果的ではないやり方で)声出しをしているような気がしてきた。仲の良いフレンドリーな空気感ではなく、どこまでいっても親密さからは遠いような他人行儀な称賛に終止していて、それはそういうものだからいいのだが、感情でいうとレベル1のところで表面を撫でているだけのような気がしてきている。友達を作りに行っているのではなくバスケをしに行っているのでこのやり方が目的に適っていると思うが、賃労働の場面における事務的な行儀良さをコートに持ち込んでいるようなところはあるのでそれは違うのではという感じがある。具体的な対策としてはもっと意地悪なプレーをしたり、やや無礼な称賛を浴びせたり、相手側のミスプレーに対するディスなど好戦的な態度を見せたりしていくのが面白いかもしれない。たぶん今行っているどのバスケサークルでも無礼なやつだとは思われていないだろう(慇懃無礼はひょっとしたらあるかもだが、おそらくそれもないはず)。だったら次の段階に進むべきだ。俺がバスケをプレーする楽しみにちょっとした彩りを添えるために。バスケにはバスケのコミュニケーションがあり、それは言語を介さない作用/反作用のようなものだが、それなりに複雑だからもっと楽しみを増やすこともできる。
9時半ごろまでスタバにいて、金夜を楽しむため氷結を買いに行く。下北の駅前で人の流れを見るのは楽しい。カラフルな川が流れていくようだ。色を見ても形を見ても良い。流れを見ても良い。音楽もかけよう。

20260520

日記759

赤い赤い

2026/05/19 昨日 17270
朝から出社。午後には在宅に切り替える。バスケに備えて休息をとりつつ、大相撲を結びまで見る。豪ノ山が調子が良いみたいで嬉しい。相撲を見るというのは豪ノ山のような力士を見るためにするようなものだ。勝負にこだわるというのが自分にとっての勝負にこだわるということであり、勝ちにこだわるというのが自分にとっての勝ちにこだわるということだというのが一目瞭然になっている強い力士だ。
狛江までバスケに出かける。いつものように調子よくプレーしたつもりだったが、終わり際ロッカーで「ディフェンスで手を出してバチバチでしたね」と言われて驚いた。自分ではいつも通りのつもりだったが高円寺のバスケのテンションの高さにいつの間にか影響されている。ついでにオフェンスでももっと強気のプレーを見せていきたい。
帰宅すると家人が友人を家に呼んでタコパをやっていた。タコパはタコパでもタコスのパーティーで、自分発信ではないにせよ家でタコスのタコパをする日が来るとは、学生時代などを思い返して強い隔世の感がある。ガールズトークが繰り広げられる中お先に失礼したのだが録画していたバスケの映像を見るなどして夜更かししてしまう。


2026/05/20 今日 5464
祖母を連れ歩く夢を見た。途中知らない人の家にお邪魔してめちゃくちゃ大きい犬と仲良くなるという試練があった。奥さんの応対にも緊張したが、あとから帰ってきた旦那さんにも手を焼いた。祖母は薬を忘れたとかでご飯を食べるべきではないということだったのに、もうすぐ東京旅が終わるからというよくわからない理由で食べてもいいということになっていた。パステル色調のカラフルなあられの入ったおかゆを美味しそうに食べていた。
午前在宅。マンCがボーンマスと引き分けてアーセナルのリーグ優勝が決まった。22年ぶりの優勝ということで当然嬉しさもあるが、過ぎた年月の長さを思った。ハイライトがすぐ見られたりと昔より環境は良いはずなのに、昔ほど熱心に応援していない。それでもやはりじんわりと嬉しかった。
柴又まで散歩に出かけるという家人たちを見送り、そばを食べて昼すぎから出社。定例のミーティングに参加したり後回しにしていた仕事をこなしたりして定時退勤。下北に戻ってスタバに行き『内在的多様性批判』を読み終える。あとがきに書いてあった、人類学者同士や他人と喋るときに著者が感じているという居心地の悪さは、この本を読むときに読み手が感じる居心地の良さにつながっていると思う。居心地というのはゼロサムなところがあるのかもしれない。読書とは関係ないが、帰りの井の頭線急行の後部車両で両手で中の人をぐいぐい押して乗り込もうとする無茶な乗客を見て、都会の残念な景色だと感じたことを思い出した。阿炎じゃないんだからもろ手突きが得意ですじゃないよ。
日記も書いたし、スタバを出て酒を飲んで帰ろう。

