20260805

日記788

注意するに越したことなし


2026/08/04 昨日 15208
朝から出社。8時頃でもまだ涼しかった。午後から在宅勤務に切り替える。昼ごはんにスパゲティを食べる。腕立て伏せ。1時間すこし昼寝をする。『罪と罰』を読む。急な問い合わせが入り、定時すこしすぎに退勤。喜多見までバスケに出かける。4日あけてのバスケなので疲労の影響がなく身体が動いた。狛江の風神とエースが両方参加していた。競技志向はそこまで強くなかったので和やかで楽しい雰囲気だった。楽しかったのは満足いくプレーができたのが一番大きい。セブンの野菜炒め丼を食べる。この日も酒を飲まなかった。


2026/08/05 今日 6720
演劇WSの夢を見る。主役と会話でやり合う役だったので気が引き締まった。その場で渡された台本をその場で読み込んで、これから始まるというときに場面転換が起きた。場展先は夜中、土砂降り、町中のコンクリート川岸だった。空から大蛇が降ってきて氾濫しそうな川にドボンと落ちた。なんのせいかわからないが傷ついていて液体のようになっていて生死不明なほどだったが、川に落ちた途端に息を吹き返して巨大なワニに変わった。クロコダイルというよりアリゲーターのイメージ。豪雨の中なぜか川沿いを歩く群衆に襲いかかって襲われた人たちはひとたまりもなく濁流に飲み込まれていった。自分もなぜか川沿いを歩いており、なんとかワニに鉢合わせをしない道を選ぼうと、分かれ道にさしかかるたびに二択を迫られて消耗した。何か適当な根拠を見つけ出して一方を選んでいってワニに鉢合わせはしなかったものの、その影を振り切ることはできないという塩梅で、じりじりと削られていった。
午前在宅。洗濯物を干して『罪と罰』を読む。昼ごはんにそばを食べて出社。打ち合わせを2件消化し、問い合わせへの回答をして早めに退勤。白髪ぼかしという名のマイルドな白髪染めをしてスタバにいく。『罪と罰』をすこし読んでから食事会の挨拶を考える。いざ考えてみると原稿がダラダラ長くなってしまう。あらかたボツにしないと話にならないが、染髪中に思い浮かんだキーワードだけは残そうかどうしようか思案中。日記を書く。
この日はひさしぶりにクラシックのスタバにした。地階の席にはひとり客が自分入れて3、二人客が2組。片方は大学生ぐらいのカップルで肩を組んでにこやかにいちゃついている。もう片方は20歳をすこし出たぐらいの若い女ふたり組。元気いっぱい話していてその内容は人間関係の話(男いくいかない談義/彼女いるかどうか)がほとんどで、たまに演技がどう、見た目がどう、次いつ出るのとかいう話をしているので、どうやら業界の人間のようだ。袖の縫い目に黄色いラインが入っているTシャツにうすい青のダメージジーンズ、レモン色のスニーカーという出立ち。話が盛り上がるたびに椅子を大胆に使ってのけぞったり、屈託のない様子が前面に出ている。客が少ないから彼女らの会話だけがフロアに響き渡り、独壇場となっている。リズム系のよく知らないEDMが流れていて浅い時間のクラブの雰囲気を思い出させる。会話の中身からダンスサークル所属の学生だということがわかった。出る出ないなどの話とも符合する。演技うんぬんについてはダンスにそういうパートがあるのだろう。ダンスサークルにおける男女の人間関係というのはBPMが相当高そうだ。と思ったら契約期間がどう、会社でやれるって言ったら、稼げますかという話が始まったので個人事業主(インフルエンサー)か何かの線が浮上してきた。「即完はしなくて、私もやる気無くなっちゃって、コラボした分もないってことになってやめちゃった。ケチケチケチケチ。ケチしかいない。私も何かで稼がなきゃ。そっち系でもいけるんだけど会社に駄目って言われそう。でも結局業務委託だから、自分でブランド作ってやってもいいと思ってます」とかいう話が始まった。仕事やお金の話をしていても、よく言えば屈託の無さ、わるく言えば空疎な感じが出ていて、きっちりと、判で押したような現代的が表現できていた。

20260803

日記787

プラットフォームへ

2026/08/02 昨日 12303
21時すぎに家人と夜の散歩がてらコンビニまで弁当とノンアルビールを買いに出かける。天幕のジャードゥーガルとさよならララを見る。ハンターハンターを楽しみにしつつ23時すぎに寝る。


2026/08/03 今日 6819
友人の家に遊びに行き、犬の墓に手を合わせる。自分とは相容れないところのある犬だったので個人的な気持ちがあったというわけではないが、それでも友人の飼っていた犬ということで赤の他犬ではないので、これでも彼の心の安寧を願う気持ちはあるんだと友人にむかっていらぬ説明を試みた。という夢を見て7時半に起床。そのほか、やぶれかぶれになった半グレ友人のシンプルで粗暴な暴力行為に対して、相手の気持ちを尊重する風を装いつつ(心のなかでは軽蔑しきり)、苦言を呈するという場面なんかもあった。
午前出社の通勤中にジャンプでハンターハンターを見る。バトル場面が中心で普通の漫画のようだった。時系列的に”あいだ”の回にあたり、答え合わせのようにしてすんなり読み終えてしまい、すこし物足りなさが残った。1004号室の兵のなかにルズールスに似た髪型の人物がいたのが気になるといえば気になるが、そんなあからさまな変装はないだろう。ただなにかを仕掛けるとするなら意外とこういう回になるという気がするので一応帰りの電車でも、帰宅後にも都合3回読み直した。
部会という四半期定例で、これからのスキルセットの棚卸の取り組み紹介と課内でのAIを用いたエンジニア仕事の紹介があった。前年までの気持ちを表明する場をつくる月一定例とは質が違っている。新部長による部会のファシリテート自体がエンジニアの仕事だ。前年までのままごとぶりが引き立て役になっていてコントラストがきつい。
帰宅後、作成していたメールを出す。研修を受ける。『罪と罰』を読むの三本立て。あとはそばを食べた。腕立ても一応やった。
定時に退勤しスタバへ。『罪と罰』の中巻を読み終える。日記を書く。
演劇祭募集の時期になった。参加をどうしようか迷っている。これを達成したら参加しようと自分に課していた宿題はまだできておらず、この夏の宿題としてのしかかってくる。ようするに今回も参加したいという思いがあるということだ。
スタバに自分より長身で髪の長い青年がいて、すごいスピードでタイピングをしている。画面表示の色使いのビビットさからおそらくはコーディングなのだと思われるが、一度も止まることなく、淀みなく連続で文字を打ち続けるという芸当を2分から3分のあいだやっていた。グレーのタンクトップに白の短パン、プラダのサンダルという出立ちで、耳にはAirPodsを挿し、ベンティサイズのアイスコーヒーを飲んでいる。細身だし、ムキムキの見せる筋肉というわけではないが、肩周りから筋組織は発達しての自然な逆三角形を成しており、インナーマッスルなどの運動をするための筋肉はしっかりしているよう見受けられる。MacBookでの作業中も姿勢は崩れずずっと良い姿勢を保っており、何かのスポーツをしていることはまず間違いない。総じて只者ではない雰囲気を醸し出している。たぶん最低の人間で、途轍もなく悪い男なのだろう。しかし型の古いiPhoneを両手で扱い、なぜかそれで文字を打っていたりもするので、一部の隙のようなものも兼ね備えており、いわゆる人たらし的な面をも発達させているようだ。彼の辞書には「困惑」の二文字が載っていなさそうである。他にも載っていない熟語は多そうで、辞書としては役立たずだといえる。

プラダ モノリス ラバー サンダル



20260802

日記786

野生のラメロ

2026/08/01 昨日 9569
9時頃に起きる。アイスコーヒーを淹れて『罪と罰』を読む。大きいディスプレイに大きい文字で表示するという新しいKindleの活用法を見出した。そのおかげもあって読書が捗る。訳文がいいのか内容がすらすら入ってきてぐいぐい引き込まれる。20年前に初めて読んだときにさしたる印象を享けなかったことが信じられない。この日記にも以前書いたとおり、まだ読書習慣を確立できていなかった大学一回生の夏だったのもわざわいした。それにしても、それにしてもという感じだ。圧倒的に面白い。これがわからないということもあり得るのだからこわい。罪と罰は他のドストエフスキー作品に比べて明らかに凹んでいる印象でいつか再読しようと思っていたからこうやってサルベージできたわけで、そうならない作品もある程度の数あるのは確実だ。
もし大学生のときから自分の中身が変わっていないとすればかなり狭く限定された人間ということになる。今の時点から見てもあのとき以来たえず変わってこれている。そのことだけでも選んだ道がある程度成功だったといえると思う。頑固一徹というような良さ、漱石枕流という良さは自分にはないが、鋭い感性一本でやっていた高校生時代、新しい発見が立て続けに続いた大学生時代など、これまでに通り過ぎてきた時代の自分から”変わらない”という良さを持たない代わりに得られたものは多いはずだ。自分の感じとしてはアップデートというよりは、その都度その都度、羽化を繰り返している感じだ。
昼ごはんにそばを食べたあと、大久保まで家人が参加する室内楽を聴きに行く。ドヴォルザークの『新世界より』を通しで聴いた。漫画『ブルージャイアント』で演奏者が前に出るときに”ずいっ”と出る描写がある。あれはジャズでしかも漫画だからああいう描写であり表現になっているわけだし、ステージ立てなんかもクラシックとは違う。実際今回見ていても身体的な動きとして実際にずいっと出ていたわけではないのだが、演奏者自身にとって「ここは私のパートだ」というところに差し掛かったとき、ずいっと前に出る感じが見ていて/聴いていてわかりやすくあった。そしてその”ずいっ”という感じが、曲の持つ迫力と融合して、場の琴線を鳴らすことに成功していたように思う。張り詰めた弦が震えるみたいに、じーんとくるものがあった。
演奏会が終わったあと大久保から新大久保までを横断。歩きながら氷結無糖の期間限定「日向夏」飲む。モバイルバッテリーをコンビニで借りる一コマを挟み、旅行気分を味わえる趣向の韓国料理屋「まもなく仁川」に行って、食べ放題焼肉を食べる。焼肉はそれなりに満足感があったし、いくらでもサンチェという名のレタスを食べられたのは嬉しかった。そのほかハットグだとか流行りの食べ物をいくつか消化できてよかった。ただし、ロングポテトのコンソメ味が金魚の餌のような匂いをさせていて酸化した油で揚げているのかどうしても喉を通っていかなかった。その”とんでもなくマズい”にその他の印象を上書きされて終わってしまった。
帰宅後、バレーボールネイションズカップを見る。準決勝でアメリカにフルセットの末敗れてしまった。フルセットまでもつれることが決まったタイミングでアナウンサーがうるさいぐらい「ここまで日本はフルセットまでもつれ込んだ試合は全勝です」を繰り返していたので嫌な予感がしていたのだが、こうやって書かれることになる大体の予感がそうであるように、今回もきっちり的中して、日本の決勝進出を妨げた。マッチポイントを取られたあとに無理筋のチャレンジをしていてちょっと残念な負け方だった。やらないで済まないことをただやっただけの話かもしれないが、ちょうど画面に映されたアメリカの選手が「ああ、チャレンジしたのね。ご苦労さん」とばかりニヤニヤしていて、それはそうなるよなと思いつつ、それに対してちょっと腹立たしい気持ちにさせられたので見ている方としては溜飲が下がるどころか、という話になった。


