あれもロボ
2025/12/12 昨日 9250
22時半までスタバにいる。『地下鉄道』が面白くて夢中になっていると日記を書くための時間がほとんど無くなった。ダイエーで晩御飯にするためのマルタイの棒ラーメンとニチレイの冷食チャーハンのストック追加を買い、きつい北風のなか歩いて帰る。ラーメンを食べて何かの動画を見る。昨夜のことなのに何の動画かも覚えていない。もはやナイトルーチンのようになっている。大方、オモコロ、暗い旅、NBAハイライト、サッカーハイライト(アーセナルか欧州日本人プレーヤー)お笑いのどれかだろう。
すこし席を外しているあいだに思い出した。ロングコートダディのゲーム実況シリーズのカービィのエアライダーだった。ふたりのテンションの高さだけしか情報として残らず、途中で消して寝る準備に入った。そんなことよりも最近見ている動画ではヨーロッパ企画の暗い旅の「〇〇話を止めないでほしい旅」シリーズが面白い。土佐さんの「喋りすぎっすねえ」、永野さんの「幽霊でよかったすねえ」の話がとくに面白かったのだが、「ぬダルいっすわ」がスマッシュヒットで久しぶりに吹き出すほど笑った。
晩御飯の約束をすっぽかして前職の人たちと飲みに行っていた家人がブーケを買って帰ってきた。お詫びの印兼部屋の装飾というところだろう。どこに売っていたものかすぐにピンときた。ボーナストラックの無人花売りブースだ。1500円もして高すぎると怒りの論点が変わっていて、しかも1200円に値下げしていたというフォローが入って相手方の思う壺にはまった。花をもらうというのはあまり経験のないことで気分もわるくなかったし、朝起きたら花瓶に活けられていてオレンジの花弁がきれいだったので結局万事収まった。そもそもがめいめいで勝手に夜を楽しむという基本スタンスを確認すればよく、それでいうと当然怒るまでもないことだった。
2025/12/13 今日 2522
ネトフリだかプライムビデオだかの即興コント企画で、教室のなかでのうどん作りという設定だけ用意されてうどんを作らさせられた。木村バンドみたいな相方とおたおたしながらうどんを作るという客観的に見てられない時間を過ごした。とても長く感じられてつらかったのだが何ひとつ面白いことを思いつけず、メモ帳に出来事をメモするキャラという「やること」を自分の中に作って心の平安を保とうとしたのだがどうにもならなかった。ところへ助っ人ゲストとしてチョコレートプラネットの松尾がでっかい手持ち花火を持って表れてとにかく大きい声を出しながら場の雰囲気を華やいだものに変えて一気に笑いをとり戻した。松尾さんやっぱりすごいなと先輩を尊敬する後輩芸人の位置に体よく自分を収めてその場をやりすごすモードにすぐ変わったところで目が覚めた。自分ひとりの力では何ひとつ打開できない情けない気分で目が覚めて、悔しさから「うどん!」と喚いたのだが、それを受けた家人から何があったのかと訊かれ、うどんを作らされてそれが全然面白くならない大変な夢を見た、でもチョコプラの松尾が出てきてめっちゃウケててやっぱすごいと思った、という脈絡のない話をしていると、さっきどうしたと訊いてきた家人がそれを話している7秒ぐらいでまた眠りの世界へ帰っていき、夢のなかだけで完結する情けなさではないのだと思い知らされた。面白い面白くない以前に「聞ける話」をある程度の時間続けられる人は皆すごいという結論になった。自分は話下手なほうだという自認はあったが、それは面白い話ができないという意味で捉えていて、問題の本質をつかめていなかった。ある程度以上込み入った話ができないのだ。つまり時系列や順序を掴みながら話したり、ある話とべつの話とを組み立てながら関連付けして話すように、構成を考える必要がある話全般ができないということだ。言い訳をしておくと、言葉遣いの細かな部分や相手の反応に気を取られて話の筋を見失うことが多いということになる。困ったことにならないように最初から話の筋を見失うのを前提にして話すので必然的に短い発話が多くなる。1語や2,3語でのコメントばかりしている。起き抜けとは言え「うどん!」だけで発話を完結させるのなんていくらなんでもひどすぎる。家人の反応がいつも通りだったのでこの手の自分の発話は珍しいものではないだろうと推測されるのがよりゾッとするところだ。ドリブルの練習をしてみよう。
食パンを食べてから9時すぎスタバに出かける。『地下鉄道』を読み、予約貸し出しで取りに行ったばかりの『失われた時を求めて』7巻を読む。昼からは友人が遊びに来て家でボードゲームをやる予定。13時前に下北に到着するということなのですこし街を回ってから帰るつもりだ。