20260518

日記758

D全部盛り

2026/05/14 四日前 18959
中井のバスケに行く。バスケットマンというよりはもはやバスケットボール選手というプレーヤーが参加している。太刀打ちできないという素振りを見せ、手加減を甘んじて受けつつ、隙を見てこっそり邪魔するDFで対抗する。参加頻度の多い、雰囲気を良くする男女ペアの片割れから話しかけてもらう。話を広げることはできないながら自分にできうるかぎりのフレンドリーを演出した。なんでも車で1時間ちょっとかけて横浜から来ているとの由。すごい気合が入っている。近場で探したらとも思うが、横浜のほうは雰囲気の良いバスケサークルがなさそうだからなと思って納得もした。第一自分も近場とはいえない。帰りにコンビニで買った氷結無糖の期間限定湘南ゴールドを飲んだ。


2026/05/15 一昨昨日 20402
朝から出社。午後在宅。大相撲を見たりしてわりとのんびりすごす。中一日のバスケが続くのでリカバリーを早める意図もありきっちり75g/日のソイプロテインを摂る。あとはバスケ後にコールドシャワーをしている。在宅勤務中に友人Bが来訪。定時退勤し結びの一番を見るまで家で駄弁って、この日は三軒茶屋方面に散歩する。軽井沢おみやげのクラフトビールを飲み、東京餃子楼で餃子を食う。友人Nも合流し、この道を行けばどこに着くのかという興味のまま歩く。世田谷駅方面に出た。梅ヶ丘を経由して自宅に戻る。本人にトモダチコレクションのMiiを見せてから下北沢まで送る。23時半ごろ解散。


2026/05/16 一昨日 20431
朝からスタバに行く。昼ごはんのために帰宅。昼寝をしてバスケに備える。17時から21時前の4時間ぶっ続けで高円寺バスケの練習試合に参加。2時間を越えたあたりから気合とかでどうにかできる範囲の外にあるようになった。必要に迫られDFで省エネの方法を開発する。単純に味方のヘルプを捨てて自分のマークにベタづきするというだけだが、これが普段とは比較にならないほど疲れない。ベタづきするとマークマンにボールが回らないので全然消耗しない。普段エネルギー消費の多いDFを頑張っていたのだと気づいた。これに慣れるとよくないかもしれない。それほど驚きの差があった。じつはみんなDFをそんなに頑張っていないのかもしれない。というか自分が頑張りすぎていたのかもしれない。覚えず知らずのうちえらかったのか。バスケ後の食事に参加させてもらう。知らない人と喋るのは楽しい。おしゃれだったり金持ちだったり若者だったり元気だったり、色んな人がいる。帰宅の電車内でセカンドがやっていたことに気づき、TVerで追いかける。金属バットはん、かっこええでおま。友保がいつも「勝ちたい、ウケたい、スベりたくない」とか言っているのは本気なんだろうし、良いフリになっている。小林があの独特のトーンでずっと聞かせる話(聞かせるが面白くない)をしたのもしみじみと面白い(面白くない)。


2026/05/17 昨日 18398
前日セカンドで夜更かしをしたので午前はつぶれる。13時に友人Bと登戸に集合する。南北線と京急を乗り継いで川崎大師まで。落ち着いた人出のなかゆっくり見学する。しかし日差しが強くて夏のように暑いのには閉口した。ひいひい言いながら水分補給をしながら川崎大師見学を終え、京急で川崎に移動。弓道大会が催されていたようで電車内にも弓手がたくさん控えていた。川崎では商店街(銀座・銀柳・仲見世)を歩いた。それから飲み屋に行くため溝の口に移動。日が傾いたあとの気温が最高で、店に入るまでの歩き飲みの捗がいった。飲み屋はいくつかの候補の中からただいまという店を選ぶ。居酒屋らしい居酒屋でこれまたキンミヤソーダが進んだ。店を出た後、また歩き飲み、駅前のよきベンチに座り飲みをする。何の話をするでもないが、きれいな景色を見ては悦に入ったり、そういえばこういうことがあったと思い出してはすぐ忘れる話をしたり、会話の内容というより会話そのものが愉快であるような会話をした。いつも通りだ。
しかし、帰って寝る準備をして寝たあと飲み過ぎで頭痛がした。Lシステインを2粒飲んでいたのにガンガンきつい頭痛で冷や汗なのかたんに暑くてなのかわからないが大量に汗をかいた。たまらず効果のつよいほうのバファリンを飲む。しばらく唸っていたら寝付くことができた。