2026/08/02 今日 11108
8時半に起きて、家人とピックルボールの会に出かける。サーブやミニラリーの練習をしたり、3点マッチをしたり、楽しく汗を流した。体育館の設備の問題でフル冷房をつけても暑いぐらいだったので楽しくというにはすこしく多量の汗が噴き出していた。いわゆる”高齢者”にさしかかるのではという人の参加も多かったので熱中症の心配をしたが、何せ参加者が多いのでそこまで気が回っていなさそうな雰囲気だった。大人だから自己管理しようということかもしれない。しかしこういうときには部外者然としていないで水分補給しようと声がけするぐらいの行動はとらなければならない。これは積極性・自発性うんぬんの話ではなく、私ぐらいの年齢の人間が率先して行うべき役割の話だ。20代のときにはそんな声がけをするのは土台無理な相談で、実際そんなことはしてこなかったが、今の鈍麻した感覚をもってすれば無理ではないどころかそこまで難しいとも感じないので、ただできることをやればいいというだけの話だ。協力して楽しめることは協力して楽しもう。
南中のおそろしく暑い道を途中休憩を挟みながら歩く。いちどは図書館で、にどめはカレー屋に入って昼食を兼用するかたちで、さんどめはコンビニでチョコモナカジャンボを買って、休憩しないと15分の道のりを一気に歩き詰めることはとてもじゃないができなかった。チキンサグカレーとナンが美味しかった。
帰ってきてシャワーを浴び、『罪と罰』を読む。ラズミーヒンにふたりを捨てるなと言い残すくだりがまずよかった。アルカージイのラスコーリニコフの夢の場面からシームレスにあらわれる登場の仕方も、物の言い方からわかるキャラクターも魅力的だった。殺人成功者として何かを共有しようとこちらをうかがってくる感じというのが他に見たことのない人物造形になっている。それにくらべての、ルージンの小物だが自分の世界に閉じこもって他人に害をなす悪人ぶりが過不足なく描かれ、彼の思惑を挫くというかたちでの小カタルシスが小説全体の真ん中あたりに配置されているのも、ドラクエ6のムドーやドラクエ3のバラモスという往年の中ボスを想起させて好ましい。しかもそれでめでたしめでたしとはならずに、ラズミーヒンにふたりを捨てるなと言い残して去ることになるラスコーリニコフの明るい局面によって引き立てられる絶望、その絶望を起点としてソーニャに会う必要が生じる心の動き方、そしてその会見で得られたもの(期待していたものも期待していなかったものも)、これらが無駄なく順を追って提示されていき、流れるように運ばれていく。とくに第四部の一連はすばらしい演劇を見ているようだ。四部の四で、アルカージイが椅子を運んできて結ぶところはあまりにも見事で、舞台を見ているように錯覚し、その錯覚の内部で実際に暗転になったように思われた。
日記を書く。夜ご飯は21時すぎになる。スーパーかコンビニで買ってきたご飯を食べ、お酒を飲みながら天幕のジャードゥーガルを見るつもり。


20260731

日記785

夏の大三人

2026/07/28 一昨昨日 17536
午前出社。仕事をして午後から在宅。バスケで国領まで出かける。疲労で足が痛く、あまり良い感覚でプレーできず。そのほかは酒を飲まなかったことぐらいしかトピックがなかった。やや低調。やや低調ぐらいが一番出力がない。熊本で震度7の地震があった。


2026/07/29 一昨日 6410
午前在宅。洗濯物を干したりする。午後出社してからは打ち合わせ2件。顔を合わせたくない人間ほど目の前をちょろちょろしてきて鬱陶しい。蚊がプゥーンと鳴くのと似ている。自分はポリシー上叩き潰せないが、頭のなかではそれに準じる扱いをしている。すこし残業になるがまっすぐ帰宅して映画『レンタルファミリー』を見る。ロケ地当てクイズの側面がありそれが面白かったぐらいで流し見しても問題ないと判断した。そういう映画の見方が一番時間の無駄だと知っているのにサブスクで映画を見るとき3回に1回ぐらいはそういうことをしてしまう。企画に沿ったプロットがあり、プロットに沿って人間が動いている感じがあると、企画を見せられている感覚になる。それに2時間も必要ないと思う。映画だから2時間分撮って編集したということでしかなく、自分から見たこういう映画への不満の正体は、2時間を埋めるため、前後を繋げるためのシーンが目につき、気持ちが入らないということかと思う。この日も酒を飲まなかった。

2026/07/30 昨日 17291
午前在宅。昼ごはんを済ませてから出社する。この日も打ち合わせ2件、あとは月次の部会に参加。バスケをしたいという機運が高まったので急遽参加することにした。定時即自宅にとんぼ返りして荷物を持ち替え、東中野まで行く。途中雷鳴が乱発し、おそろしい夕立ちに降られるのではないかと危ぶんだが、LUUPで体育館まで行く道すがらなんとか持ちこたえてくれた。この日のバスケは好調だった。夏前と同じぐらい足を動かしてもオーバーヒートすることなく、走り回れたのが大きい。好調の原因は、1.夏慣れ 2.手足に汗が出ない症状に対して処方された内服薬 3.アルコール抜き 4.アクエリアスの導入 のうちのどれかだろうと思う。夏慣れが一番大きいのではないかと思っている。しかしまあアルコールの線も外せないかと思い、この日も飲まなかった。アクエリアスについてはいつもの水+塩タブレットでの運用より高効率ハイドレーションになるのかもしれず、手軽に導入できるのでしばらくは続けるつもりでいる。可能なかぎり早く家に帰り着いたのだがご飯を食べながらテレビを見てしまい、寝る準備をするのが遅れ、翌朝出社なのに寝る時間が遅くなってしまった。テレビに久しぶりにローラが出てきたからだ。番組は有吉夜会だった。路線を大きく変えないながらもコメントの内容は落ち着いている印象。単純にテレビ的にはつまらないが、ローラという人物に興味をおぼえていた身からするとこのマイナーチェンジをもう少し見ていたいと思わせられた。ただ出演番組を探してまで見ようとは思わないし、結局「久しぶりー☆またねー」で終わると思う。新潟での生活が充実しているのだろうから本人的にもそれでいいのだろうし。しらんけど。
GEZANのボーカルマヒトゥ・ザ・ピーポーが異性との問題を公表した。性加害ということらしい。こういうときにあらゆる人間が吹き上がって罪を云々するが、まず被害総数を確認するべきではないか。そうしないと適切な批難はできないと思う。伝えるべきメッセージをブロードキャストする”伝達素子”は格好良いということを要求され、格好良いということが仕事の大半を占めると思うのだが、今回の件はかなりダサいのでそれが彼に特有の罪ということになると思う。それ以外、他人を物あつかいにするという一般的な罪もある。どちらが重いかでいうと後者だが、特有の部分は前者だということになる。複数の被害を同じかたちで繰り返したということについては特有の部分が寄与している。すなわち格好良いこと、魅力があること、力があることをもってめちゃくちゃをしたわけで、その力の使い方自体は格好良いとは到底いえない。ダサいことの格好良さとかいう回路があることも考えると、格好良い/ダサいという路線で考えることは適切ではないのだが、そもそもの原因は彼が格好良いとみなされていたことにあるわけなのでそこを避けては通れない。実際には全然格好良くなかったということがわかり、そうすると我々は騙されていたということになる。そして見抜けなかったということにもなる。しかし格好良かった部分があるというのも避けては通れないのではないか。今回の件とそれまでにズルズルと繰り返していたのであろう他人との向き合い方、関係の作り方は、端的にダサいし、最低で、格好良くないが、それにもかかわらず格好良いところがあったということは言えてしまう。部分的には今も言えるはずだ。格好良いということは、その対象になる人間に全人格的にそうであることを要求するような特殊なタグだと思う。そしてそのタグを付与するのは本人ではない。見誤った罪、見極めようとしなかった罪というのがあるとすれば、彼は特別だ、とくべつ格好良いスペシャルな人間だ、とただ有名なだけで有名人扱いにする適当な見立てに表れている。
今回の件で、無能な味方は有能な敵よりもおそろしいと思わさせられた。がっかりしたということだが、そもそも走る人間の衝動はほとんど必然的にアンコントローラブルで、そこに魅力の本源があるのかもしれず、そういうものに魅力を感じてしまう感性を修正するべきなのかもしれない。自分としては常に警戒しているつもりなのだが、今、まっすぐ”走る魅力”を打ち出されることによって虚をつかれ、時代を共有しているという勝手な仮託もあり、伝達素子として適格だと思い込んでしまったという話だ。粗品の言い分ではないがちんぽ問題は相当大きい。マヒトゥ・ザ・ピーポーが風俗に通って”適切に”衝動を管理していたとしたら、今回のような問題にはならなかったと思うが、自分としては格好良いとは思えず、伝達素子の役割を担わせないという判断をしたはずだ。そしてその感覚はピーポーとも共通していたのではないか。いろんな人がいて、他人は自分ではないということを正確に捉えようとすると、簡単なことというのはありえないのだと思う。


2026/07/31 今日 5011
7時半に起きて出社する。同僚の人と認識を合わせるための打ち合わせ。たくさんのタスクを自発的に拾ってくれて、よくできた人間だと感心させられる。仕事人間でありかつ人格を兼ね備えた稀有の人材だと思う。しかし私にはそれに倣おうという気はない。午後在宅にする。寝不足を補う活動(昼寝)をしていたらつい時間が過ぎすぎて、小一時間の残業になってしまった。やれやれ。電車で一駅、スタバに行って日記を書く。あとは書くべき文章を書くために精神を集中することにする。合間に読書もしようかな。文庫で『さようならコロンバス』かKindleで『罪と罰』か。

20260727

日記784

流れ集合


2026/07/25 一昨日 11348
8時すぎに目が覚める。前日は予定していたより早く22時には帰京し、その流れですぐに寝たので自然早起きのかたちになった。最近ハマって遊んでいるvlogのSNS「setlog」を見ていると、子を持つ友人たちはふたりがふたりとも6時とか7時には完全起床のタイムスケジュールを生活していて、それに比べると休日の8時起きはまったく早起きではないということになるが、結局何と比べるかということで、ようするに自分の平日の生活と比べて早起きということだ。そして早起きは三文の徳という言葉があるとおり、K2で10:00〜『親密さ』の上映があるということに気がつき、家人を誘い合わせて映画館に向かうことにした。これなどは歩いて10分とかからない場所に映画館があるからこその朝の贅沢で、映画の上映時間がインターバルあわせて4時間強あるというやや足重りする要素を払拭するだけのフットワークの軽さをを提供してくれた。自分が『親密さ』を見るのは2度目だが、家人とこの映画を見ることがかなって嬉しい気持ちもあった。演劇という現実を介して”映画の虚構”が”実際の現実(=この世界)”と繋がるように感じさせるところがあって、リアリティというのは入り込んでいくものあるいは入り込んでいく感覚のことだと思わせられた。リアリティがあるというのは、そこに入り込んでいるという感覚を与えながら同時にそれに気づかせない瞬間を作ること、あるいは目を瞑ったときに視界が暗くなることの謂いだろう。長塚敬三Tシャツが売られていたのでたまらず購入する。ユニクロで役所広司Tも購入しているので、はからずも今夏、憧れの俳優Tシャツが2枚手に入った。
一旦帰宅してTシャツを家においてから渋谷に行く。ヒカリエで買い物をする。体感2時間以上はフロアを昇り降りしてようやく探していた進物が見つかる。時間をかけただけあってこれは良いと思うものを見つけることができた。NHKプラスで大相撲を見ているとahamoの30GB上限まで使い切った通知が届いた。久しぶりにMAXまで使い切った。ワールドカップと大相撲のせいだ。
下北ミカンの韓国料理屋ハヌリに入る。とにかく暑いので考慮なしで生ビールを注文する。しかしなんと、到着したビールがぬるく、心底がっかりしてしまった。この店はもう二度と来ない認定したあとで、サムギョプサルは美味しかったし蒸しサムギョプサルも美味しかったのでその分、残念さが増していくことになった。さらに会計するときにビールが通常600円のところ今週末だけキャンペーンで39円になっていたということを知る。合点がいったし、1180円得をしているわけだからある程度溜飲は下がり、それにあわせて認定を取り下げても良さそうなものだが、それでも食事の恨みという感情は消えていかず、600円払ってでも一杯目のビールの喉越しを求めたいものだという文化人的な観点からも経済合理的な評価を強いてしりぞけることにした。夏の飲食店で一杯目のビールがぬるいというのは犯罪的な過ちなのだと肝に銘じるべきだ。そんなビールを提供するぐらいなら「売り切れ」と言ってほしい。
帰りにミスタードーナツに寄り、もっちゅりんのみたらし味を買う。レジに並ぶ短い時間のあいだにも若い女がどんどんミスタードーナツに吸い込まれていっていたことから、もっちゅりん人気のおそろしさを実感させられた。人気にあやかってまっちゅりんと名乗ろうかと家人に相談してみたところ、賛成も反対もされなかった。あやういところで正気を取り戻した。


