いろんな回収
2026/01/24 一昨日 20683
朝早く起きてバスケにいく。あたらしいバスケサークルへのひさしぶりの参加になった。今行っているところはどこも和やかな雰囲気で不満らしい不満はまったくないので、あたらしいサークルの探索がついおろそかになった。今はPMの時間帯が演劇稽古で潰れるので、AMを活用したいというニーズがある。というわけで高田馬場まで行った。まずシステムがきちんとしていて、”お上手”なバスケプレーヤーもいるにはいるがそこまで多くもなく、強度もちょうどいいぐらいだったので今後の選択肢に上がってきそうだ。行きの道すがら、寒すぎてなのか朝早すぎてなのかわからないが、一瞬背中がピキッとなりすごく焦った。すぐにコンビニに入って水・朝食を買い、水を中心に補給する。体育館に入ってもまだ余韻があったので嫌な気分のまま準備運動を始めたが、徐々に痛みが引いていって事なきを得た。緊張していたのかなんなのかわからないが、筋をいわせる系の故障はこれ以上は避けたい。肝心のバスケの内容だが、小学校のコートでかなり狭かったからかそこまでガチガチの空気ではなく、自分としては呼吸がしやすい環境だったのでOFリバウンドを中心にけっこう暴れた。ただし、ビッグマンの見本みたいな高身長でなおかつがっしりした筋肉質のプレーヤーがいて、彼とのマッチアップでは手も足も出ず、何もできない情けなさを味わった。多分年上か、低く見積もっても同い年ぐらいなので、年齢を言い訳にできず(年齢を言い訳にはしないぞと殊勝な態度をとれず)苦しかった。バスケはチームスポーツなのでね、とこういうときには諦めも肝心で、チームを勝たせるための動きに切り替えなければならない。一応それはできたと思う。
バスケが終わってすぐ高田馬場まで歩く。渋谷経由で新代田まで移動する。渋谷駅から発車する前の電車内に、相手役の俳優のすがたを認める。驚き、目礼をして、足を止めずにべつの車両まで歩き抜ける。人見知りとかそういうのではなく、ただこの日のAMに追加された脚本に目を通すための時間を作るためであって、向こうにはわからないかもしれないが、ちゃんと合理的な理由があったのである。
しかし、演技経験もなく、人前でなにかやるのが好きそうな感じでもなく、人が好きというわけでもなさそうな男が、何を目的に演劇WSに参加しているのかという疑問はあるだろうと思う。それに関しては自分でもよくわからない。目的と言われて、とくに思いつくことはない。昔は俳優の友達が欲しいという思惑があったはずだが、今はそういうことも思わなくなった。何も考えずに適当なことを言えば、もっと自分のことを知りたいということだろうか。嬉しくない内容を知っていっているような、知っていたことを確認しているような感じで、未知だったり望外の何かを手に入れたという感じは今のところまだ得られていない。ただ演劇の稽古自体はいろんな活動のなかでも相当上位に位置するぐらいかなり刺激的で楽しく、俳優という生態の光る瞬間を毎稽古間近で見れている感覚がある。これは本当に見もので、観客の気分に浸りすぎて自分の出役としての立場を忘れてしまうほどだ。何かを凝視しているとそれにとらわれ、自分の身体を動かすときに適した体勢にはならない。それで心の準備がないまま自分の出番がきて痛い目を見たことも何度かある。その痛みと引き換えにしてでも見たいものがあるとすれば、それは稽古場での俳優たちが発する光だ。話の内容はあまり関係なく、ひとつの場面に感動させられることが何度となくある。
18時半過ぎに稽古が終わり、家に帰ると家人のデザイン学校時代の友人たちの訪問があったので、小一時間ほどボードゲームでいっしょに遊ぶ。デザイン畑の人たちと話すのは新鮮で面白い、と思ったのだが、よく考えると家人が以前勤務していたデザイン企画の会社の人たちとも遊ぶ機会がそれなりにあるので取り立てて新鮮というわけでもなかった。自分が一番年上で気を遣わせる立場なのだが、年上と接するのに比べると得意なほうなのでとくに問題はなかった。問題ないコミュニケーションというのはそれだけで意味あるコミュニケーションとは言えないのでもうすこし爪を立てていかないとなという思いはいつものとおりある。わりと酒を飲んだが翌日にも稽古があるのですぐに寝る。
2026/01/25 昨日 7688
前日の酒のせいなのか軽い頭痛があるなか目が覚める。Lシステインを飲んだのに足りなかったのか、酒のせいではないのかはっきりしないが、とにかくバファリンを飲んで対処する。背中を痛めないようにちゃんと運動前のストレッチをしてから、バーピージャンプを含めたフットワークのトレーニングをする。シャワーを浴びて昼ご飯を食べてから新代田の稽古場に向かう。一張羅を着ていった。稽古場での演出担当の人の演出のやり方は本当に勉強になる。自分のイメージを相手に伝える方法としてこれほど洗練された能力はほかにないのではないか。棋士の将棋の駒を持つ手つきが優美なのと似ている。それは本質ではないのかもしれない。しかし将棋の駒とちがって演劇の駒はパフォーマンスを変化させる生身なので、その変化をコントロール下において最大のパフォーマンスを引き出すことが重要になってくる。すぐれた演出家はおそらくその手並みが人並み優れて秀でているのだと思う。
この日は稽古後にまいばすけっと併設のオリジン弁当で晩御飯を買って帰る。友人から借りた『切り裂かないけど攫いはするジャック』を見る。舞台俳優のテンポは早く、とても早口に感じられる。観客に情報を伝達する素子としての能力が高い。本で言うと読みやすくてきれいな文字というところだ。おそらくそれも本質ではないのかもしれないが、それでも重要な部分なのだろう。
もっといろいろやってみる、のいろいろについて、自分の考えつくことの範囲を超えようとするいろいろを、こういう何もしていないときに考えつけるように、ぼーっと考える時間は重要なのだと思う。そうやって自分に与えられた役について考えているとき、俳優として演劇に向き合っているという感じがある。
2026/01/26 今日 5720
朝から出社。行きの電車内で初場所優勝の行方をハイライト動画で見届ける。熱海富士が心底から悔しそうな顔をしていて、この人は嬉しそうなときには本当に嬉しそうだし、役者だなと思った。それにしても安青錦(まだGoogle変換では変換できない)は、横綱ばりの力強さで、絶対に頭を上げないブルドーザーのようだ。ごく近い距離で既視感があると思ったら切り裂かないジャックで角田さんが演じた老人の姿勢そのままだ。ひとつの舞台上で事がふたつ起こることの面白さというのはじつは映像作品にはできない表現で、うまく内容にもハマっていて”見つけた”感がある良い場面だった。
出社して端末を立ち上げたところ、昔のやらかしという名の面倒事が持ち上がって、前週からのタスクの積み残し対応を今週の自分が引き受ける月曜のダルさが霞む。それでもバスケしたさに昼には在宅に切り替える。キャンセル待ちになっていた新サークルの定員が割れたのでバスケに参加できることになる。意気揚々として面倒事の対処・対応文を考える。パートナーとなる担当者が両サイドともに良い人なので、いざとなれば自分がスケープゴートになりますよという前向きさで事に当たれる。こういう気持ちで働くのはとても気がラクだ。最悪自分が泥を被ればいいだけと思っていたら粛々と進めていくことに何の気兼ねもない。定時すこし過ぎに退勤。バスケに出かける。