ふたつとない
2026/01/04 一昨昨日 13357
連休の最終日。今回の連休はほとんど本を読んでいない。午前中スタバに行って日記を書く。すぐお昼になり駅前で家人と合流。渋谷で昼ご飯を食べることにして宮益坂のラケルにいく。ハンバーグオムライスを食べ、さらに気まぐれでドバイチョコレートのパフェを注文する。パフェなんか食べたのはいつぶりかまったく思い出せないのだが、予想どおり甘くて美味しかった。水だけでの完食が難しかったので紅茶を追加注文する。たわむれに地方都市の話をした。
ミヤシタパークを横切ってPARCOへ向かう。「思い出した?」というパプリカの声を聞く。当時好きだったものをふたたび見ることがきっかけで当時のことを思い出すとき、思い出せないことがたくさんあるということを同時に感じ、むしろそっちのほうに気を取られて、素直に懐かしい気持ちになれないことが増えてきた。もっといろいろあったはずだという口惜しい思いがただでさえ少なくなったリソースを持っていく。思い出した!というときにしか思い出していないのに、せっかくの機会なのに、全然思い出せない!という気持ちに押されて、そのまま手を突っ込んで探すわけでもなく開けたままにして思い出が揮発するのをおそれてまた蓋をするときの「温存」と自分に言い聞かせる言葉の白々しさ。
下北に戻ってダイエーで鍋の具材とスープを買い、家で水炊きをする。いつのまにかノンアルビールで十分リラックスできるようになった。家人がリビングに円鏡を設置した。壁に鏡を設置すると部屋が広く見えるということだったが、たしかにそういう効果はありそうだ。
2026/01/05 一昨日 9231
朝から出社。仕事が嫌な日こそ出社したり上長の席近くに座ったりと、内心とは裏腹のアグレッシブな姿勢を見せることで騙していくライフハック。騙すのはもちろん自分の心だ。昼時間に席移動し、午後は予定されていた打ち合わせをこなす。優先度を上げろと言われ続けてのらくらしてきたのだが、ここが限界というところまで引き伸ばしていた。正対して調査し、今の情報からはここまでしかわからないとはっきり言うことで完結させることができた。最初からそうすればよかったともいえるが、最初からこうすればいいとわかっていたわけではないので探り探りやるしかなく、探り探りやった結果、これでいいという落とし所を見つけられたのは成果だった。2月で退場する人からの業務引き継ぎを受けることになる。業務内容が増えることにともなう契約内容変更の交渉をする潮だと思い、営業に連絡する。交渉がまとまるとは思っていないが、なんでも黙ってやるわけではない、向こうがこちらの要求を断ったというかたちは明確に作っておきたい。そのほか、2026年のスケジュールを立てようとしたり、現状の一日の可処分時間の確認をしたり、一年の計を立てる。平日の可処分時間は5時間あるということがあらためてわかった。日記、読書に3時間当ててものこり2時間ある。その時間を使って何をするべきか。ライフタイムを使ってやりたいことは何か。2025年内に酒を飲まない習慣を手に入れたことで一気に時間が増えた。年始の勢いを借りてスマホからYoutubeを削除し、インスタアカウントも上から目線ストリート以外をログアウトした。家計を改善するためには固定費を削るのが有効なように、自由時間を増やすためにはこの手の”引き算”が重要になってくる。
定時に退勤する。仕組みはよくわからないが、ほぼ座っているだけでとても疲れたのでスタバに寄ることもせずまっすぐ家に帰る。ズートピアを見る。ジュディーが上京するシーンで踊りだしたくなったので踊りだした。上京は地方に住むものの数少ない特権だ。ニックは頭も切れてしかも良いやつなので、揺るぎない正ヒロインのポジションだが、一方で「なんのためにリスクをとってお金を貯めているのか」という謎を未解決のまま残していて、人物像に奥行きがある。
寝る前の時間に差し掛かっていたが翌日のバスケに備える意味で、4分間かるくバーピージャンプをする。
2026/01/06 昨日 18410
朝から出社。無機質なオフィスの廊下を歩いていると突然時間の感覚がおかしくなった。今と近過去を含めた過去が繋がっていないことに気づいたような感覚だった。極端にノイズのない空間で感覚が狂ったのか、それともノイズのなさによって狂っていた感覚がふと正常性を取り戻したのか。何を正常とするかによって答えは変わってくるが、社会的正気は前者だろうからとりあえずそれに倣うことにする。しかし存外、それは絶対のものではない。
この日はバスケなので昼には在宅に切り替える。部署の始動がゆっくり気味なのであまり仕事が落ちてこず、ゆっくり過ごしてバスケに備える。スルタンのゲームもあるし、kindleで購入した『ニッケルボーイ』もある。何事もなく定時退勤。
狛江までバスケに出かける。バスケ初め。一本目のシュートは意識せず打とうと考えていたのだが、そうすることも忘れていて実際にリングを前に何も考えず普段通りシュートを打った。ボールが手を離れた瞬間あっと気づいたのだが、そのままリングに吸い込まれて無事ゴールネットを揺らしたのでよかった。今年はとくに得点にこだわってやっていく。そのためにはまず一本一本のシュートの質にこだわることだ。すこし間が空いたにしては身体が動いた。動画を撮っていたので帰りの電車でかるく見返す。相変わらずキレはない、リラックスしすぎているように見える、これが自分の後ろ姿かと思った。
2026/01/07 今日 1617→6366
友人の友人の家に招待される夢を見た。初対面の男女が多くいる場所だったがあまり緊張しなかった。途中抜けしてバスケに行くが体育館についてからシャツを友人宅に忘れてきたことに気づき引き返す。パーティに途中参加する人とエレベーターに乗り合わせる。話が弾んだのでそのままいっしょにパーティに再参加することにした。
8時半にベッドから起き出す。洗濯物を干す。スタバに出かけて日記を書く。11時から散髪。
散髪後、自宅に戻りサッポロ一番みそとうどんを食べて週末に買った昆布巻きを一個消化する。散髪屋さんに提案してもらった新しい髪型はまだすこし慣れないが、オフの装いということでオンオフを切り替える新手になり、せっかくなので取り入れていきたい。
渋谷に出て『ヤンヤン夏の想い出』の2回目を見る。映画のいいところはもし忘れたとしても見返せるところだ。むしろ夢にせよ現実にせよ忘れたらそれでおしまいというシステムのほうに欠陥がある。二回目を見て思ったのは映画としての完成度でいうと恋愛時代のほうに分があるということだ。ただし随所に見られる映像の強さには並ぶものがないし、伝えようとする内容からして完成度の及ばなさがそのままマイナスにはならない。むしろシンプルな表現としての尺度に奥行きを与えている。完成度の高さというのは必ずしも素晴らしい映画体験の条件にはならないということがはっきりしたようだ。