2026/07/26 昨日 14525
9時頃に起きて『さようならコロンバス』を読む。来月の読書会の課題本なのだが、チャプター1,2を読んだだけでさっそく昔の小説という感じが伝わってくる。”土人の女王”という言葉遣いは直接的だが、そうでなくても黒人の描かれ方、登場人物の黒人への態度を見ると、黒人差別を差別と考えていなさそうなのが浮き彫りになっているようで相当げんなりしてしまった。文学においては哲学・思想よりもこの手の「一発アウト」の影響が出やすい。前者は後者にくらべると論理的な破綻に対して瞑目的な態度を取りえないので、一方の権利を認めつつ他方の権利を認めないという単純な論理的誤りに立脚するということが少ないのに比べ、文学はそのあたりを曖昧にぼやかしておけるからこそ、瑕疵を瑕疵とも思わず丸出しにできてしまうという弊がある。意識されないスノビズムが忍び込むようなたぐいの、いわゆる二流どころの作家に多いミスだと思われる。文学的価値とでもいうような、曖昧で微妙だからこそ価値をもつものが現在時点での倫理観を覆す、覆すとはいかないまでも目を瞑らせることは、例としてもほとんどあり得ない。現今の倫理をアップデートし続けるだとか、倫理的に不足する箇所を作らないというような社会規範充足的な観点では、文学的価値のように曖昧で微妙な価値を遠くまで運ぶことはできない。肯定できない事物や条理を取り除いて書くのではなくそれも含めて書く、しかし決してそれを肯定しないという書きぶりが必要になる。書くことで否定するのではなく、だからといって肯定するように書くというのでもなく、ただ書くということ。そこから読む側で肯定や否定を導き出せるように書くということが必要になる。決して”愚かな読者”を想定してはならない。愚かな読者状態にある者も、しかるべき経路を経て必要最小の知性をいつかは獲得し、そして運良く出会えるということに期待して書くべきだ。あらゆる個人にとっての最高地点において成される個人的行為としての”読書”に、書き手として期待していけない理由はない。得ようとする意欲が衰えた人、学習によって高みを望もうとしない人、些事に忙しく気力体力に慢性的な不足をかかえている人、彼らのために遠慮して書くということをしてはならない。短く、わかりやすく、ただ嬉しいということの逆へ進まなければならない。それにしても、もし方向がふたつしかないとしたら、だが。
大相撲千秋楽を見てからつつじヶ丘までバスケに出かける。優勝決定巴戦は本割で一敗地にまみれたアオニシキが熱海富士相手に即日雪辱しての優勝になった。怪我を押して霧島・熱海富士相手の2連勝というのは規格外の強さだと言っていいと思う。バスケは初めての体育館だった。コートがやわらかくメンツも柔らかい感じだったのでのびのびとプレーできて楽しかった。このところの不調は、何のことはない、周囲のレベルについていけなくなっていたようだ。ダイチャリに乗って喜多見駅経由で帰宅。家人とタコスパーティーをしながら天幕のジャードゥーガルを見た。私はいま満足しているという意味での「最高やな」が口をついて出た。最高ということに疑問というのではないが、それでもWonderの感覚はある。驚くべき最高だ。


2026/07/27 今日 4657
物語規模感(ストーリー・スケール)的に満足いく内容の夢を見たという記憶があるのだが、中身については例によって覚えていられなかった。こうやって夢を忘れてしまうのはせっかくの経験を無にするようでどうしてももったいなく感じてしまう。在宅勤務。前夜にハンターハンターを読んでしまっていたが起きてすぐ読み返す。皮膚科の医者にかかりにいく。もともとのトラブルと汗が出ない最近のトラブルを相談した。問診の結果とりあえずということで内服薬を試すことになった。
お笑い番組水曜日のダウンタウン/スベリドリームマッチと、アメトーーク/立ちトークをTverで見る。仕事のタスクを消化してからほぼ定時で退勤しスタバへ行く。日記を書く。家人が『急に具合が悪くなる』の2回目をK2に見に行くと言うので自分ももう一度くらいは映画館で見ておこうと思い、見に行くことにする。今日はかなり久しぶりに酒を飲まない日になりそうだ。あと毎日の腕立て伏せは一応続いている。

20260724

日記783

ものすごく明るくてありえないほど暑い

2026/07/23 昨日 10515
午前在宅。昼から出張で志摩に移動。途中名古屋駅のタリーズでテレワークをする。伊勢志摩ライナーで鵜方駅まで。合計の移動時間が5時間ぐらいになった。
ホテルにチェックインしたあと職場の人とご飯を食べに出る。リーズナブルな中華でビールが中瓶で500円だった。コンビニで氷結を追加してホテルの入口にある喫煙所で追加時間を過ごす。当たり前のように仕事の話になって、それを当然のように受けている。他に話題がないから無難ということもある。それにしてもつまらんから、なんとかワールドカップの話題を取り出した。ただこちらもすぐに昔の選手の話に落ちていった。過去の話でもいいから俺の知らない話を聞きたい。聞きたいなら聞けばいいんだからべつに聞きたいとも思ってないんだろう。しかし納得できないことは納得できないとはっきり言うタイプの人らしいということがわかったのでそれが良かった。仕事でもなんでも骨のある人は付き合っていて気がラクだ。よけいな遠慮をしないでもいいから。23時過ぎに寝る。


2026/07/24 今日 6215
8時15分に予約したタクシーに乗って、ホテルから現場に向かう。海の至近まで行ったのだが海は堤防の向こうにあり直接目にすることはなかった。11時には予定作業があっけなく終わり、会社の人に車で駅まで送ってもらう。特急が1時間来ない時間帯だったので駅前で昼ご飯を食べることにする。ステーキハウスに入って300gのステーキを食べる。店の奥さんがサービスですこし多めに肉を切り出してくれた。たっぷりの牛肉を堪能した。たしかサガリだったと思う。
伊勢志摩ライナーで名古屋まで。駅のコインロッカーに荷物を預けて地下鉄に乗る。まずは東山線、栄で乗り換えて名城線の右回りで名城公園駅まで。IGアリーナにはためく大相撲の幟を見物する。たぶん10分ぐらいしか歩いていないのだがフラフラになった。あわててスタバに入る。すぐに止んだがすこし頭痛もあって危ないところだった。天気のアプリを見るとその時間、15時台は40℃あったらしい。外を見ると子供たちが特設ビーチバレーコートでビーチバレーをしている。とても元気よく狂っていておそろしかった。スタバのソファに深く腰掛けてNHKプラスで大相撲を見る。18時半ごろに弟と合流してご飯を食べに行く予定。

20260722

日記782

生産者の顔


2026/07/21 昨日 18408
朝から出勤。暑すぎるのと電車のすし詰めに久しぶりに食らう。立ち位置を間違えてはいけないというキホンが抜けてしまった。
昼に予定通り退勤し、帰ってからそばを食べる。腕立て伏せを一応やる。大相撲を見る。
定時退勤して喜多見までバスケに出かける。暑さに慣れるためと称しあえて20分強の道を歩く。当然ながら汗みずくになった。体育館にはいち早く到着。照明や冷房をつけ、リングを下ろしてと準備をする。やる気まんまんなのに身体がついてこない。手足から汗をうまくかけないで顔からばっかり汗が出る。それで熱処理が追いつかず、ちょっとどうなのと自分でも思うくらい、心配されるぐらい息が切れる。バスケを終えてからダイチャリに乗ったり電車に乗ったりの小一時間ぐらいはずっとゼエゼエ言っていた。足や背中が痛くなったり、心肺機能に不足をおぼえたり、身体さえ好調になればという状態でバスケを続けてきたが、いよいよ本格的なアウツが近づきつつあるのかもしれない。もっとやれるはずなのにという歯がゆさがあって、心肺機能の限界はもうすこし先にあるので後先考えなければ走れるという状況だったので最後のゲームで限界をちょっと超えてしまった。それで帰り道ぶっ倒れそうになっていたらしょうがない。結局自分にやれるだけのことをやるしかないんだけど、ここまではやれるはずという期待を下回る回答を自分自身の身体にされるのはこたえる。酒を飲んでから帰宅。ご飯を食べる。シャワーを浴びるなどして1時ごろ寝る。ふて寝ならぬふて起き状態でこんなことして良いことなんかひとつもないのだが、まさにそのためにこそやってしまうという広義の自傷行為だ。情け ない。寝る前に熱にうなされていたら家人がコップ1杯の水と保冷剤を差し入れてくれた。のどが渇きすぎてうわ言のように「水、水」と、言おうともせず言ってしまっているときに差し出される【1杯の水】そのもののうまさがあった。たす かる。


2026/07/22 今日 5814
広域合同修学旅行みたいな大規模イベントで温泉宿泊施設に泊まっていたのだが、集団行動をガン無視して家人と湯につかっていると一番こわいと恐れられていた先生が顔を真っ赤にして突入してきた。叱責せんとする勢いがあまりにも強大だったので、いつも自分がやるような無抵抗恭順の構えでは血が出るほど顔などを殴られると直感し、火に油を注ぐことになってもこれ以上の火勢はもはやあり得ないと確信したのもあり、真っ向から歯向かって殴り合いをすることにした。読みは的中し、相手にはまさか反撃を食うとはという困惑が読み取れ、被害を最小限に抑えることができた。それでも自分に勝ち目があるとは思っていなかったし、実際殴り合いをしていても勝てる見込みはまったくなさそうだと頭のなかでは冷静にデッドエンドを予想していた。ただ、それとはべつに、開き直って破れかぶれに行動することの痛快さを得てもいた。誰か助けに来いと思っているうちに朝になって目が覚めた。最初から朝だったかもしれない。
そのほか仕事関連の心配ごとなども夢うつつのなか、容器の中からあふれる泡のようにふくらんできたり、すこし情緒に不安定を感じる朝だった。前日に初めて飲んだコエンザイムQ10が消化器官を通して脳に作用したのかもしれない。
午前中には洗濯物を洗濯して干し、洗濯機が回るあいだには二度寝もした。午後から出社。打ち合わせをこなしこなしで気づけば定時すぎになっていた。この日中に対応と言われた頼まれごとがあったのでさらに残業し、19時近くの退勤になった。さすがに日は落ちていたがそんなの関係ねえとばかりばか暑い渋谷の道を歩いて乗り換え電車に乗り、下北沢に移動する。この日を活かすためにと強いてスタバに入り、暑さが暑いのでさすがにアイスラテを注文。飲みながら涼みながら日記を書く。通退勤の電車内では『罪と罰』を読んだ。ラスコーリニコフと妹との緊張感のあるバトルのシーン。雑魚相手にどのように振る舞うかについての兄妹の対立は、相手が雑魚か雑魚じゃないかの次元を最初から超越していて話が早いうえに、本質的な、どちらが正とも言い切れないアティチュードの話が展開されることになっていて読み応えがあった。そんなのは当たり前すぎて誰も言わないことだがそれでもやはり谷崎とはものが違う。

20260720

日記781

奇天烈暑熱

2026/07/18 一昨日 5653
スタバを出てダイエーに寄って食材を調達する。荷物の重さと気温のためLUUPで帰宅。昼飯はスパゲティ。大相撲を見て仮眠を取ってから読書会に参加する。谷崎潤一郎の『卍』回。作品を貶すと決めたらそう腹を据えて、日和ったことを言ったりお茶を濁したりせず、コメントに切れ味を意識したほうがいい。そうわかっていてもそうできる芸があるわけではないので、結果日和ったコメントじみてしまう。第二部にもだいたい21時まで参加する。次回の課題本は『さようならコロンバス』に決まった。知らない作品だったので楽しみだ。3位決定戦をオンタイムで見るために早く寝ようとしたのだがそれには完全に失敗し、見逃し配信で見ることに決める。


2026/07/19 昨日 16797
9時頃に起きて予定通り見逃し配信を見始める。フランスvsイングランドは負けたくないという気持ちが抑制されたオープンな展開になり、サッカーの面白さが凝縮されないかたちで表現されていた。真剣勝負ではなくても、その度合をいくらか下げても十分面白いスポーツたることを証明するかのような試合で、サッカーを好きで見てきたことに対するご褒美のような試合だった。前半で4−0、試合終了時には6−4というスコアだけでも馬鹿試合なりの面白さを想像できるだろうと思う。実際に見るとそれにも増して面白いところがある。とくにエムバペの2点目は芸術的なコンビネーションで目覚ましかった。
昼ご飯にスパゲティを食べる。大相撲を見て中井へ。新しいバッシュP400を卸す。重さは感じない、グリップもある、クッションもちょうどいいと、最初の感触は良かった。しかししばらくプレーするうちに、とくに右足首の前面が靴にあたって痛いという問題がでた。さらに右足のくるぶしとアキレス腱のあいだあたりに靴擦れができた。靴が足に馴染むまでの問題だったらいいんだが。あとは3時間のあいだに身体の熱が上がる問題が発生した。意識が若干うすくなって見当識が不安定になるので、肺活量の限界付近まで全力でダッシュするのを控えてしまう。
最寄り駅で飲酒してから帰宅。シャワーを浴びたりご飯を食べたり、ハンターハンターを読んだりして寝るのが2時ぐらいになる。翌朝4時からワールドカップ決勝を見るにしては破滅的な就寝時間だ。


2026/07/20 今日 6938
4時に起きて眠い中スペインvsアルゼンチンの決勝戦を見る。スペインのボールを保持することで相手の攻撃機会を減らす作戦が盤石すぎた。延長後半にスペインが得点し優勝を決めた。試合後睡眠不足で頭痛がしたので倒れ込むように寝る。高校時代が舞台の残念な悪夢を見た気がするが内容を覚えていない。
12時に起きて家人が買ってきてくれた弁当を食べる。洗濯物をしたりハンターハンターを読んだり大相撲を見たりする。あるキャラクターたちのここへきての再登場に連載漫画を読む体験の素晴らしさを再確認する。文字の多い序中盤を越え終盤のほうのページをめくったとき、実際に胸が高鳴った。酷暑体験として16時に一度、17時半に一度外出する。16時にはコンビニまでの往復で10分、17時には公園まで散歩して30分。イヤホンをして出たのだが、歩くうちに耳からドクドクと鼓動が聞こえてきた。帰ってきてシャワーを浴び、日記を書いてから、買ってきたお酒を飲んでご飯を食べる。

