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2026/04/06 昨日 6727
スタバを出てからダイエーで買った氷結をミカン入口で飲む。家人を待つあいだの隙間時間で『ワンバトルアフターアナザー』を見ようと思ったら、再生してすぐ家人が出現した。だいこんまんという行ったことのないお好み焼き屋に行こうと思ったが、肉を食べたいというリクエストがあり、自分の気分としても同調できたので、しずるに行くことにする。ビールと豚キムチ定食、家人は豚トロステーキを注文。帰りがけにドンキに寄って追加のアルコールを買って帰る。帰り道になんでもできるようになるとしたら何ができるようになりたいという質問をかけられ、自在に絵が描けるようになりたいと答える。それで漫画を作るのが目的だ。その話の流れで、自分は小説家になりたいのではなく、小説を書きたいだけなのだが、たまに気づくと小説家として扱われることを期待しているということを喋った。そういう気分が支配的になったら危険だが、今のところはそうでもないので、まあ自分にとって想像しやすい自分の社会的な成功モデルがそれで、だったら良いなあという与太話レベルで済ませておくんだとも述べさせてもらう。そうやって与太話の世界観に触れるのも、それに浸り切るようにならなければ小説を書くという第一義の目的に反するものではないし、今のところは取り締まるほどの願望でもない。問題は小説の進捗がパタリと止まっていることのほうで、その原因を探ってみると、ボツにするしかないものが書けてしまってそれに意気消沈しているようだ。そんなのはさっさとボツにして元気よくタイプしていくにかぎる。ボツにすると言ってもデータを消す必要はない。そんなことをしようとすると心理的ハードルが上がるから、さっさとボツ集に送ればいいだけだ。
2026/04/07 今日 3089
この日も一日在宅。やるべき仕事はあるからダラダラと手と目を動かしている。昼ごはんにはミートソースパスタを食べる。一時間の残業後スタバに行く。『タイミングの社会学』を読む。フィールドノートの記載が中心になった8章根こぎは、登場人物が直面させられている状況についての理解がおよばないし、自分の想像力の不足から冷淡に読み進めていることを感じさせられてやや居心地の悪さもあるのだが、暗い中にある灯りのようなものを感じもする。トタン屋根の雨がもたらす”さみしさ”を誰かに伝えられて、それがたしかにここまで届いたという事実があるからだろう。これこそが書く仕事の本懐で、小説家になるならないという偽の願望を隅に追いやる本質というやつだ。俺には自分というものにこだわる必要があって、その意味で湧き起こる偽の願望について無ければいいものとして扱うことはできないが、本質的に何を望むのかというところからはひとときも目を離せないと思っている。日記を書く。たぶん酒を飲んでから帰る。小説は読者が制限される表現で誰もが楽しめるわけではない。俺の書いたものをこの鉛直線上では読まない人というのは恐ろしいほどたくさんいるが、俺の小説にはそういう人こそ登場しなければならない。一方通行になるが仕方ない。そしてそうやって諦めるのなら優越感覚を持つことも避けられない。これは自分についての書かなくてもいい記述だが、こうやって書いておいても構わないと思っている。俺には自分というものにこだわる必要があるからだ。