20260112

日記704

知っていたけど新しい(景色)

2026/01/10 一昨日 15410
朝起きて公園にシュートを打ちに行く。9時前なのにバスケコートには高校生らしき人たちが6人ほど集まってシュートを打ったり1on1をしたりと盛り上がりを見せていた。30分ほどいっしょになってシュートを打った。彼らが帰っていったあともう30分ほど打つ。足の力を安定してボールを飛ばす力につなげる感覚を身に着けようと意識した。あとてフォームチェックをするために動画を撮った。帰宅してシャワーを浴びてからあらためて出かける準備をする。
2026年に入っての初稽古に参加する。あたらしい髪型にしていったらおしゃれな参加者の人に髪を切りましたかと訊かれたり褒めてもらえたりした。子供みたいに照れくさってまともな返答を何もできず、ええまあなどと無意味な音声を発するのみに留まってしまった。そういうときは最低限「ありがとうございます」だろう。それはさておき、あがってきた脚本の読み合わせをする。自分が作る側になったらと考えると、このクオリティのものをレベルのちがう参加者にも不足なく表現させられるように、しかも見ていて面白いを担保できるようにと作れるのがすごいと思ってわりと心底から尊敬してしまった。作・演出の人を尊敬しすぎても自分の場合はすぐ萎縮に繋がるという頭があるから、あまりリスペクトの念を抱かないようにと意識して臨んでいるのだが、それでも帽子を脱がないわけにはいかない。少なくとも自分にはとてもできない芸当だ。こういう無邪気な比較も、相手からすれば名誉というよりも軽侮にみえるかもしれず、安直なことは言えないが、それでも内心ですごいと思うとき、やはり自分と比べるということは発生する。これはほかの参加者つまり役者陣にも同じことが当てはまって、自分は自分だと思おうとするというのが基本スタンスなのだとしてもついどうしても引っ張られてしまう。本に書かれてある内容に沿うような感情の出し方がスムーズで、つい観客席の位置に立たされて感心させられるということが起こってしまい、そこから自分の番がきて演者の場所に移るとき緊張感が倍加される。
稽古のあと、交流会ということで居酒屋にいく。何度か行ったことのある良い居酒屋なのだが、2階に座敷席があることを初めて知った。さすが役者だと思ったのは、みな話したい話したいで、トークがあっちゃこっちゃ行っても誰もあまり気にしていなかったところだ。でもそれは最初のほうの緊張感があるときに顕著で、終盤にかけては落ち着いてきていたので、緊張感への処し方が、自分や自分の周りのやるやり方とちがうというだけの話かもしれない。自分はと言うと隣や向かいの人の話が聞きたい聞きたいで質問するばかりになってしまった。これは最初から想定していたことなので今さら驚いたり反省したりもしないが。稽古が巻きで終わったので飲み会も18時という早めの時間帯にお開きになる。あまり食べずに飲んでばかりだったので解散後に松屋で晩御飯を食べる。牛めし並みと生野菜サラダ。
帰宅してからちゃんみなのインタビュー動画を見る。彼女がどういう気持ちを大事にして音楽をやっているかという質問に対して、まっすぐに回答する場面にはインタビュアーの人も含めた感情の共鳴・増幅があり、それは画面のこちら側それぞれにも届くものだったと思う。ここには届いた。あとは技術的でもありソウルの部分でもあると思うのだが、「ノートには何をどう書いてもいい。昔の自分はノートを友達にしていた」という発言があり、実際日本語韓国語英語をまじえて自分だけの思い・感情・考えを書いていったというのを聞いて、これはかなり重要なスキルで、なおかつコア形成でもあったんだろうと思う。たとえば「言語化」というと、即他人とのコミュニケーション文脈に自動的に回されることがあると思うが、それ以前の停留地点としての言語利用もあって、その文脈での言語化には見逃せない効用がある。自分のための、自分のためだけの言語利用について知っていくべきだ。そのためには感じるだけではなく、言葉を使うということが重要だ。言葉を使えばそれだけで言葉があいだに入ってくれる。とにかく大事なのはあいだにものを挟むことだ。