20260718

日記780

ひと味ちがう


2026/07/14 四日前 15283
一日在宅。午前中に腕立てをする。午後は大相撲を見る。定時に退勤して新宿のスポーツショップに行き、購入検討していたバッシュ(ニューバランスP400)の試着をする。サイズ感はやや小さめと聞いていたので29になるかもと思ったが、29だと長さの余りが大きくて靴が引っかかる感覚があり曲げようとしたら折れ曲がるぐらいなので、やはり28.5が適格ということに落ち着いた。自分の足のサイズは28.0〜28.5のあいだになりそうだ。急いで狛江に移動する。移動中にバッシュをオンラインショップで購入。色はトーナルカラーのグレー。はじめてニューバランスのグレーを履くことになり楽しみだ。狛江からダイチャリをとばし、5分遅れで体育館に到着。バスケは普段よりもひとつレベルの下がる回だったので楽しくできてよかった。駅前の業務スーパーでキムチ1kgを買って帰る。


2026/07/15 一昨昨日 5514
4時からワールドカップ準決勝フランスvsスペインを見る。スペインはまさに攻性防壁のように、相手に脅威を与えるオフェンスをつねにちらつかせる守備でフランスの攻撃力を抑えていた。相当強いんだと思う。試合を見届けてから二度寝をする。そのために午前休をとっていた。
午後から出勤。打ち合わせに参加する。定時に退勤し、日が暮れる前に最寄り駅でビールを飲む遊びをする。帰ってご飯を食べてすぐに寝る体制に入る。翌日の準決勝第2試合のためだが、うまく寝つけずに結局23時近くになる。予定変更。


2026/07/16 一昨日 18394
4時に起きる予定を断念し、7時に起きてNHKプラスでイングランドvsアルゼンチンを見る。情報を断って見ることでLIVE感を味わえた。イングランドは後半にゲットした1点を守りに入って一気の攻勢を許した。やはり持ちこたえられず40分以降に2失点で逆転負け。ブラジル戦の双子のようなゲーム展開だった。バッシュP400グレーが届く。テクスチャの質感やグレーのトーンが格好良く、デザイン面でこれ以上のバッシュはないと思う。バスケットボールシューズに限定しないでもかなり上位に入る。まずは体育館で履いて、クッションのへたりなどで履けなくなったら外履きにしようという思惑にぴったりだ。
午前在宅。午後から出社。ミーティングに参加したりタスクを消化したり。定時に退勤し新井薬師に向かう。早すぎる到着になったので途中高田馬場駅や新井薬師のスーパーでただ時間をつぶす時間が発生した。
熱中症対策というわけではないが、冷却能力の低さをカバーしようと氷漬けのペットボトルを買っていった。プレーの合間にそれを首筋に当てるなどして身体をすこしでも冷やそうという試みだ。それのおかげでこの日はごくかるいオーバーヒートで済んだ。LUUPで東中野まで移動して中央線経由で帰る。


2026/07/17 昨日 12125
ここ最近寝付きがよくない。寝るのが遅くなっているから起きるのも遅い。午前在宅。昼一番の打ち合わせのために出社する。打ち合わせのあとは問い合わせへのありあわせの回答。定時すこし過ぎに退勤。GW駅から水色に乗って東京駅まで。遅れている中央線で三鷹まで行く。友人Nと合流即ビールで乾杯。サイゼリヤからすーさんちという飲み屋のコース。サイゼリヤではテレビゲームの成長とともに成長過程を経たわれわれ世代の僥倖について、すーさんちではワールドカップ関連で「メッシがすごい」という話をする。メッシは好きなサッカー選手ではないのだがそれでも認めざるを得ない、圧倒的な個だ。23時すぎに解散。友人Nを直接、京都の友人Tと浜松の友人MをLINEでセットログに誘う。帰宅してハンターハンター蟻編のクライマックスを読む。この話の前にわれわれはみな機械的に感動してしまう。われわれは感動して身体から液体を出す機械だ。自分の場合、レイナとプロブーダのところからスイッチが入って脳のある部分がぐわんぐわんと揺らされ心臓がじんじんするという反応が起こる。この話を読むとき毎回だ。


2026/07/18 今日 1371
7時に目が覚める。なんとか無理やり二度寝して9時に起床。ぼーっとして朝ご飯にバランスサポートブレッドを食べてからスタバに向かう。日記を書く。『罪と罰』を読む。この日は夕方から卍の読書会がある。

20260713

日記779

未来を選べ

2026/07/12 昨日 18713
6時に起きてイングランドvsノルウェーを見る。ノルウェーのゴールが取り消しになるハーランドのファウル判定など、審判の裁定には首を傾げざるを得ない。VARは良いがそれを導入する判断には疑問が残るというのもある。ノルウェー人で納得できている人はいないだろう。勝敗のあるスポーツという時点で裁定への不満をゼロにすることはできないとはいえ、思ったほどの納得感が得られているとは思えない。それはそれとしてベリンガムの2点目は見事だった。実際にその動きをされるまで予想できないステップでありながら、映像で見ると動きに必然性が感じられる。無駄な力みが一切ない。イングランドの準決勝進出を見届けてから二度寝する。
起きてからスパゲティを食べて腕立て伏せ。スヌープ・ドッグのインタビュー映像を見てスヌープ・ドッグが好きになる。とくにホワイトハウスでジョイントした話が面白かった。エピソードトークが上手すぎる。スヌープ・ドッグの名前の由来を調べてみたらあまりにも直球そのままのネーミングで笑ってしまった。しかし彼の言う「”自分自身になる”をマスターする」というのはそのとおりだと思った。これはスヌープ・ドッグに言われる前(スヌープ・ドッグがそう言っているのをこの耳で聞く前)にそう思っていたことだが、すべての言葉にあてはまるように、自分が考えていることを自分以外の口から聞くのは快い。さらにこれは良いと思ったのは「超越的な立場からなぜ自分がセットされたのか理解できると君にとって世界はより良くなる」という言葉だ。あと、声が本当にいい。
ハンターハンターを読む。バッシュを調べてニューバランスのバッシュP400にたどり着く。デザインもわるくないしカラーはグレーが良いと思っている。バッシュとして履き潰したあと外履きにすると考えれば2万円という値段も許容範囲になる。ただしサイズが小さめと言われていて、実際に試着をしてから買う必要がある。普段履き以上にフィットが重要なのでスポーツ用品店に行ってから買うことにする。バスケに行く前に新宿のスポーツ用品店に寄ろうと思ったが出る時間が遅くなったのでまたの機会にする。
バスケはいつもお世話になっているバスケサークルの対外試合の日だった。競技人の割合が多く、自分としては真っ当に立ち向かおうとしても圧倒されて終わるだけだと思ったのでズラしズラしでスカしてやることにする。ストリート方向のプレースタイルを強めに出して部活スタイルのバスケットボールに巻き込まれないように心がけた。それでも相手はトランジションもめっちゃ早いし、簡単なパスも通させてくれないので、結局圧倒されることになった。自分は例によってたちまちのうちに体力的に消耗し、あっという間に視界が狭まっていった。視野が狭まるのではなく視界が狭まるのはおかしい、ぜえぜえ感だけではなく気が遠くなる感もある、で気づいたのだが、途中で体育館の空調が消されたらしい。あやうく熱中症になりかけた。1試合まるまる休憩させてもらい、脇の下や首の後ろを冷やして水を飲み、空調が効いてくることで回復した。実際、最後の3位決定戦では本領発揮以上の好調で、初戦負けた相手に危なげなく勝利できた。相手の出番順が連続試合かつ4試合まるまる選手交代なしというハードモードだったので単純に向こうの体力切れだった説が濃厚だが、それでも勝ちは勝ちだ。
いつもよりプレー時間が長かったのでたくさん食べようと、ローソンで親子丼と冷やし蕎麦を買って帰る。帰宅すると家人がワインのおつまみと称してキノコのソテーにチーズがけをたっぷり作っていたのでそれも食べる。さすがにお腹いっぱいになった。シャワーをしたり寝る準備を終えたら0時を回っていたのでジャンプでハンターハンターの413話を読む。面白すぎて興奮して寝つけず、1時過ぎまで継承戦のコミックを読み返す愚挙におよんでしまった。在宅勤務開始ぎりぎりまで寝ても寝不足確定だ。


2026/07/13 今日 5752
案の定、寝不足。午前在宅勤務。昼前に大手町で用事を済ませ、帰ってきてまた在宅勤務。そばを食べてから腕立て伏せ。その後Web打ち合わせに参加。昼寝をしてから大相撲を見る。問い合わせに回答して定時すこしすぎに退勤。結びの一番で大の里が藤ノ川に負けるのを見てからスタバに出かける。大の里は素直な性格そのままという感じで表情に出るタイプなので、テレビで見ていても苦しみが伝わってきやすい。
スタバで谷崎潤一郎の『卍』を読み終える。全体を読み通してみてから評価しようと思ったがやはり面白くない。AHOにリアリティを感じられないという自分の問題なのか、こういうAHOが成立すると考えている作者の問題なのか、自分ではちょっと判断できない。「そんなAHOな」と思ってそこから先思考が進展していかない。恋愛がからむと信じられないほどAHOになるというのは自分でも経験があるし、それをおかしいと思うのではないが、たとえAHO状態でもAHO状態なりに考えたりはするもので、すべてが許されるということにはならない。自分の都合の良いように解釈を捻じ曲げたりすることはあっても、自分の許容範囲が広がるということはないはずで、むしろ自分の理想に相手を押し込んで理想像に仮託するという点でいっそう狭隘になるというのが恋愛におけるAHO状態の特徴なのではないかと私は思うので、卍で提示されるAHOないし恋愛における狂熱は、私の持っているAHO観ないし狂熱とは種類の違うものだと言える。谷崎潤一郎はAHOを正しく理解できていない。行動によってAHOを測ろうとするよくあるミスを、極端な荒涼で誤魔化しているだけだ。しかもその荒涼にしたところが扇情的価値を持つように設計されているものの、個人の観点からは極端でさえない。本来”犬も食わないもの”を立派な料理として提供できるのだという主張で、その手管を誇ろうというのかもしれない。それで文学通を騙せても私は騙されない。くだらないと思う。
そういえば腕立て伏せを毎日やっていることの効果として、長時間座っていることで起こる腰・背中の張りや違和感、痛みがなくなっていることに気がついた。去年の夏、バスケの試合でぎっくり背中になり、その後病院に行っても完全には治らず、ずっと微妙に苦しんできたのだが、思わぬかたちで解消された。

20260711

日記778

セルリアンのち

2026/07/07 四日前 14724
一日在宅。setlogを始める。行動をハックしてくれる系のログ取得アプリで自分の考え方と相性がいい。しばらくは続けることになると思う。定時退勤し狛江までバスケに出かける。体育館の場所が駅から遠いので行きはバスを使い、帰りはダイチャリで駅まで戻る。バスケの出来は前半好調だが後半不調という内容だった。この人上手だなあというプレーヤーにはハンドリングスキルやシュートの安定感の面で遠く及ばないというのがはっきりわかっていく。それなりの頻度と継続のせいで覚えず知らずそういう上手なプレーヤーに自分を重ねるようになっていく。彼らは部活で主力だったのだろうから放課後バスケというビニールハウス的ストリート出身の自分が彼らとの比較で悔しいというのは考えてみればおこがましいのだが、現状では頻度と継続という傾斜があるのでそうなるのもある程度仕方ない。マッチアップさせられる機会も多いし。帰りに業務スーパーに寄ったが目当てのキムチは売り切れていた。残念。最寄りで飲酒してから帰る。


2026/07/08 一昨昨日 8485
午前在宅。攻殻機動隊のアニメを見る。情報量詰め込み型の演出なのだが、テンポが良いのとシリアス強調がないので従来の攻殻機動隊よりも見やすい。円城塔の仕事だと思うとそれだけで興味引かれる。演出とのSOWが気になる。午後から出社。最近は打ち合わせのために出社していて、そのときついでにタスクを消化している。退勤後新宿ピカデリーで家人と集合してトイ・ストーリー5を見る。トイ・ストーリー4の2回目を見たときには初めて見たときほどの感動がなかったことで若干拍子抜けしたのだが、それに近い期待感の満たされなさがあった。4については自分のスタンスのちがいだろうと思うのだが、5については明確に冷静になるタイミングがあってそれは演出の瑕疵だと思う。シリーズものが無邪気に選択するチョイスに納得できないことは多い。アベンジャーズシリーズなどもついていけないとなるのはそういう選択のまずさにある。どうもチェーンすることについて無意識なのか意識してなのかわからないがとにかく観客への甘えがある。プロットを成立させるための歯車と感じられるキャラクター造型が見られると一気に冷めてしまう。大きなところでは群体バズはちょっと許容できない。B1Fねぎしでとんて〜きを食べて帰る。


