指示書
2026/01/27 一昨日 20129
練習バスケに参加してシュートを打ち込む。途中早々に足が痛くなってきたのでよくない感覚でシュートを打つというマイナス効果の練習にしないために、有志参加の軽い試合への参加を決める。走り回るということを目標に取り組んだのでとにかくボールに近づこうとする無理なプレースタイルをした。しかしレベルがレベルなのでとくに無理にはならず、それなりに楽しめもした。
2026/01/28 昨日 5612
一日在宅勤務。というか本当は午後休にしたかったのだが、緊急対応のため働き詰めになった。ただでさえ鬱陶しいのに、客との定例打ち合わせに15分遅れて入ったことでうるさい小僧からの「詰め」があった。いつも適当にいなしているがいつも適当にいなしているので向こうもいなされていることには気づいているようで、こちらのいなしについてきて、なんとか詰めようとしてくる。仕事熱心な人だと思うことで「まああいつも頑張っているからな」と自分を納得させるやり方は奏功せず。鬱陶しさが勝ってイライラしそうになる。こういうときに考えないようにしようとするのは逆効果で、べつのことに集中しようとするのもうまく行ったり行かなかったりする。実際、電話越しの気に障る声が耳元に残響するようにも感じられ、わかりやすく言うとストレスだった。こういう消耗をするのは、消耗させてやろうという相手の思う壺にハマることになるのでなんとかしたいと考えていると、逆に相手と仲直りし、むしろ雨降って地固まるのように、一気に打ち解けて仲良くなる未来を想像するという奥義にたどり着いた。この技の真髄は、飲みに行き、肩を組んで二軒目まで歩くというところまで真剣に想像したあとで、その未来を殺すところにある。最大限歩み寄って、こちらから踏み込まないとその未来はないのだが、想像する段階では無際限の譲歩・感じの良さ演出という、虚構内でのみ可能になるポテンシャルの発揮をして、それがすべて成功した挙げ句の最高の未来を思い描くわけだ。そして、それを一切しないという選択を採る。要は今まで通りというだけだが、あり得たかもしれない和解を通らない、こちらからは手を伸ばさないという宣言をして、ひょっとするとひょっとしたかもしれない可能性を葬り去るということだ。想像するときにはその実現に向けてああしようこうしようと考え、計画としてもそれなりに見栄えがするというところまでいって、「いや誰があんなオケラと仲良くなりたいんだよ」と切り捨てる。そのときに胸のつかえがすっと取れた。
あとは昼すぎから行こうと思っていた狛江湯に、退勤後になったが行く。ぬる湯、温冷交代浴、外気浴のローテーションで2時間弱を過ごした。途中ストレスのもとになったオケラがふわふわと湯気のなかを漂っている気がしたが、前述のパージ作業のおかげで”気のせい”で済ませられた。遅れて狛江湯入りした家人と待合で合流する(まったく連絡を取り合わなかったのに寸秒のちがいもなく同時にのれんから出てきて驚いた)。ぷらったでマンデリンのコーヒー豆100gを購入し、狛江ニュースターで一杯やる。家人は昭和オムライス、自分はもつ煮とあとからタンメンをとった。これから覇権を握るAIについての話をする。爆発的な訴求をしてすべての人に行き渡るところまでいくためには”面(つら)”や”インターフェイス”が重要になるという論旨で、猫型ロボットのリバイバルがあり得るのではないかという主張になった。喋る中で気付いたが、そのラインはすでに円城塔がゴジラSPのなかで「ペロ2」として描写している。2021年4月のTVアニメだから5年前の話だ。家人は寝不足が祟って、嘘でも話についてくる気配が見られず。こうまで話を聞かない態度を取られるとむしろ、ということで反骨心(?)に火がつき、帰りの電車内でも気炎を吐いた。帰宅してすぐに寝る。タンメンの消化がされないうちに寝ることになったので胃の具合がわるくて途中目覚めた。そのときにこれは覚えておこうということを夢のなかで思いついたのだが、あの実在感なら絶対に覚えていられると思ってあえてメモしたりしなかったのだが、次の夢を見たことできれいさっぱり流れてしまった。小中高の友人が東京のAURALEE新旗艦店で働いているところに買い物客として遭遇するという夢だった。なんとなく気まずい鉢合わせだった。
2026/01/29 今日 7469
朝から出社。朝から打ち合わせがあり、午後にも定例のミーティングがあったので一日オフィスにいて、やるべき仕事をこなした。定時で帰って荷物を置いてスタバに来る。『失われた時を求めて』ゲルマントのほうⅢを読み終える。退屈退屈で来ていたのだが最後の最後で驚きがあった。日記を書く。