2026/01/11 昨日 9906
朝起きて日比谷までスートピア2を見に行く。IMAXで見るための映画館選択で適当なのが日比谷だったので代々原で乗り換えて日比谷まで行くことにした。復習と称してさきに見直していたズートピアの興奮には及ばずだった。哺乳類の外、つまり爬虫類が出てきたことで、その外、つまり魚類・忠類に対する扱いが気になった。線引きの問題が前面にせり出してくるように感じられてそれが未消化のまま事件が展開していったのがサイドブレーキを引かれたまま走る車のようにスピード感の損失になっており、タイミングよくぎりぎりで助かる、抜群のタイミングで助け舟が表れるというところに見ていて絶妙に気がつく速度になってしまっていた。ライブシーンなども、ほらこれで盛り上がれよと押し付けられているようで、内心から湧き上がる熱を呼び起こすようになっていなかった。しかし2があれば3もあるというのはもはやディズニー映画の常識なので、3への布石として見ればある程度納得もできるか。もちろんそういった様式そのものはまったく評価しないが。
メキシコ料理屋でチキントルティーを食べて自宅に帰る。昼からの稽古のため稽古場へ移動する。この日も時間ギリギリになってLUUPを使うことになった。立ち稽古でミザンスをつけるということが始まった。ミザンスというのはフランス語由来の演劇用語で、立ち位置や出はけの位置を確認しながら決めていくことらしい。前日の交流会でミザンスとは? という話題があったばかりだったので進研ゼミの漫画みたいな面白さがすこしあった。自分の役と場面が決まり、ミザンスを付けてもらうのと同時に演出を付けてもらう。すごく基礎的な内容だが、基礎こそが重要だというのはあらゆるスポーツに共通することでもあるのでつねに心に留めそれを、たぶんそれだけでもいいぐらいだと思うのでそれだけを意識していこうと思った。それはどの場所にいて相手と話すのか、相手との距離感はどのぐらいなのか(身体の距離、心の距離、声の距離)を考えるということ、まずその感情になってセリフをそこに乗せるという順番は不可逆であるということ、コンピュータで単純化していえばハード・OS・アプリの順になるということだ。相手役の俳優が自分の目からは小学生には見えないという問題があるが、その目はこれから作り上げていくべきなのだろう。本を手放して話すというとき、つよい恐怖心が生じて一気に汗が吹き出した。あのときは役の人物になるどころではなく「舞台上で恐怖している人」の表現にしか見えなかったにちがいない。セリフを思い出すということにリソースを割かないまでにならないといけない。ほかの役など、とんでもないセリフ量でそれをやる人もいると思うと、本当に驚嘆すべき能力だ。それを思うとやはり尊敬してしまいどうしてもビビってしまう。気後れという言葉では足りない。
この日も稽古が早めに終わったので家人と温かいものを食べに行こうという話をして、結果ホルモン青木まで飲みに行く。脂を焼いて食い、ビールで流し込む食事だが、炭火鉢の原始的温かさと衛生的動物食を手軽に手に入れられるというのはなんらかのユートピアなのにちがいない。冷麺もおいしかったし、店員の男の子も脱力系の接客ながら愛想がよく、愉快な飲み食いに一役買ってくれてよかった。コンビニでミルクレープを買って帰る。風呂に入って洗濯機を回す。
何かを作りたいという機運が高まった家人によって自分のプライベートワーク用の名刺を作ってもらった。自分のただの思いつきをカタチにできるのは、自分にはその能力がないだけにマジックのようなもので披露してもらうことに喜びがある。シンプルに役立つというのは当然あるが、それだけじゃない。とりあえずワンコイン以下の価格で100枚刷ることにした。ver1の名刺、あるいはver0プロトタイプの名刺ということになる。


2026/01/12 今日 1998
午前のうちに中目黒に移動する。スタバでニッケルボーイズを読んでから日記を書く。このあとTCBのふたりと目黒散歩をして、18時からバスケに行くスケジュールになっている。

日記704

知っていたけど新しい(景色) 2026/01/10 一昨日 15410 朝起きて公園にシュートを打ちに行く。9時前なのにバスケコートには高校生らしき人たちが6人ほど集まってシュートを打ったり1on1をしたりと盛り上がりを見せていた。30分ほどいっしょになっ...