2026/05/18 今日 5841
前日の飲み過ぎ騒動のせいで寝不足のなか朝から出社。不幸中の幸いには頭痛など二日酔い症状はLシステインのおかげもあって皆無だった。面着で話す必要のある話をしたあと昼から在宅に切り替える。お昼はキムチ納豆蕎麦を食べる。Teamsで打ち合わせをしたあと問い合わせのチャットを投げる。一段落ということで昼寝をした。起きてから大相撲を見る。定時退勤。結びの一番を見届けてからスタバに行く。『内在的多様性批判』を読む。日記を書く。とりあえず酒を飲んで家人の分も夕飯を買って帰るつもりだ。いい気候なので夜散歩もできたらと思っている。

20260514

日記757

各ベクトル

2026/05/12 一昨日 16782
朝から出社。午後在宅。狛江にバスケに出かける。喜多見駅から体育館まで15分ほど歩くのだが、その道すがらyoutubeで『吾輩は猫である』の朗読を聞いた。バスケは好調でよく走った。競技志向の低い、ゆるい環境でのバスケのほうが自分の性に合う。高円寺のバスケは強度が強いので真正面から突っ込むと突き飛ばされる。それにくらべて狛江では同じようなプレーをしてもおいそれと道を空けてくれる感じがある。タンパク質の摂れるコンビニサンドイッチを食べてからシャワーを浴びて寝る。中一日でバスケの予定があるのでリカバリーのためアイスシャワーをする。


2026/05/13 昨日 10925
朝から出社。高輪ゲートウェイTECHというイベントに入り込んで中田英寿の話を聞く。ただサッカーが上手いだけの元サッカー選手らしく、話の内容に興味を引くような中身はなかった。ただ身体が引き締まっていてフィジカル化け物の片鱗が垣間見られてよかった。中身はなくてもおそらく身体的な優位性(と高強度のトレーニングに耐え続けた根性のようなもの)からくる余裕があり、ただゆっくり喋っているだけで、ファシリテーターと噛み合っていない会話をだらだら続けているだけでも一定の説得力を帯びようとしていた。話を聞かない聴衆が多い場では説得的な議論として充分機能すると思う。定例のミーティングに現地参加してしばらくしてから帰宅する。大相撲を見て定時退勤。夕立ちのため出かけるのをやめてうたた寝をする。起きてから家人と鳥貴族に行く。キャベツを中心に焼き鳥を3本ずつ食べる。帰り道に追加のお酒とコンビニスイーツに手を伸ばす。家人はこの頃ハマっているというチーズケーキ、自分はシュガーバタークレープ。まあ美味しい。気候がバツグンにいいので歩いているだけで気分が良かった。


2026/05/14 今日 4708
午前在宅。午後休にする。退勤後そばを食ってドロヘドロを見る。濱口竜介と三宅唱、もうひとり映画評論家の鼎談の様子を撮ったYoutubeを見る。とくに三宅の発言主旨「決めをできるだけ作らないようにする、むしろ積極的に決めの部分を潰す」というところなど内容には肯けるところが多いのだが、東大文化っぽい話し方が、鼻につくというのではないが、ちょっとかわいらしくてノイズに感じられた。その後濱口竜介がエドワード・ヤン作品について話しているイベントの動画を見て昼寝をする。1時間ぐらい寝た。起き出してからだらだらと出かける準備をして16時すぎに家を出る。西武新宿のスタバで『内在的多様性批判』を読む。クライマックスにあたる7章「転回」をやりなおす という箇所なのに、存在論的転回の概念が掴めていないまま読んでいて内容が頭に入ってこない。理解できるまで読み直すべきだと普通には思うのだが、なんか概念的な図示で本質的なことを言おうとしているだけではないかと、内容の理解できなさを自分のせいにしないでつまらない展開になっていると本のせいにしている。理解できないのを本のせいにすることはできない。普通に考えてわかるところに立ち返るべきだ。理解したうえでつまらないというのはあり得る。まずは理解・読解だ。NHKプラスで大相撲を見る。霧島は盤石。一山本が勢いのある強い相撲を取って琴櫻を破った。相撲とは関係ないが自分のバッシュの色は琴櫻の回しと同じ色だと思った。一山本の回しほど発色が良くはないが明るい緑。そう思うと琴櫻を応援したい気持ちになってきた。この後は読書の続きをすこししてから中井まで行ってバスケ。