2026/07/09 一昨日 17575
午前在宅。そばを食べてから昼すぎに出社。打ち合わせに出てタスクを消化。やらないでいいと判断しているが、たぶん実際はやらないといけないと思われるタスクについてはまだ期限が先ということもあり手を付けずにいる。定時に退勤し、そのまま中井まで移動。移動中に『卍』を聞く。自分の許容範囲外にいる常軌を逸した人物たちのやりとりにムカついてしょうがない。まともに思える良人も消極的な感情の動きとさらに消極的な行動しかしないのでとにかく理解に苦しむ。妻の動向が気にならないのだろうか。通り一遍の対応で済ませて済む問題だと思いたいのだろうがそこまで思いこんでいたいのだろうか。バスケに参加する。この日は調子よくプレーできた。このサークルはとくに盛り上げるための声かけが多いので自然テンションが上がって良いプレーに繋げられることが多い。テンションが上がると何が起きるかといえば、まずは何と言っても走れるようになる。走っていちはやく適切な位置につけると良いパスが回ってきて効率の良い得点ができる。そうするとポジティブな声がかかりテンションが上がるという陽気なサイクルが完成する。この日はその上昇気流に乗ることができた。ローソンで味噌ラーメンとおにぎりを買って帰る。酒を飲んでからシャワーを浴びて寝る。


2026/07/10 昨日 2001
一日在宅。一日中家にいて一歩も外に出なかった。ハンターハンターの期間限定無料公開でヨークシンシティ編を読み終える。Web打ち合わせが一件と問い合わせと調整仕事が数件。お昼にはそばとひやむぎを食べる。洗濯物を干す。晩ごはんはキムチとご飯とそうめん。12−11−10の腕立て伏せだけは続いている。黒沢清のカリスマを見てから4時からの試合を見るために21時には寝ようとする。すぐには寝付けずだったがいつの間にか寝た。この日は久しぶりに酒を飲まなかった。


2026/07/11 今日 1919
予定通り4時に起きてベルギー対スペインを見る。サッカーは面白いと思った。球体の道具を使う22人での群舞としてこれ以上に優美なものは他にないのではないか。ドリブラーのドクは守備もしてすごいと思ったが、あまり守備をする印象がないヤマルはもっとすごいと思った。上手いのが前提の環境でプレーしているのがわかる。上手いの土台の上に立って、上手いの先にいる。ベルギーは負けてしまったがゲーム内容に満足した。寝不足状態だったので二度寝をする。二度寝前に読んだ『急に具合が悪くなる』関連のnoteで長塚京三が監督と対談している記事がよかった。まっすぐ事に当たる、その角度が、それに必要なだけの強さと柔らかさが映画のなかに記録されていると思う。うまく言えないが感銘を受けて、自分もああいうふうになりたいと思わさせられた。https://note.com/bittersend/n/nb320dfab5d50
10時半に起きる。高校時代の友人NaMaが夢に出てきた。彼が何かを心配してくれていたか自分が何かを心配していたか、ふたりで何かを心配していたか忘れてしまったが何かについて心配する夢だった。奈良に戻っていたと思う。懐かしかった。
家人がスープごはんを作ってくれたのでいただく。腕立て伏せをしてプロテインを飲むルーティンをこなす。ハンターハンターのGI編を読む。家人が見ていた『プラダを着た悪魔』をチラ見する。NYに興味があるという目線で見ると昔見たときよりも興味を持ってキャラクターについていくことができた。
丸二日引きこもっていてもしょうがないと思い、家人の外出にあわせカフェーに出かけて日記を書く。向田邦子の「書くべきことを書かないでいるのは見えない借金を負うようなもの」という言葉をお笑い芸人経由(たしか山名のエッセイ)で知る。毎日が文句のつけようのないほど充実していて日記を書く暇がないほど楽しいことに追われて忙しいわけだが、時間を作ってでも日記あるいはそれ以外の何かを書かなくてはいけないと思っているので向田邦子の言い分はとてもよくわかる。
日没近くまで『罪と罰』を読む。上巻を読み終えた。ラスコーリニコフの動きが克明に記されている。この克明さはドストエフスキーの一番の特徴かもしれない。そして克明さというのは文学におけるもっとも重要な能力だ。上巻の最終盤、マルメラードフの悲壮で滑稽な臨終場面からラスコーリニコフが祈りの約束を取り付けることができ、そのおかげで束の間無敵状態になり、その力を享けて気さくな若い人ラズミーヒンのもとに行きあっという間に気絶することになる顛末の、流れるような心の動きは、一箇所にとどまらないでいてなおかつ克明に描き出せるという二律背反的な営為で、ある種のリズム感がなくてはままならないものだ。気づけば夢中にさせられる。最初に読んだ大学1回生の夏休みの自分は何を読んでいたのか、思い返してみても謎だ。新潮文庫で読んだということ以外思い出せないが。

20260706

日記777

人工山色

2026/07/04 一昨日 16525
朝起きてワールドカップを見る。昼からTCB+1と渋谷で集合。ハンターハンターのイラストの前に人だかりができているのを見つけつつ、東急ハンズに行く。エレベータで6階まで一気に上がったあと、ぐるぐるとフロアを降りながら店内を物色する。調理器具のフロアでこれが便利だあれが便利だという話が一番盛り上がった。スペイン坂の隣の坂を登って公会堂の横手に出る。デイリーショップでアルコールを準備して代々木公園に入る。ナイトマーケットの看板があったが昼間にもかかわらずすでに賑わっていた。7月に入ったというのに5月なみ以上の涼しさで、座って酒を飲むのはもちろん歩き回っていても苦にならないぐらいの気温だった。バスケコートの前でお喋りをしながらバスケを眺めた。+1が活躍して「歩き」というスーパープレーでとくに三人を湧かせていた。いい時間になってきたので原宿に抜ける。友人Nが行きたいといった店が原宿駅から遠く、行って帰ってとしていたら結構な時間になった。座ろうと目論んでいたベンチが見つからなかったので縁石に座り込み、みんなで何回も乾杯してはおつまみをつまみ、ご飯を食べるのを見ては満足するという、”若者の巣鴨”こと原宿の最先端を行くTCB+1になった。翌日が朝早いということもあって早めの解散にする。
家人とビッグ・リボウスキを見る。



2026/07/05 昨日 13541
9時からピックルボールの回に家人と初参加する。ルール説明や動き方のコツのレクチャーが手慣れていて運営のコーチングスキルを感じさせられた。コーチングスキルを感じさせないほど手慣れているというのが行き着く先だと考えると、これ以上上はないかもしれない。初参加という人は多そうだったのでこれからピックルボールの活動場所を見つけることの難度は結構ありそうだ。
帰りにenという環七沿いにあるカレー屋に初めて入る。さっきまでピックルボールをいっしょにやっていた家族連れとばったり遭うことになった。カレーはレビューにあったとおり丁寧な作りで、数種類のカレーの違いがはっきりとわかりやすいこともあり、今後も行きたくなる店だった。小雨がぱらつきそうになったのでコンビニアイスを買うだけ買ってまっすぐ家に帰る。
家人が見つけてきた天幕のジャーガルなんとかというアニメを見る。中世イスラム世界が舞台で面白そうだ。野心的な作品なのは間違いないと思う。時代物ということで今の感覚とは違うところが明確に表現されていて、それだけとってもかなり好ましい。戦国時代を舞台にしたドラマで主人公が「民のため」とか言っているのを聞くと全力で噴飯してしまうが、そういうことをしていないだけで相対的にかなり評価が上がる。学ぶことの意味を問われたムハンマドの回答がよかった。「予測をもとに正しい行動を選択できるようになるため。知らないということは間違った行動につながってしまいやすい」という大意だったと思う。山田尚子は『平家物語』を作って、その方面での達成を得たと思っていたが、あれはあれで確かな達成だったのと同時に、この作品を手掛けるための準備だったとさえ言えて、アニメ監督として無二の存在になりつつある。しかし『ミルキーサブウェイ』も良かった。家人には2連続で良いアニメを提案されていることになる。考えてみれば家人から教えてもらうことは多い。髪の毛のくくり方も家人に教えてもらった。
強い睡魔にやられたので昼寝をしてからご飯を食べに出かける。ブッチャーズバルで牛ハツと牛豚鶏の盛り合わせを注文した。400g超の肉を分けて食べて満足した。行きも帰りも涼しいなか酒を飲んだ。翌朝早起きしたかったので早めの就寝を試みる。昼寝のせいで失敗した。


2026/07/06 今日 5503
水没都市大阪を高速バスで移動するハメになる夢を見た。ハイウェイを走っているはずなのに窓の外は完全に海の底で、しかもどんどん深くなっていくという恐怖体験をした。他の乗客(修学旅行生(クラスメイト))が冷静だったので自分も平静を装っていたが本当はバス運転手にかけあって来た道を引き返してほしかった。なんとか反対側の道に抜けられたが帰りも同じコースを辿ると思って憂鬱感は途切れず継続していた。起きてNHKプラスを見るとノルウェイが1点リードで後半終了が近づいていた。そのままハーランドがとんでもない2点目を上げ、ネイマールのPKで追いすがるブラジルを打ち破った。ハンターハンターの連載を読む。情報発表の回だった。午前在宅。そばを食べてから高輪ゲートウェイに出社する。社内打ち合わせに参加してアクションアイテムを明確化した。あとはいろいろの問い合わせに対応したり事務をこなしたりして定時退勤。山手線が遅延の影響で混んでいたので大崎で埼京線に乗り換える。川越行きはダメだが新宿行きは空いているという知見がある。電車内では『卍』の朗読を聞いていた。
下北に戻ってスタバに入る。『罪と罰』を読む。日記を書く。家人がトイ・ストーリー4を見ようというので読書もそこそこに帰宅。

20260703

日記776

要衝


2026/07/02 昨日 17159
午前在宅。午後早くから出社。ミーティングAにオンライン、ミーティングBにオンサイトで参加。その後は同僚と話し合いながら課題をつぶしていった。定時退勤。週末はピックルボールに初参加することが決まったので、それならばと急遽バスケに参加することにした。帰宅して荷物を持ち替え、すぐに中井まで移動。15分ほど遅れての参加になった。このサークルはテンション高くプレーできる良い環境で、開催頻度も多く重宝している。スピーカー持ち寄りで音楽を流してくれている。この日もHANAのTigerがかかって気持ちがブーストした。Tigerは毎日のトレーニング(腕立て12回12秒‐11回11秒‐10回10秒‐)でも使っていて、脳が苦を覚えにくい状態にできるという明らかな効果がある。
最寄りで酒を飲み、帰宅してそばを食べ、シャワーを浴びて洗濯機を回し、寝る。


2026/07/03 今日
一日在宅。ポルトガル対クロアチアを見る。負けているときの迫力の出し方がクロアチアチームの強者感を感じさせた。結果は日本チームと同じ1−2だけどここにはまだ大きな開きがあると思った。冷静でなおかつリスクを恐れていない感じ。リードされていることでむしろバフがかかっているように見えた。ハンターハンターのジャンプ+無料公開分を読む。天空闘技場まで。昼寝をしてから仕事を片付けようとしたところ、結構手間取ってしまい、進捗確認を受けることになった。一応目鼻がつくところまでやろうと思ったら1時間ほど残業になる。友人Nに下北に来てもらって飲みに行く。いつも下北なので気が引けると思って別候補を出してもらったのだが「新宿中野高円寺」というパッとしない回答しか返ってこなかったので仕方ないといえば仕方ない。

