20260522

日記760

ウェーイ、いつまでも一緒だし


2026/05/21 昨日 12854(+2000)
午前在宅。残りタコスを食べて昼すぎから出社する。定時すこし過ぎに退勤しそのままバスケへ。電車遅延などの影響を被り、参加が15分ほど遅れる。20分弱の徒歩移動中に吾輩は猫であるを聞くつもりが、ついラジオ父ちゃんを再生してしまった。バスケのプレーの質があまりよくなかった。相手のレベルを問わず活かすプレーも活かされるプレーも得意だという自認があるのだが、相手のレベル次第では俺がうまく活きないこともあるな、という傲慢な言い訳が頭に浮かんでくる程度には調子がよくなかった。あとは元々動きのキレでやっていないが、すこし前(だいたい5か月前)の動画のほうが明らかにハキハキ動いていて、それに比べるとここ最近のプレーは軽微な怪我を抱えてプレーしているように見える。体重も2キロぐらい落ちているしオーバーワーク気味かもしれない。中一日で稼働しているのはやっぱりやり過ぎっぽい。
喜多見駅の業務スーパーでキムチが衝撃価格で売っているのを確認する。冷蔵庫に750gのキムチがほとんど手つかずで残っているのでここはグッとこらえ、代替として800gのそばを買って帰る。最寄り駅についた頃にはクタクタに疲れ果てていたので「コンビニでビールを買ってきてくれ」と所望してきた家人をあべこべに駅まで呼び出し、とりあえず乾杯したうえで荷物を持ってもらう。


2026/05/22 今日 5824
小中のバスケでも一緒だった同級生が海辺にマンションを借りたということで遊びに行く。何でも小説を書くための暮らしをし始めたということで、それまでは小説を読むイメージもとくになかったのだが急に小説を書くことに目覚めたらしい。実際遊んでいる最中にも酒には口をつけず、このあと今日分の執筆があるからとノンアルコール飲料を飲んでいた。小説の題は決まっているらしく『モリブデンと七つの島』とか言っていた。自分は自分で「9つの島」がつくタイトル案を持つ小説を書いている途中だったので、ちょっと被ってしまっていると言おうとしたのだが、書き終わった小説ならともかく途中の小説を持ち出して難癖ではないのだが拡大すればそう捉えることも不可能ではないようなことを言うのもちがうと考えてタイトルについては何も言わずに、ただ読む前から彼の小説が絶対に面白いに違いないという謎の確信があり、それによる強烈な嫉妬感が湧き上がっていた。夢から醒めたあとにも胸が苦しくなるぐらいの強烈な嫉妬の感情で、それは小説の中身の面白さ以前に、小説執筆を生活の中心に置くという判断をして実際にその生活をおくっていることに対してのものだった。不合理な嫉妬ながらもよっぽど腹に据えかねて彼と同室していることができず、飲み物を買ってくるとか適当な理由をつけて玄関から外に飛び出した。共用廊下の奥に鷹の幼鳥が仲良く並んでいて、奇天烈な鳴き声とかわいらしい素っ頓狂な眼差しで心を和ませてくれたが、餌を狩ってきたばかりの親鳥が眼光鋭く飛び入ってきて、その迫力に思わずすごすごと部屋に戻ることになった。この海辺のマンションは生活に不便なことも多いだろうが、小説を書くための隔絶された環境としては申し分ないなとあらためて考えながらドアノブを回し、嫉妬心を隠すために一呼吸おいてから部屋に入った。
気温が13度近くまで下がっていてワイシャツでは肌寒いぐらいだったが、それでもあえてジャケットを着ないで出社する。新加入の同僚にタスクの伝達をし、送るべきメールの下書きをいくつか書いてから昼すぎに在宅に切り替える。オフィスにいてオフィスの廊下を歩いているとたまに俺はどこで何をしているんだと不思議な気持ちになることがある。この日もそれが起こった。とはいえなんだかんだで週に3,4回ぐらいそのゲシュタルト崩壊が起こっている気がする。
帰宅してキムチ納豆蕎麦を食べる。ほんの短い昼寝。大相撲を見る。霧島と琴栄峰の結びの一番で、逆転につぐ逆転で土俵際のつま先一本残しのうっちゃりにびっくりさせられた。
図書館で予約した『働くことの人類学』を借りて18時半頃にスタバに行く。該当箇所を一気に読み終える。久保明教の小アジのムニエルの話は面白すぎて、ちょっと先にPIVOTか何かのビジネスyoutubeで紹介されている画が浮かんだ。
バスケに参加するときに自分は雰囲気を盛り上げようとしてOF成功時には「ナイッシュー」DF成功時には「グッディ」と声を出すようにしている。バスケプレーヤーにはスカしたやつが多く、シュートを決めても熱いDFをして相手を止めてもカッコつけてクールに振る舞うパターンばかりなのだが(実際自分もシュートを決めたときには安心や照れくささもあってついスカしてしまう)、実際のところシュートを決める喜びのために、あるいはパスを通す喜びのために、人によってはブロックを決めたりリバウンドをとったりする喜びのためにバスケをやっているはずなので、その喜びにバフをかけようと自分のなかではやや大げさにセレブレーションすることにしている。それで雰囲気を良くできたら自分としても気分が良いし、気分良くプレーするというのはパフォーマンスに直結するところがあるので良いことづくめのはずだ。そう思うのだが最近では同じやり方ばかりしていることが気になってきて、機械的に(つまりあまり効果的ではないやり方で)声出しをしているような気がしてきた。仲の良いフレンドリーな空気感ではなく、どこまでいっても親密さからは遠いような他人行儀な称賛に終止していて、それはそういうものだからいいのだが、感情でいうとレベル1のところで表面を撫でているだけのような気がしてきている。友達を作りに行っているのではなくバスケをしに行っているのでこのやり方が目的に適っていると思うが、賃労働の場面における事務的な行儀良さをコートに持ち込んでいるようなところはあるのでそれは違うのではという感じがある。具体的な対策としてはもっと意地悪なプレーをしたり、やや無礼な称賛を浴びせたり、相手側のミスプレーに対するディスなど好戦的な態度を見せたりしていくのが面白いかもしれない。たぶん今行っているどのバスケサークルでも無礼なやつだとは思われていないだろう(慇懃無礼はひょっとしたらあるかもだが、おそらくそれもないはず)。だったら次の段階に進むべきだ。俺がバスケをプレーする楽しみにちょっとした彩りを添えるために。バスケにはバスケのコミュニケーションがあり、それは言語を介さない作用/反作用のようなものだが、それなりに複雑だからもっと楽しみを増やすこともできる。
9時半ごろまでスタバにいて、金夜を楽しむため氷結を買いに行く。下北の駅前で人の流れを見るのは楽しい。カラフルな川が流れていくようだ。色を見ても形を見ても良い。流れを見ても良い。音楽もかけよう。

日記760

ウェーイ、いつまでも一緒だし 2026/05/21 昨日 12854(+2000) 午前在宅。残りタコスを食べて昼すぎから出社する。定時すこし過ぎに退勤しそのままバスケへ。電車遅延などの影響を被り、参加が15分ほど遅れる。20分弱の徒歩移動中に吾輩は猫であ...