20260511

日記756

手前渋

2026/05/10 昨日 19186
バスケのため高円寺まで出かける。気候的に自転車でも移動可能だが環七を30分弱北上するのは億劫なので電車で行くことにする。しかし新宿〜東高円寺までの丸ノ内線がいつも想定の倍ほど長い。
バスケはやる気が空回りして無謀なプレーが多くなってしまった。とにかくターンオーバーが多かった。ガードのプレーも全然できない。ドライブではなくカットインを狙うべきだ。それでも全力でやってうまくいかないと悔しいし、その悔しさのなかジタバタする楽しさもある。いつも送ってくれるジェントルマンにこの日も送ってもらった。


2026/05/11 今日 6241
午前在宅。大手町まで用事で出かける。都合30分ぐらいで用事が済んでとんぼ返り。大相撲を十両の取り組みから見始めて昼寝の時間をとる。前日の高安とのバチバチで感動させられたのだがその取組で怪我をした豊昇龍も休場になってしまった。結びまで見てスタバに出かける。『内在的多様性批判』を読む。6章に入ったところ。二項立てをするときにどこで分割するか、分割したあとにまた分割があり、その外部についてどう図式化するかという話。構造を理解しようとしていると何のために論述されているのか見失いそうになる。というか結構なっている。

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4章 創作としての文化 ギアツ✕ワーグナー
「深い遊び」
バリのひとびとにとっての闘鶏は
マクベスなどの文学作品と同様に
「感じるまま自由に人生が形作られるとすれば何が起こりうるか」を示すような事象を創出する。

「対抗創出」
文化の対抗創出
 慣習的な象徴作用(=慣習)と差異化する象徴作用(=創出)は自らを創出しながら互いを対抗創出する


5章 関係としての社会 ジェル✕ストラザーン

ジェルが展開する「アートの人類学」
西洋的な芸術概念や美学的な説明様式の普遍的妥当性を前提にしない、反美学的な人類学理論

「エージェンシー概念」
受動性を通じて能動性が生み出される
 働きかけられるというページェントの受動性を通じて、働きかけるというエージェントの能動性が生み出される
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20260510

日記755

一次関数

2026/05/09 昨日 13857
お昼に新玉ねぎたっぷりのハンバーグの残りとご飯を食べる。下北沢から代々木八幡に移動。代々木公園のドッグランに行く。友人Nと妻子が合流し、ビニールシートを敷いてチルする。1才になったばかりの鋭い洞察によって恐ろしく悪意に満ちた人間であるということを見抜かれた。具体的には警戒され泣かれた。
遅れて家人も合流し、とりとめのない話をする。機嫌が良いときの1才は自分のなかに鳴っているであろう音楽に乗ってダンスをして、屈託なくとにかく楽しそうで、やっぱり音楽に乗って踊るときにはこうでないとと参考になった。たまにこちらに向ける笑顔の破壊力には驚かされた。
公園外で解散し、代々木八幡から奥渋までお酒を飲みながら散歩する。散歩には最高の気候で、長い夕暮れどきとおしゃれなストリートを楽しんだ。渋谷まで歩き抜けて晩ごはんは博多屋台ラーメンにする。井の頭線で下北に戻って歩いて帰宅。ボーナストラックを歩くときについ気になってネズミの死体を見てしまう。口をあけて仰向けに倒れており、毒餌による苦痛のなか死んだことが想像される。憐れだ。