20260701

日記775

遠い場所


2026/06/30 昨日 13817
1時に起きるために早めに寝ようとするも興奮して寝付けず。結局起きたままで2時のキックオフを迎える。前半は1-0でリードして折り返し、コンビニへ追加の飲み物を買いに行く。足取りはうきうきと軽く、何気なく見上げる空もいつもより身近に感じられた。後半は同点に追いつかれ、終了間際に逆転を許し、ベスト32で敗退になった。勝つためにポゼッションで負けるサッカーをしていたのだが、負けてしまうと負けという過程と結果が残り、勝ち目というものが最初から存在しなかったように思える。気持ちがさっぱり冷めてしまい、朝日を避けるようにして眠る。
12時すぎに起床。そのまま在宅勤務に入る。必要な調整と問い合わせへの回答を済ませて定時に退勤。喜多見までバスケに出かける。予約を入れていたから参加したまでで全然気乗りのしないバスケ回だった。やる気がないなら無理にバスケをしたりしないで帰ったらいいのに惰性で体育館まで向かい、惰性でシュートを打つ。前回みっともないプレイがあったのとワールドカップの敗戦で気分が落ちていたのだと思う。やっているうちに周囲に引っ張られて元気になるだろうという目論見があったのだが半分当たったものの半分は外れるようなかたちで、気力全快とはならなかった。体力消費はそこまでなかったのが消化不良という回になった。バスケで自分が表現したいプレーがうまくできないことをストレスに感じている。有り体に言って、自分が上手いつもりでいるのに比べて上手さがついてきていないのが一番の問題だ。大したことのないデカいプレーヤーだとすればまあ気の利いたプレーもあるぐらいのもので、上手な・選手として強いプレーヤーと肩を並べようとすると足りないところだらけだ。自分のプレーに対するハードルを下げる必要がある。評価についてはもっと客観的にしないと頭を打つ。楽しむ・悔しがるというのは主観でよいが、評価したり判断するのは客観的になるべきだということ。
最寄りのセブンで酒を飲んで帰る。タコライスを食べてシャワーを浴び洗濯機を回して、洗濯物を干してから寝る。


2026/07/01 今日 5082
仕事に関係する夢を見た。覚醒時の考え方からすれば「つまらない夢を見た」と思って落ち込むべき場面なのだが。感情としてはきちんと波風たって良い夢だった。そこでは反抗的態度を崩さず戦っていたので気分が良かった。反面、こちらでは戦っていないということがあるので、ちゃんと見ればやや複雑な現象だ。午前在宅。ジャンプ+でハンターハンターの無料分を読む。
昼イチで打ち合わせが設定されていたのでいつもより早めに出社する。行きの電車内では前日のバスケのリプレイを見る。気力に欠けるプレーになっているはずなのだが、元気いっぱいのプレーと見分けがつかないと思った。今は記憶が新しいからそれをもとに見分けられるが、十分な距離をとったうえで見返せば違いはわからないだろう。時間経過によってもそうだが、自分以外が見てもそうだ。
打ち合わせを3つこなしたあとで同僚とお喋りしながら認識合わせをする。タスクをぐんぐん前に進めてくれるのでそのぶん自分はラクができるという意味でも相性の良い相手だ。
帰りの電車内では疲れのようなものがあって本を読む気にならなかったので『卍』の朗読を聞く。こんな本を読んで面白いと思う人がいるのかと疑問に思う。痴情のもつれといえば聞こえはいいが、語りの女の単調なひとり相撲だ。感情的なうえ物言いもふくめ直線的でまったく魅力的なところがない。彼女の目を通して見る彼女の夫や愛人の女も光って見えるところがきわめて少ない。書き手は一種のセンセーションで読者の注意を引きつけているだけで目を見張るような文章技法なども見られない。今のところは。
スタバに行って日記を書く。バッハの音楽は規則正しく、BGMにするのにちょうどいい。

20260629

日記774

No

2026/06/27 一昨日 8030
カラーシャンプー、ヘアフォームなどのヘアケアアイテムをネットで購入。昼すぎから理容室に行って白髪ぼかしをしてもらう。人生のなかで髪の毛が最長になっている。風呂のあとのドライヤーや朝の支度などの煩わしさともうすぐやってくる暑さで一度限界を迎えそうなのだが、この面倒くささを味わってしまうとこの先もう伸ばすことはないと思うので、今回で行けるところまでは行きたい。ヘアゴムを使ってちょんまげを作れるところまではきたのでシチュエーション次第ではすこしラクになった。出勤時にどうやっていこうか考え中。
夕方頃から友人Aに誘ってもらった読書会に参加する。課題本は『風に吹きはらわれてしまわないうように』だった。ブローティガンを読むのは始めてだったしこういう機会がないかぎり自分で読むこともたぶんなかったと思うのでまずはそれがよかった。あとは他人がどうやって小説を読むのかというのを知ることを通して、自分がどうやって小説を読むのかというところにあらためて光があたって勉強になった。参加者のことを知ろうと思ってやや拙速な質問をかけたり、自分の考えを性急に開示しようとしすぎたきらいがあってその距離感というか速度感については反省がある。ただ参加したいと言って参加しているのにもかかわらずただじっとして終えるというまず最初に浮かぶ危惧からはその分だけ離れられた。人と話すときに何層かに分けて順に引き出しを開けていくというやり方が自分は苦手なのだと思った。恬淡としているというと聞こえは良いが、さっぱりした単純な意見や加工しないそのままの願望をわりあいはっきりと口に出すので、相手が受けづらい意見を口走ってそのまま終話というかたちになっている。ボールの離し方が手前勝手で外形的にもパスになっていない。以前はその空気を自分で察知して先回りし、自分自身で修正したりパッチを当てたりして無理やり完結させていたのだが、中年になって鉄面皮をかぶれるようになってピリオドを打つ処置もしないで、堂々と投げっぱなしの終話スタイルをとってしまっている。相手の意見を受け取って何かを言うというのもあまりできなかった。言うべきことがあってそれを聞きやすいかたちにまとめていたら相手が受けてくれなかったとしてもそれはそれでいいと思えるのかもしれない。それができていなかったので据わりがわるいというか安心していられないのはある。ただその方向へ進んだとしたら読書会である必要はあまりないかもしれない。読んだ本を通じてコミュニケーションをはかるというところに眼目があるのだろうから、次回はそれを意識して勉強させてもらいたい。次回の課題本は谷崎潤一郎になった。とくに読んだわけでもないのになぜかイメージだけで嫌いな作家のひとりだから、これを好い機会として読んでみたい。『卍』
家人がボーナストラックのイベントで買ってきたマッコリをちょっと飲ませてもらう。キムチも食べさせてもらう。とくに好みの味でなかったためそう伝えるとへそを曲げられた。味がわからない人呼ばわりされたのでそれはちがうと反論し、わかったうえで好みに合わないと説明。質が良いとされているものが必ずしも口に合うとはかぎらないし、素材(白菜)の味が立っているじゃないかと言われるのだが、キムチは素材の味を味わう食べ物と自分が認識していないのもあってあまり話が噛み合わなかった。こういうふうに各々で持っているちがう意見を話し合える場にしたい。読書会に参加する以上、余計なゲスト意識は抜いて自分が場を作るというぐらいの気持ちで積極参加していきたい。


2026/06/28 昨日 18015
『卍』をすこし読んだが関西弁のうるさい女のこまっしゃくれた言い回しにうんざりさせられた。表記の仕方も関西弁表現のために読者に負荷を強いるような書き方で、著者の傲慢な大きい顔が瞼の裏にちらつくようでどうにも鬱陶しい。これは読了が難しいだろうと判断して音読ですすめることにした。youtubeの朗読があって便利だ。聞くのは読むよりはだいぶましでこれならいけると思ったのだが、やっぱり合わないからなのか女の言い回しに嫌悪感をおぼえて聞いているのも大変だ。こういう反応に我が意を得た顔をされるような気がしてそれも気に食わない。
昼飯にパスタを茹でて食べる。『小説家を見つけたら』を見る。2000年の映画だが今の映画ほどなめらかに繋がっていないし感動させたいシーンの感動させたい持っていき方がいかにも感動を誘うやり方でウッとなる。とくにスピーチで悪者教授の鼻を明かす場面は安っぽくて見ていられない。ただ最後の終わり方、窓を開けて外の景色を映し出す描き方が美しくてかなりの部分が精算され、結果として良い映画を見たと思えた。ニューヨークの街や地下鉄などが出てくるのも自分的にはポイントが高い。
高円寺までバスケに出かける。すこし早めの到着になったので商店街をぶらぶらして古着屋のウインドーショッピングをするなどした。蟹の本屋を見つけたので中に入ってみた。戦争反対展をやっていた。No Warなんていうのははっきりいって当たり前のことだと思うが、当たり前だと思うということにかまけず言うべきことでもある。何度も言わないでもいいが、一度でもいいからここというときにはっきり明言して旗幟を鮮明にしておくのがよい。戦争は間違っている。
バスケでは上手で体力があってチームのために走るのを厭わないプレーヤーに付きっきりになって自分のやりたいプレーが全然できなかった。この日は比較的身体が動いたのに内容が伴わなかったことから、競技レベルの選手や競技色のつよいゲームでは自分のプレーは通用しないんだということに直面させられる結果になった。この悔しさをどうやって晴らそうかと思うのだが、体力を増強して打ち勝つ以外にない。しかし、それは自分のやりたいことなのか要検討だ。もしこの階段を上っていけたとしても、階段を上っていった先にはべつの強い相手がいてまた悔しい思いをするのは目に見えている。それでは全体として楽しくならない。だから自分より上を行く選手に対して、自分なりのやり方で一矢報いる手段を講じるべきだ。負けてもいいからボロ負けしないようにするとか、正面からぶつかって勝てないのであれば搦手を使うとか、自分は負けてもチームは勝つというところにゴールを設定するとか、そういうやり方の工夫が必要だ。しかしこの日は悔しくて正気を保つのがむずかしかった。頭に血が上ってコンビニで買った氷結を飲まずに寝た。負けるのは悔しい。


2026/06/29 今日 
朝からグロテスクな描写のある夢を見る。城主が城を明け渡す際に、家臣一同の家族もろともに”見事な最期”を強いる場面、群舞のようにリズミカルな動きで自分たちの家族を手にかけたあと自害するという今敏パプリカ風悪夢表現の悪夢だった。その前には高校時代に仲違いをしたクラスメイトたちとユーモアを通じて和解できるというシーンがあったのでシンプルに嬉しく、落差がきつかった。自分の夢に対して完全に油断していたところを刺された。
一日在宅。ハンターハンターの連載再開分を読み、これまでの連載分を読み返す。ワールドカップを見ていて気持ちが勝負づいているからか、つい関係ない自分のバスケプレーでも勝負に熱くなってしまっているようだ。
この日はスタバに行く前に日記を書いてしまう。定時すこし過ぎに退勤。スタバに行く予定。
ワールドカップの日本対ブラジル戦が今夜ある。楽しみだが負けてしまわないかという心配もかなりある。自分ごとのように緊張してそわそわする。しかしこのそわそわする感じは楽しみが目の前にある緊張だというように教化され済みなので、言葉にして表わすとやはり「楽しみ」ということになる。負けたら終わり、勝ったら先を見られるという緊張感はトーナメントならではワールドカップならではのものだと思う。やっぱり緊張する。

20260626

日記773

君は映画ではない

2026/06/25 昨日 20303
一日在宅勤務。朝から地震のニュース。安否確認が走る震度6強以上の地震だった。台風のニュースと地震のニュースでNHKでのワールドカップ中継の放送が遅れた。それでチェコ対メキシコの試合は後半からになった。昼一番からリモートで打ち合わせ。それが終わったらこの日のタスクは一段落したので昼休みの時間を使って『君は映画』を見に行く。期待を100としたとき15ぐらいの満足度だった。自分が住んでいる街で、よく目にしたりしょっちゅうそのへんをうろついている場所が映っているのにもかかわらず大して感心しないということは下北沢をちょろちょろしていない人にとっては全然面白くないのではないかといらぬ心配をしそうになった。
帰宅してすこし昼寝。それから定時退勤しバスケに出かける。間違えてチャリで行く判断をしたせいで方南町の中学校に着く頃には全身びしょ濡れになった。
肝心のバスケではそれなりのパフォーマンスを見せることができた。操作ミスでスローモーションで試合を録画し、容量が足りなくなった。長い分はデータ容量の都合で消去するしかなかったが短い分は丸々一試合分スローモーションで録画した。動き出しのタイミングなどが普段の等倍速度よりもわかりやすくてちゃんと見たら勉強になると思う。イルカとクジラの鳴き声対決みたいな音になっていて面白かった。スキール音と人声がそれぞれイルカとクジラ。帰りはびしょ濡れになりたくないのでおとなしく電車で帰ることにした。下北で家人と合流しだいこんまんに行こうとしたが閉店、南蛮亭は満席、ドドドも閉店、くらは満席、仕方なくしずるに行く。量はあるがあまり美味しいとはいえない。ビールもいまいち。鶏ステーキを食べた。
帰ってシャワーを浴びてできるだけすぐ寝ようとしたが失敗し0時すぎ就寝になってしまった。



