20260404

日記740

管理樹木

2026/04/01 一昨昨日 7402
一日在宅。それなりに忙しかった気がする。でもすこし昼寝をした。ほとんど記憶がない。昼間はどうでもいい仕事をこなしただけだった。自宅トレーニングをすこしやった。残業もあっての退勤後、雨のなかシェルターまで行く。ヤスエでんじゃらすおじさんのワンマンライブを見る。ロック音楽のことはわからないが、以前に見たスリーマンでのライブで圧倒的に楽しそうだったので注目していた。ポジションがわるく、上手のボーカルしか見れない位置にいたので楽しそうに演奏するメンバーという視覚情報に欠け、こちらの気持ちが共振して盛り上がるということがなかった。音楽はパフォーマーのパフォーマンスよりも聞く方のセットに大きな影響を受ける表現だということを再確認した。アンコール含めラスト2曲の頃にドリンクチケットで飲み物を飲むため場所を移動したことでメンバーの表情が見える位置取りになり、それで一気に楽しくなった。ずっと腰が痛かったのも途中で盛り上がりきれない原因だった。雨が小止みになっているなか、追加の酒を飲みつつ家に帰る。家人にこのバンドを見せられてよかった。


2026/04/02 一昨日 19967
午前在宅。所用で新豊洲まで。用事は思ったよりすぐ済んだので、豊洲の吉野家で牛丼を食べた後スタバで『タイミングの社会学』を読む。フィリピンのボクサーが戦う相手は、日本やアメリカのボクサーが戦う相手より多いこと。それを打ち破るための戦いによって得られるものは、日本やアメリカのチャンピオンが得るものとは比べられないということには説得力があった。自分がプレイしているゲームに対して、自分の解釈を通してその範囲を拡大させるアプローチというのには次元の異なった力強さを感じさせられる。努力だけではない、努力に裏打ちされた工夫というものが必要になり、それが活躍する土壌というのは、不遇な状況から逆転する土台でもある。そういう観点では優遇されているものこそ不遇な状況にあると言えると思った。優遇されているとそういうことを言うのは難しいが、それでも腹に力を入れて言おうと思ったら言える。情けないような苦味が走るのは避けられないが。あとは日常的にバスケをしていると、ボクサーの言う「身体が動く」という表現にはなるほどと思わせられるところがあった。ボクシングの場合、アンコントローラブルな領域に突っ込んでいかないと相手に負けるというところから、つまり必要があってそこまで進んでいるんだろうと思うが、頭が身体を動かしているというのではなく、身体が動くことに対して手綱を引くというように競走馬と騎手との関係で喩えているのには半分納得できるところがある。プレータイムには、そのときにはもう考えている暇はないという瞬間がある。そのとき認識面は受動的な作業しか担わせてもらえず、判断・動作など決定的な要素はすべて身体が担当することになる。認識面は自分のしでかしたことや達成に対してあとからの評価を下すだけで、それはプレーにとってはあってもなくても良いものだ。個人としてはその評価で気分が上がることにつながっているので重要だし、それなりに効果的に使えるものでもあるから認識面が不要ということにはならないが、番手で言えば二か三だ。納得しきれないあとの半分というのは、あとから評価したり判断するのはこのとおり頭がやっていることなので、手放しで身体の優位を言うということはできかねるということがある。さらにプレータイムにおいても、認識する時間を取ることで「流れの逆をつく」という優雅な騙しのテクニックを使えるようになる。切り札は意識の外から出されるほうが効果的だ。
高輪に移動して定例のミーティングに出る。終わり次第家に帰り、仕事の残りを片付けて退勤。狛江までバスケに出かける。経験者枠の回で、いつもうまいなと思っているプレーヤーも制限なしでバスケプレイしている感じなので楽しかった。ゴール下でのフリーのチャンス時にドンピシャのブロックを受けて、本来であれば悔しいはずなのだがあまりの見事さに他人事のように感心してしまった。華のあるプレーヤーによる、滅多に見られない猛然として止めに来るプレーだった。とはいえ、こちらの身体には一切接触せず、きれいにボールだけを叩き落とす華のあるプレーでもあった。この日は得点などの成績はそこまで伸びなかったが身体は動いて楽しかった。ヒップヒンジやバーピーなどの自宅トレーニングが効いているのかもしれない。


2026/04/03 昨日 8399
一日在宅。翌日に休日出勤作業があるのでその準備などをした。待機時間があるのでそのときにやろうと、いくつかのタスクを後回しにしてゆっくり過ごす。ドロヘドロの第二期の3話を見る。ドロヘドロでは、人の形をした野生動物のような位置づけで人が登場するので殺人の位相が現実世界とは決定的に異なっていて、その認識の違いが面白い。よくある時代物では人権を持ってそうな庶民が人権を持っていそうな顔で物を言ったり何かをしたりするのを見せられることになるので、それとは対照的だ。ドラマや映画では、演じる役者は現代社会の成員なのでどうしても非道さに天井がある。それに比べてアニメでは、自分たちの常識に汚染されていない、”認識の違う”人物の感情を完全に演出できるという強みがある。「殺してやる」とか言わないし、べつにそんなこと思ってもない。小さな羽虫を潰すぐらいの行動がテンポよく繰り返されていく。
退勤後、五反田まで行って夜桜花見。戯れにヘアアイロンを使ってもらったところ、おかしな髪型になった。折角なのでとそのまま出かける。一張羅を着て、気持ちが挫けたときのためにキャップを持っていった。花見会場は行ったことのある場所なのだが記憶していたよりだいぶ良かった。花、川の流れ、定期的に橋をわたる山手線、ビルの谷間に浮かぶ月、人たちは賑やかに楽しそうで、しかしそれなりの間隔を空けられるだけのスペースも有り、暑くも寒くもなく風も吹きつけず、平たく言えば最高だった。


2026/04/04 今日 2544
出勤のはずが、家を出るときに業務端末を見ると急遽のキャンセルという連絡が入っていた。休日の予定を空けられ、当日キャンセルというのははっきり行って許しがたい所業で、仕事・職場に大丈夫ですよと言ってはいけないことだが、そのままスタバに出かけられるということもあり、実テンション的には「OK〜!」という感じだった。『タイミングの社会学』を読む。日記を書く。

日記740

管理樹木 2026/04/01 一昨昨日 7402 一日在宅。それなりに忙しかった気がする。でもすこし昼寝をした。ほとんど記憶がない。昼間はどうでもいい仕事をこなしただけだった。自宅トレーニングをすこしやった。残業もあっての退勤後、雨のなかシェルターまで行...