2026/05/10 今日 1540
朝9時頃からスタバに出かける。ボーナストラックのネズミはまだいて毛並みも乾き始めていた。人通りもそれなりで犬通りも多いので、余計に哺乳類の死体が気になる。
『内在的多様性批判』を読み進める。概念操作が面白いし、きちんと整理されているのでわかりやすい。難易度もちょうどよく、集中して読まないと文章がすり抜けていってしまうので集中力を要する読解のトレーニングになる。日記を書く。今日はこのあと昼ごはんを食べてから大相撲の夏場所の初日を見る。大の里とアオニシキは休場らしいので心配している。一方、大関復帰の霧島には期待。結びまで見てから後高円寺にバスケに行く予定。

20260509

日記754

本日は特売日

2026/05/07 一昨日 18323
午前在宅。昼すぎから出社。髪の毛が長くなりすぎて出社用にまとめるのが面倒になってきた。何も考えずに伸ばし始めた髪の毛だが、とりあえずの目標とするような長さには達していないのにもかかわらず、現段階ですでにまとめるのに苦労している。気持ちが切れそうだ。夏が来るのでもう無理かもしれない。15分間の残業をしてそのまま方南町までバスケをしにいく。選手としか表現する余地のないがっちり体型のバスケットマンが登場。あまりの手合い違いに対抗しようという気さえ起きない。それでも邪魔だけはしようとだましだましDFしたり、こそこそと隙をついてオフェンスしたりする。気持ちで圧されていないぞとアピールするためにニヤニヤしたりもした。とはいえそんな小細工が通用すると思うのは我ながら無理がある。傍目には滑稽に映っただろう。それでもそうやって自分を騙してできることをやる、自分の分のパイを得るために手を伸ばすということは、参加する以上やっていくしかない。どうしても無理なら帰ればいいだけだ。


2026/05/08 昨日
一日在宅。読書の時間を取ろうと思っていたがそう思うようには集中できず。ジョックロックのラジオで獣道について喋っている回を聞く。最後ゆーじろーが水を向けたところに「ウメハラ、俺はやるぞ」と真っ直ぐ発したユウショウはかっこよかった。かっこよすぎたかもしれない。
友人Nが来訪。スイッチ2ですこしバナンザを触らせてもらう。そういうふうに作られているから当たり前といえば当たり前なのだろうが、壊すことに爽快感がある。
定時退勤後、下北の街に出て歩き回りながら酒を飲む。途中パブリック下北沢というALL500円という嘘看板の店に入る。メニューを見てALL500円じゃないじゃないかと憤り、500円のカクテルだけを注文してひとしきり喋ったあと店を出た。駅前で映画ハムネットの話をした。家の角で父子がお別れをするシーンがよかったこと。暗いところに入っていくシーンを真っ直ぐ描ける強さがクロエ・ジャオなんだという話をした。タカを家族5人で見送る場面もよかったと言ったがあまりピンときていない様子で、それについて説明することはできないので話を切り上げにかかる。友人Nが「面白い」ということについて喋るにせよ「つまらなかった」ということについて喋るにせよ、映画を映画として見る見方が固定されている感じがある。映画にかぎらず何でも、初めて見るように見ることができないとパターン認識にしかならないと思うのだが、ひょっとするとパターン認識をこそやりたいのかもしれず、そうなるともはや同じものを見ているようで同じものを見ていないとさえ言いたくなる。事実の層とは別の層があり、自分はそれを事実の層と同じかそれ以上に重要視しているのだが、その層の存在自体を知りもしないという態度が見えるとどうしようもなく、それに対してはもうお手上げでしかない。それから、これはNに対してではないが読むべき本を読んでいないと、ある映画がモチーフとして取り上げていたりパロディをしようとしている企図に対して「自分はそれを知らないからわからないんだ」というノイズとなる自意識が発生して、目の前の内容を見ることの支障となることがある。そういう意味でも教養は重要だと思うが、教養がないからわからないと思うことができる人でも、教養を身に着けようとしないのはなんでなんだろうと思う。それでいて映画を見ることは続けようとするのはどういうわけなのか理解しがたい。自分にできる範囲で文化的な素養を身に着けたいということなんだろうか。仕事や生産活動など時々の”やるべきこと”にかまけず、もっと頑張ってもいいのではないか。
もう一杯だけということでダイエーで氷結(自分はおーいお茶)を買う。家に置いた荷物を取りに帰る道中ボーナストラックの入口で大きいネズミが息絶えていたのを発見する。