2026/06/26 今日 4180
午前休。ワールドカップ日本対スウェーデンを見る。試合展開の作り方や先制点の場面は上手いと思ったが、相手にも上手いところがあり1−1の引き分けになった。日本代表はこれまでで最強なのだと思うし、随所に工夫と上手いポイントがあるが、ワールドカップに出場するチームは同様に上手いところがあるという当然のことをあらためて知らされるような結果だった。決勝トーナメント初戦でブラジルと当たることが決まった。単純に楽しみと思えないのは、やはりもっと長い期間ワールドカップで日本を応援して楽しみたいと思っているからだ。戦術的な対策だけではどうにもならない相手だからこそ本当の実力が試されることになる。勝ったらそれはもう嬉しい。応援するだけだ。
午後から出勤する。定例打ち合わせに参加したあと同僚とミーティングしてタスク消化。定時退勤して下北に戻りスタバに入る。『罪と罰』を読んで日記を書く。ラスコーリニコフが斧を使って斧を戻した。さすがの緊迫感だと思う。結果を知っていてもドキドキして読んでいるということを忘れさせる。


20260624

日記772

なんでもないような外

2026/06/23 昨日 18531
午前在宅。しっかりめに寝るという目標を立て実行に移したたおかげで体調はわるくない。昼すぎにダイチャリを使って渋谷まで出かける。回答を持っていない自分に向けて質問が飛んでくるシチュエーションと湿気とで汗がだらだら流れてクタクタになったが、首を傾げたりなどしているうちに苦しい時間が過ぎていった。定時前に渋谷を引き上げダイチャリを使って帰宅する。喜多見までバスケに出かける。行きの道で『吾輩は猫である』の朗読を聞く。バスケは中一日の休息しかとれなかったにしては足も問題なく動き、それなりに走り回りながらも心肺機能の限界を感じることも少なかった。バスケというコミュニケーションにおいて、語彙が特殊だったり、立て板に水のごとく流暢に喋るプレーをする選手はやっぱり目を瞠るべきところがある。一瞬の閃きとそれへの感応というコンビネーションが出たときには他には替えがたい喜びがあるということを思い、スラムダンクのあの流川ー桜木のシーンは見開きのハイタッチも桜木の左手もそれ自体本質ではなく、パスが来ることを確信してそこにいる桜木とそれを視界のなかに捉えた瑠川に本質がある。あれこそがバスケプレーの精髄だ。
帰宅後シャワーを浴び、そばを茹で食べて、できるだけ早く寝る。


2026/06/24 今日 4460
午前在宅。ここ1週間ほど正体不明の不安感が身体中にべっとりくっついているような感覚で日を過ごしていたのだが、なんとなくそれが取れてなくなった。労働におけるタスクの蓄積は相変わらずあるのだが、そんなのはどうでもいいことなのだという正解に自分の頭のなかをしっかり結びつけることができた。1時間ほどの寝不足の蓄積が解消されてきたからだろうと思う。午後から出社して打ち合わせを3件消化する。サボっていることを面と向かってやわらかく指摘されるひとつめの打ち合わせに一番重量感を感じたが、否定できないですよねという苦笑いをしていたらそれで済んだ。あとのふたつは軽いのと重いの。定期イベントなので対処法ははっきりしている。
下北に戻ってスタバで日記を書く。電車内ではバスケのリプレイを見ていた。
不安のなか頭が働くといずれENDの問題にたどり着く。そこにたどり着かない人は、その人の現実のなかにその人の頭を悩ませる問題があるということなのだと思う。それは幸か不幸かわからない。普通に考えればわかると思うのだがはっきりわかるというほどにはわからない。わかると思うのは、ENDの問題に直面するのはとにかくつらいからそこに至ることがないというのは気楽で幸運な状況だといえると思うからであり、あるいはそういう本質的というほかない問題を後景にしりぞけるほど現実の問題に切迫感を感じているというのがその誤認も含め二重に不幸だといえると思うからだ。
ENDの問題という強い光を当ててそのほかの問題を飛ばしたいわけではない。ただ、上の考えにはそうなる構造が含まれている。直視するのがむずかしいことを直視することで何かを掴もうとするというのは、他の問題を軽く見るためにそうするのではなく、あらゆる問題に強い光が何らかのかたちで干渉しているということを見逃さないようにする、そのためにするべきだことだ。
バッハのマスターワークスを聞きながら以前の記事に修正を加えたり追加で日記を書く。

20260622

日記771

人は見たいものを見る

2026/06/19 一昨昨日 19796
午前在宅。いただき物のじゃがいものチーズケーキを食べる。食べたことないチーズケーキの味で物珍しさがあるのだが、チーズケーキと分類していない引き出しのなかにはある味なので既知ということになり、それで懐かしい味という要素もあるという不思議な感覚になった。「美味しい」の枠内でこういう冒険ができるのは贅沢なことだと思った。
昼から出社。定時退勤して方南町までバスケに出かける。山手線は例によって混雑しているので大崎で相鉄線に乗り換えて新宿まで行く。その作戦は奏功して座席に座って悠々と移動できたが、後部車両に乗ったせいもあり新宿で丸ノ内線まで大移動する羽目になり、今後は改善の余地があると思った。単に先頭車両付近に乗ればいいだけだが。
バスケは這々の体だった。とにかく心肺機能が追いつかず、ちょっと走っただけでぜえぜえはあはあとなってしまい、悔しいを通り越して悲しくなった。いろいろ考え合わせたところ、慢性的な寝不足状態が原因だということになった。走れないから走らなかったことで足の疲労も最低限しか溜まらず、中一日でのバスケに参加できるということになった。自分のプレーを動画で見たとき、ろくに走っていないのにひとり膝に手をついて疲れていて、不審の気を起こさせる。自分じゃなきゃどういうことだと惑わされるところだ。バスで新代田まで帰る。バスケ参加者の人とバス車内でいっしょになる。人好きのする爽やか関西人で、プレーも話し方もハキハキしていて嫌味なところが少しもなく、すかさずに全力プレーできっちり走る、バスケットマンにはめずらしいタイプだ。関西人としてもめずらしいタイプだと思う。もし疲れ切っていなかったらもうすこし喋ってみたかったぐらいだ。疲れていてそういうわけにもいかないのでPEELを飲みながら帰る。家人がミルキーサブウェイというアニメ作品を見たいというので不承不承見ることにする。サムネイルからして癪に障るようなところがあり、手を出すまいと思ったのだが、一話が数分と短いこともあって次々と見ているうちにあれよあれよと引き込まれ、一気に全部見てしまった。自分の勘・感覚は頼りにならないものだ、お手上げだということになった。とにかく上手い演出で見事だった。しかしそれこそが忌避感を持った理由ということかもしれず、”一歩目の才能”アレルギーのようなものだったかもしれない。そこを突き抜けられると気にならなくなるのだが、今回もそれで気にならなくなったわけだが、いまだに突き付けられる段階では舌の裏側に苦味が走る。


2026/06/20 一昨日 9967
雨の日だった。昼前から家人と新宿まで映画を見に行く。たのしみにしていた『急に具合が悪くなる』を見た。究極的にはこういう映画を見るために映画を見ているということが言えると思う。たとえば小説を読むことでも生活をおくることでもなんでもいいが、自分には「本質主義的にひとつの目的に集約させるようなことをするのはちがう」と思うだけの分別はあるつもりだ。分別はあるつもりなのだが、一方で、こちらを大きく揺さぶって一時的にでもその分別を失わさせるつよい力を持つ作品なり出来事なりがある。もしそれらの作品なり出来事なりが無かったとすれば、経験なんていうものはただスタンプラリーじみて、自分の実際の経験にくらべるとはるかに退屈なものになるだろう。大切にしているのは、心の底から悲しかったり、心の底から可笑しかったり、言葉にするとそういう経験になるわけだが、一方ではつねに、「心に底はあるのか」とか、「魂を震わせると言うがそもそも魂とは何か」とかいう疑問を持つことにもなって、それぞれの要素をアクセル・ブレーキ・ハンドルというふうに使い分けているのだと思う。なんのためにそういう使い分けをしていくのかといえばよくわからない感じになるが、なんだかんだと言ってもとにかく、”先を急ぐ”ためだろう。動揺も懐疑もすべてそのための手段だと言える。しかも、何のコントロールもなしにただ積んでいけばいいというものではなく、ある場所まで来たところでそれぞれの要素を身近に引き寄せたり、反対に遠ざけたりと、べつべつの操作が必要になるというところが、ただ蓄積すれば用を足す経験値のような考え方とは異なるところだ。(ところで、先を急ぐのはどうしてかという疑問については、時間が限られているからだという回答を用意できる。どうして時間が限られているのかという疑問についてはお手上げで、それがなぜなのかまったくわからない。)
ある問題に対して、持ち重りがするから手に取りたくないという考えのほうに自分としてはより多く共感できる。事態を軽く見ていないからこそ、安易に手を出すまいとするのだろうからだ。さらに言うと、自分自身に対して立派な題目を唱えようという気が一切ない人は、じっとして過ごし、積極的に心の平穏を手に入れようとするのもひとつのやり方だと思う。問題を小さく捉えようとしたり、簡単なもの扱いするよりははるかに理に適っているし、礼を失することになるおそれも少ない。それでも結局、できることをやるしかなく、じっとしていることができない人は、自分にできることをやろうとしてジタバタすることになる。そして実際に何かをやろうというときには、問題を小分けにしたり、コントロール可能な部分を多く見積もったりすることは、それはそれで行動するために必要なやり方だったりする。
人が人に親密な気持ちを抱くというのは不思議なことだ。それが自分のためになるというたぐいの理由付けをするにしてはあきらかに”度が過ぎる”というケースも多い。おそらく例外というにははるかに多すぎるだろうし、どれだけ行き過ぎることのない「それなりの愛着」を心がけようとしても、気を抜くとすぐに線を越えてしまう。
持ち時間が限られているからできるだけのことをやりたい、というのは時間制限に対して納得できない気持ちから自分としては正面切って採用する気になれない言い分だが、それでもこの条件下ではそうする以外にないやり方だと思う。ようするに一生懸命やろうということだ。自分にとって乾坤一擲と思える局面を持たないままでは終われないということだ。
映画を見終わったので下北に戻り、TCBのふたりと合流する。雨宿りしながら酒を飲み、雨脚が弱まったタイミングで家に行こうと思ったのだが、弱まる気配が見えないので仕方なく傘をさして歩く。自分としては一生懸命話そうとしたのだが、あまりうまくいかなかった。いつものことだ。外れた論理の道筋をもとに戻すだけで手一杯になる。町田近辺の美容か何かについての噂話が新機軸という感じで面白く、耳目を集めた。


2026/06/21 昨日 16741
曇りの日だった。10時半ごろに起きる。寝不足が解消されるぐらいしっかり眠った。13時からワールドカップ、日本対チュニジアの試合を見る。すぐに先制して危なげなく4-0で勝利した。あやせの合掌ポーズをいっしょにやってゴールを喜んだ。
すこし昼寝をする。高円寺までバスケに出かける。3Pシュートの感覚を掴めた気がする。というようなことを何度か書いているが、その都度忘れているのか、感覚を失っているのか、また同じコースを繰り返しそうだ。今回掴んだことは下半身と上半身の連動、あせらずに自分のなかでゆっくりと思えるテンポで打つ、ゼロポジション、前に押し出す意識を強める、の三本だ。
レンタル自転車で帰ろうと思ったが近場のチャリがすべて借りられていたので電車で帰る。小田急のなかで参加者の人といっしょになって話しながら帰る。前回の会話からサッカーをやっていたという情報を得ていたのでワールドカップの話をしようと水を向けるが、見るのはしない、やる専門ということで見ていないという回答だった。バスケも全然見ないらしく、完全に運動不足の解消目的でバスケをしているということのようだ。どれだけ運動神経が良くても、上手なプレーを見てお手本にしないと上達には限度があるということを思った。
最寄りで酒を買い、飲みながら帰宅。家人がささみと大葉とチーズとトマトのクワトレーゼ包み焼きとコーンの炊き込みご飯を作ってくれたので美味しくいただく。


2026/06/22 今日 5363
朝から霞が関まで行って定例会議に現地参加する。アジェンダのひとつを任されていたのでやや緊張したが、準備が万全だったので難なく済む。
帰宅して昼から在宅。寝不足気味だったので昼寝で補う。降ってきたタスクを都合4個消化して定時退勤。スタバに出かける。バッハのピアノ曲を聞きながら日記を書く。20時すぎまで。酒を飲んでから帰るつもり。最近日の明るさで早くに目が覚めるので十分な睡眠時間確保のため早めに寝るつもり。

20260618

日記770

芍薬牡丹に百合の花


2026/06/13 五日前 22174
午前中スタバに行ってから、家人と下北の丸亀製麺で集合。昼ごはんにざるうどんを食べてから調布まで移動する。バスで神代植物園前までさらに移動してparkというカフェでドーナツタイム。そのカフェに併設されている会社で働く友人ペアと白犬と合流し、まさに丘の上という丘の上がある公園でバトミントンをして遊ぶ。さらに深大寺を散策してからバスで調布駅まで戻る。大戸屋でたらふくご飯を食べてから調布を出る。笹塚経由のバス移動で方南町まで。ちょいゆるのバスケに参加する。一生懸命やったので帰りはへとへとになりながらダイチャリで家まで帰る。プロテインと糖分を補給しなかったら行き倒れていたかもしれない。とにかく大量の汗が出た。


