波間
2026/10/09 四日前 11781
前日に早く寝たら2時半に目が覚める。早く寝なければと焦るがそこから一切寝つけずに4時間が過ぎる。6時半の電車に乗って東京駅から高速バスに乗って館山へ。バスが遅れたので一時間に一本の千倉行きを逃し、バスで千倉に向かう。居るだけの仕事は入場時にこまかなトラブルがありつつも難なく終わった。千倉駅に帰るとちょうど東京駅行きのバスが出発直前だったのであまり考えずに乗り込む。帰りも羽田から東京駅までの道が混み、定刻の55分遅れで到着になる。まだ行っていないのであれば一度行っておいたほうがいいと声をかけた同僚にはわるいことをした。東京駅で友人の結婚祝いを用意する。岩波のカフカ短編集。通用するかどうかは別にしても文学にふれたことのある人生にしてほしいとは思ったので、差し出がましい真似とは思いつつ進呈することにした。北千住のやきとんが業態変化で焼き鳥になった店に入って飲む。受け身だけのやつはつまらない、積極性を持たないやつは退屈だとかいうTHE・強者の論理を振り回して遊んだが、立ち位置の問題にまで切り込んでいかないあたり、他人にというより自分に対して忖度があるとおもった。こちらからは俺はフェミニストだという話と感性の鈍麻についての話をした。そうすると必然的にラクになる。ラクになりたかったわけじゃないけど。サヨナラCOLOR。帰りに代々木上原駅で乗り換えの電車待ち。10分の待ち時間が長すぎると感じる。THE・東京人の感性だ。
2026/10/10 一昨昨日 18011
昨日の寝不足と飲酒を引きずって朝から頭痛がする。養生しつつ昼飯にスパゲティを茹でて食べる。バファリンを飲んで昼寝をして、夕方頃にバスケに出かける。家人の誕生日プレゼントとしてニューマン新宿で額縁を買う。バスケは中4日空いたのとカフェインを入れたのとでハッスルできた。イマジナス。積極的にプレーしないならわざわざバスケをプレーしにいく甲斐がない。この日は翌日に備えて酒を飲まなかった。
2026/10/11 一昨日 20434
午前中に演劇祭の顔合わせ時に読み合わせをするという脚本の練習をする。13時からの顔合わせに参加する。これはあきらかにバスケのせいだが発声しないコミュニケーションが板についてしまっていて、積極的なポジション取りをするのに無口という掴みどころのない動きをしてしまった。意見を求められたときにも口にする内容に比して言葉数が少なく、変な目立ち方をしてしまったように思えた。意識が自分に向くのは自分にとってはあまりよくない傾向なのだが、それが如実に出てしまった。肝心の読み合わせもうまくいったとは言えず。もっと相手に寄り添って手を差し伸べるような動き方もできたはずなのにそれをしなかったという反省もある。もっと自由に動いていいはずだ。というより、自由に動いているように動かないと演じることにはならない。現場で巻き起こる現象に対応するようにもっと集中して臨まないといけない。本来であれば自分に矢印を向けている暇などないはずだ。そそくさと会場を出る。スタバにも入れなかったので帰ってふて寝するがそれだけでは気持ちが収まらなかったのでバスケに行くことにする。ふてバスケ。落合第五小。脚が痛くて痛くて後悔したが1時間でアドレナリンが出てきて予期した通り痛みは収まってきた。すごく広義に見ると自傷的な行為だと思う。無理にも楽しもうとしたから楽しくはあったが。最寄り駅で氷結を飲む。帰宅してご飯を食べてから疲労困憊のなかふたたび駅へ。実家へ帰って1週間家を空けていた家人を0時すぎに迎えに行く。
2026/10/12 昨日 16199
蓄積した寝不足。飲酒。連日のバスケのせいで身体がガタガタになっていて午前中は何もできなかった。午後には回復したので予定通りTCBの2026秋の行楽part2に出かける。狛江駅に15時集合。改札前のセブン前でジョジョ立ちするNの子に迎えられ、五本松公園を目指す。川を見て喋り、酒を買いに行き、夕焼けと川とアオサギのシルエットを見ながら酒を飲んで喋った。演じるときに笑う演技が出来ないという話をした。TCBのふたりに向けてやってみたらすんなりできた。緊張する環境下で笑うのが難しいというだけの話かもしれない。笑えばいいと思うよというのは全くその通りだと思っていたがアドバイスとしてはあまり用をなさないものだということが遅まきながら理解された。完全に暗くなってから川を下って狛江の隣駅へ。そのまま狛江まで歩いてNと子はバスで帰っていった。子に最近おぼえた俺様クレイジーマンを披露するが一度もウケなかった。代わりに子が口屁(ブーというやつ)をしたときに大げさに吹き飛んでみせたらこれは百発百中でウケた。自分が何かをしてそれに対するリアクションがあると笑うということのようだ。これは子にかぎらず人にはそういう傾向があるように思う。子のためには積極的にそれをしようと思う一方で人にはそうしようとは思わないというこちらがわの都合もあるから万事に適用することはできないが。狛江の行こうと思っていた居酒屋はしっかり一見お断りで、女将にバツのジェスチャーを食らったため次善策のニュースターでBと飲む。Bはメガジョッキを都合3行く酒豪ぶりを発揮していた。楽しかったが何を喋ったかあまりおぼえていない。
2026/10/13 今日 3563
一日在宅。NBAのプレシーズンマッチを見る。ニックスvウルブズ。2年前にMSGでラメロ・ボールを直接見てからその華麗さに圧倒されてファンになり、NBAを見始めるようになった。そのボールがまたチームを変えてMSGでプレシーズンマッチを戦っているのが面白く感じられた。アントマンとのコンビワークも上々のようだし、ビッグマンのゴベアの存在感など、ちょっとずつウルブズのことを知り始めている。お昼にはお米を炊いて食べる。14時-15時のセクションで昼寝。完全な休息日に当てる。出すべき依頼メールを出すために30分すこし残業する。スタバに行って日記を書く。劇作家・演出家に対して気後れがある。思ったことを言いたいと思っているが、どのレベルで言うべきかを気にするという自分にとっては通常の配慮以上のものが、彼を前にして発言するときには生じる。自分が創作をしていないこと、劇作をしようと思ってもできないことを自分がはっきりわかっていることが、自分をして気後れを生じさせている原因だ。そうならないためには、1.劇作をする 2.俳優として彼に追従する意識を持つ のどちらかを採らなければならない。消去法的に2を選ぶのはそれを選んでいないのに等しく、たちまち”追従する意識”というようなこまっしゃくれたアイデアに寄ってしまう。前回の演劇祭後に、次回参加する条件として小説を完成させることを自分に課そうとしたのは、これが直接の理由ではなかったが、やっぱり理のないことではなかったのだ。いま、我らの劇作家はわれわれ俳優がせりふを言うために脚本を執筆してくれている。あまり相手を尊敬しすぎないようにしようという自分自身の参加ポリシーを一部やぶってでも尊敬するべきところだ。そうなってしまっているのは「自分がやるべきことをやらなかった」という自分自身のあるべき理想像からの欠損によるものなので、やはり忸怩たる思いは残るものの、甘んじて引き受けなければならない。自分自身に課した宿題をやらなかったのにこうやってノコノコと参加しているのは他の誰でもない自分なのだから。試しに15人の俳優が出演する上演脚本を書いてみようと思ってみたが、本当にまったく歯が立たない。文字通り一行も出てこない。