2026/05/09 今日 1785
朝起きてスタバに行く。『内在的多様性批判』を読む。日記を書く。昼ごはんを食べるために帰宅。その後は渋谷に行く予定。

20260506

日記753

空色と空

2026/05/05 昨日 13730
スタバから出て氷結を飲みながら帰る。おうちへ帰ってシチューを食べる。野菜たっぷりというオーダー通りでありなおかつ濃厚で美味しかった。キャベツステーキにはアンチョビがたっぷりでもし高血圧の人が食べたらぶっ倒れるのではないかというほど塩分過多だったが味はおいしかった。
家人がビューティフル・マインドを見ているのを邪魔してしまい顰蹙を買ったのでよけいな口を利かずに早めに寝ることにする。


2026/05/06 今日 4231
深夜の居酒屋で突然始まったミュージカル。ニューヨーク屋敷がMVに出演している。画面は横スクロールして進行。「目標はない」「友達もいない」「ひとりだけ慕ってくれる後輩がいる」
「とにかく何もない」「《何もない》というテーマもない」「バイトのための素早い動きだけがある」と文句口調で謳い上げていた。ラップのような勢いとバイブスがあったけれど韻はまったく踏んでいなかったのでポエトリーリーディングに近いと思った。夢も具体的な目標もないフリーターの苦役感が出ていてよかった。誰もが背負いつつそれに気づかないように目先を変える努力を怠らない”労働場面における徒労”なのだが、意識的にそれを怠り、ボイコットしている強さをそこに見た。見方次第ではただの怠惰とも言えるところがその良さの本質だ。
私のGWはこの日でおしまい。8時に起きてスタバに行く。『内在的多様性批判』を読む。昼すぎに帰宅してシチューの残りを食べる。アマプラで『日本三国』を見る。英雄とそれ以外の無邪気な描き分けがシンプルにすぎるが、そのぶん腰を入れて見る必要がないので見やすい。視聴者にわかりよい使用語彙で登場人物が喋るので、歯がなくても食べられる流動食のような簡素な味わいがある。お笑い芸人のラジオが聞きやすく調整されているのに似ている。こういうものだけインプットしていては顎が退化するにちがいないと思うが、顎が強くてもそれ自体に意味があるということでもないので、読書をしたりして見識を深めようというつもりがないのであればべつに構わないのではないかとも思う。こんな物言いにしてもかなりいい加減で、見識を深めるってなんだって話になるが、”見識”も”深める”もいちいち説明しようとは思わない。
昼寝をしてからお好み焼きの残りを食べて再度スタバに出かける。『内在的多様性批判』が3章まで進んだ。ある言説を推進した結果、それを主張した人物の意図したとおりには進まず、むしろ逆進しているという挑発的な記述が面白い。

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・翻訳(第一の実践):
 ふたつの領域に属するはずの諸要素は常に混ぜ合わされ、ハイブリッドな存在者が続々と増殖していく
・純化(第二の実践):
 ハイブリッドは捨象され、あらゆる存在は自然と社会のどちらかの領域に属するものとして把握される
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私は純文学という言葉に違和感をおぼえる者だが、純化がそれのみでは機能し得ない実践だというところに我が意を得たという思いをした。純化に反対するというか混ぜっ返すようなことは意識的にやっていく必要があると思っているが、それにしても反純化の試みが鮮鋭化することでそれ自体純化に取って代わるだけということは言えるなと思っていたので、「翻訳」という概念と併置されることで機能するというアイデアは馴染みやすいし気分に合う。
「自分ではない他人に何を言えるか」というのは無視しないかぎり無視できない問題としてずっとあり続けているので、ここらでその答えのヒントを掴みたい。

日記780

ひと味ちがう 2026/07/14 四日前 15283 一日在宅。午前中に腕立てをする。午後は大相撲を見る。定時に退勤して新宿のスポーツショップに行き、購入検討していたバッシュ(ニューバランスP400)の試着をする。サイズ感はやや小さめと聞いていたので29...