2026/06/14 四日前 10928
朝9時半から自宅に友人Taを招き、NBAファイナル第五戦をいっしょに観戦する。友人はとにかくNBAが好きらしく、にわかニックスファンの自分の相手をして基礎的な情報を提供してくれつつ、53年ぶりのNYニックスの優勝をともに見届けた。このぐらいのタイムスパンになるとファンに古参もにわかもなくなってしまうようなところはあるので、あまり卑屈にならず選手の活躍を讃えることができた。ジェイレン・ブランソンがボールを持って構えるとき、どういう形になるにせよ最終的にシュートを打って決めるんだろうなという確信を与えてくる。
NYニックスの優勝を祝ってTHE PIZZAという店でピザを食べた。京都からきている友人と会うため早めに抜けて渋谷へ。せっかく来てもらっているのに十分にお構いできず申し訳なかった。
渋谷のアパホテルまで友人Tsを迎えに行く。そこらへんで飲もうという話になり、銀座ライオンでブーツグラスの琥珀ビールを飲む。今回の東京滞在の予定確認をしてからワールドカップの大胆試合予想をする。友人は1-3の負け予想。自分は0-0の引き分け予想。音楽関連の飲み会に出るということで一旦解散。下北の駅から歩いて帰る途中で、彼女とのアフタヌーンティーに出かけるところだった友人Taとばったり会う。来た道をそのまま引き返し、彼を駅まで送ってから帰宅。そばを食べて、朝5時起床に備えて20時すぎにベッドに入る。しかし普段の就寝時間とだいぶ違うのもあり、うだうだと寝付けず22時前の就寝になる。


2026/06/15 一昨昨日 29701
3時半起床。雨がまあまあ降っていたのでLUUPでの渋谷移動は諦めてS-Lideでタクシーを呼ぶ。潔く良い判断だったと思う。道元坂上のアパホテルまで10分弱の移動時間で2500円の料金になった。3500円くらいかかると思っていたので余裕で許容範囲で済んだ。
友人Tsと合流してまずは腹ごしらえということで松屋に入る。その後見込んでいたHUBに出向くも、ことごとく満席あるいは完全予約制で入れず。しかし円山町のユーロスペースがある通りのMUSIC BARがテレビ画面を路面に見せつけながらの営業をしているのをHUB探索の際に見つけていたので、急遽そこに飛び込んで事なきを得た。椅子に座れるだけの余裕がありつつ人は店内狭しとたくさん入っていて盛り上がっていた。これも良い判断だった。前半途中に陽気な外国人観光客が来て、しばらく外からテレビ画面を見ていた。店員の「見るならドリンクオーダーお願いします」という正当な要求を完全無視し、「おめでとー!」と叫びながらひとりで盛り上がっていて、盛り上がることに対する力強い文化を感じた。「Oh Nippon」の定番アンセムを「おーめでとー」だけの簡易な替え歌にし、たったひとりだけでフル尺をだいたい4周ほど歌い切って、満足したのか他の客の無反応にようやく何かを悟ったのか、ただたんに退屈になったのかわからないがいつのまにか帰っていった。試合は後半にリードを許し、中村敬斗の見事なシュートで追いつき、またリードを許し、途中交代で入った伊東のコーナーキックから同じく途中交代の小川がヘディングで合わせてまた同点に追いつき、2-2で引き分けになった。ゴールしたときに発生するほかの客たちとハイタッチするくだりが2回あったのでサッカー観戦として満足いくものになった。高い満足感があったので気持ちは高揚していたが寝不足の身体がそれに追いつかず、一度解散してそれぞれ家とホテルに戻って11時の再集合まで二度寝をすることにした。
11時すぎに再集合して、代々木公園まで奥渋を歩いて移動。雨上がりなのと平日なのとでリングが空いていてシューティングができた。かるい1on1とシュート勝負をする。ずっと取り組んでいてゴールの見えないシュートフォームの改善について、自分の考えを述べたり、友人の意見を聞いたりして、楽しいのに加え有意義に感じられる時間だった。ハラカドにある小杉湯で汗を流してから山手線で品川に移動。駅中の焼きスパゲティの店でかなり遅めの昼ご飯を食べて解散になる。Tsの音楽関連の活動が活発になると東京に来ることも頻繁になるようなのでぜひ頑張ってほしい。今度は体育館でやるバスケ、自分が行っているバスケサークルのひとつでいっしょにバスケしようという話もした。果たされるかどうか五分五分の約束だ。
この日テンションが高かったのでバスケに行ってシューティングしようかと思ったが、帰りついたらどっと疲れがきて思わず眠り込んでしまった。起きてから家人の提案で行きたかった広島風お好み焼きの店だいこんまんに行く。期待をこえる美味しさとボリューム感で満足した。涼しい夜道を歩いて帰るのも気持ちよかった。


2026/06/16 一昨日 13411
一日在宅勤務。定時退勤して喜多見までバスケに出かける。満足感の高いプレー内容になった。うまい人とバスケをやるのはそれ特有の喜びがある。喋らないでもプレー意図が通じ合うのは嬉しい。例の風神と同チームになったので彼にコテンパンにやられず、相手チームからの失点というかたちではなく自チームの得点としてあの目覚ましいターンからのバックシュートを見ると安心して見惚れていられる。上手な選手に阿るようなことはしたくないが、彼は半端に上手い選手とは違い、自分以外の自分ほど上手ではないプレーヤーにも当然払うべきリスペクトを欠かさないところも好感が持てると思っている。最寄り駅で酒を飲みながら動画をリプレイしてから帰宅。ご飯を食べて風呂に入って寝る。


2026/06/17 昨日 8928
午前在宅。午後から出社。定時退勤し何の気なしに降りた渋谷で映画を見ることにする。『SIRAT』を見る。見終わっての感想は「どっと疲れた」というものだった。最後の列車の屋根に乗って運ばれる登場人物たちがまた他人に戻っていく様子と、何かを感じる力が残されていないようでただただ「疲れている」様子に共感があった。盛り上がって踊りくるったクラブを出た朝帰りに雰囲気が似ていた。


2026/06/18 今日 7394
午前在宅。午後から出社。定時すこし過ぎに退勤。山手線が遅れによりぎゅうぎゅうになっていてしんどかった。帰宅後リュックの中身をMACに換装してスタバに行く。日記を書く。最近『罪と罰』を読みはじめた。ちょうど20年前の今頃にはじめて読んだときには文字を目で追うだけでまったく読めていなかったのだと思う。読み終えるところまでいっても全然面白いと思わなかったのがその何よりの証拠だ。ロシア文学はスロースタートだという言い訳もできないほど、今もうすでにマルメラードフが面白くて仕方ない。大学1回の冬までは文学作品を手に取ることがあってもほぼ義務感だけで読んでいた。それを変えたのは『星の王子さま』とヘッセの『幸福論』だった。とくにヘッセは単線的な価値観からの逸脱。その方向を指された。そんなことをできる者が自分以外にいるとは思っていなかったから驚いたというのもあると思う。その後ドストエフスキーは『カラマーゾフの兄弟』を読んで、イワンとアリョーシャと重なって青ざめ「絞首刑だ」と叫び、深夜に居ても立っても居られない気持ちで自室をうろうろしてから、その全作品を読むようにしたが『罪と罰』は一度読み終わっていたこともあって素通りしてしまった。だから今もう一度『罪と罰』を読むのはかなり楽しみなことだ。

20260613

「悩み」について

水曜日のダウンタウンというバラエティ番組で、「悩みがない人はいない」という説が唱えられ、その検証のためにインタビューロケをする企画があった。インタビューを受ける人は口々に自分の抱えている悩みについてカメラに向かって答えるわけだが、人々は当然、テレビ用の(あるいはカメラを向けられたというシチュエーションに応じた)回答をするので、さらに伝達方法が「その場で」「口頭で」ということもあって、いきおい簡単な、”伝えやすい回答”に条件が絞られることになる。そのうえ番組はそれをテレビ用の分類に回すから、結果として上位にランクする悩みは「恋」、「仕事」、「お金」、「健康」という大きな看板がメインということになっていた。たとえ無記名アンケート方式にしたとしても統計的に扱うと結局は同じ結果になるのだろうと想像できるが、いずれにしても、そういった看板に載った悩みのいちいちを詳しく聞き出そうという気にはならないだろう。それぞれに特有の事情というものがあり、切実な内容を含むこともあるのだろうが、そのパッケージ内にあるかぎりはまとめて扱って問題ないという気にさせられる。実際に自分の身に置き換えてみたり悩みの内情を想像するということがしやすいからだろう。それでそういった悩みはまとめて〈理解できること〉というフォルダに分類されることになる。

一方、〈理解できない〉フォルダに分類されるほうが「それってどういうこと?」という疑問が湧いて、詳しく知りたい気持ちにさせられる。番組でも「悩みがない」という人について掘り下げるという内容を放送していた。

インタビューで悩みがあると答えた人のなかには「悩みはない(あるいはあっても小さな悩みしかない)が、悩みがあるかどうかと訊かれて悩みはないと答えるのは奇異に映るのではないか」と考えて、人に理解しやすい、さして悩みとも考えていないような悩みを適当に口にするというケースがあると思われる。だからここで浮かび上がる視聴者側の好奇心は、悩みがない人というよりは、カメラに向かって「悩みがない」と断言する人に向けられているといえる。

悩みというのを「心に占める重要な問題」と考えると、悩みがないという人の主張は、
1.心に占めている問題がない
2.心に占める問題があっても重要なものではなく悩みというに値しない
という二点に分けられる。

1については、自分の身の回りのことに集中してその外部の出来事に気を回さないようにするというスキルが要請されるため、誰にでもできることではない。そして「奇異に映るのではないか」という小さな悩みの持ち主の危惧はここに焦点が合うのだと思われる。情報化社会において、つまり外側がクリアに見える状況下で「心に占める問題がない」と断言するのは、自分自身の〈無関心〉というスタンスの表明にもなるからだ。個人という立場からなされうる政治的なステートメントにも近い、というか宣言そのものになる。

だから、常識的には(他人から判断する場合には)、より穏当なのは2のパターンだと思われる。とくに自分自身の人生にとってかけがえのない人物を三年ほどの期間で相次いで失った男性からすると、もはや悩みとするのに値する出来事がこの先にあるとは想定できないのだと考えられる。そのため悩みがないと断言できるのだろう。その当時の悩みや苦悩が、彼を悩み知らずの位置に立たせたのだ。ただの想像だが、悩みというのにはあまりにも小さいし、あまりにも遠い諸々の出来事が点滅しているという事態が日常になっているのだろう。そして彼の感情というのには測り知り難いところがあるにせよ、そのように考える理路というのは他人からしてもわかりよいものであるだろう。人に伝達するときに苦労するようなひっかかりもない。そう考えると、とくにそういったストーリーを用意せずに「悩みがない」と言い切った男性のほうに関心が向く。かつてなにかしらの悩みに直面し、それを氷漬けにする過程で心に占めるなにものかを失ったのだろうか。つまり、殿堂入りのようなかたちでその場から消失したかつての悩みがあり、その悩みに遠慮して今は、そしてこの先にも、悩みと呼べるものはないというのが彼の主張なのだろうか。あるいは生粋の能天気なのか。カメラを通して見ても両者の区別はつかないものなのだと驚いた。

ちなみに、お金で解決できる悩みは悩みと呼ぶのに値しないという考えもある。それらはシンプルに”お金の問題”だろうという主張だ。しかし、そんな呑気なことも言っていられないかもしれないと思うのは、お金がないということを発端として、問題がどんどんふくらんでいき、お金があってもどうしようもない事態にまで陥ることがとても多くあるのだろうと想定されることだ。だからお金がないという状態にならないように、各種の条件に対処・対応して、それがうまくいっているうちは悩みなどないというのも、決して考えられないスタンスではないだろう。

トーマス・マンの『トニオ・クレーゲル』の一節に「最も多く愛する者は、常に敗者であり、常に悩まねばならぬ。」という言葉がある。ドイツの文豪がそう書いたからといって即ちこれ正解というわけにはいかないだろうが、この言葉に慰められることになった”敗者”はこれからも多いだろう。

日記788

注意するに越したことなし 2026/08/04 昨日 15208 朝から出社。8時頃でもまだ涼しかった。午後から在宅勤務に切り替える。昼ごはんにスパゲティを食べる。腕立て伏せ。1時間すこし昼寝をする。『罪と罰』を読む。急な問い合わせが入り、定時すこしすぎに...