20260206

日記716

投げるからには

2026/02/05 昨日 13328
20時にはスタバを出て酒を飲まずに帰宅する。16時という遅い時間に昼ご飯を食べていたのでサッポロ一番塩だけで済ませてすぐに寝る。


2026/02/06 今日 7153
朝から出社。タスクが多い。追われるようにして13時まで働く。一区切り付けたので在宅に切り替える。豚とんでカレー味の小らーめんを食べるがいつもの味のほうが美味しい。帰宅して30分だけ昼寝する。そこからタスク消化のため画面の前にもどり、しこしこ働く。1時間半弱の残業になった。
もうすぐ39歳になる。楽しい時間はそれなりに多いし、労働時間中にも嫌な時間はほとんどない。週に2回ほどのペースでバスケットボールをしていて毎日8時間ぐらい寝れているから心身ともに調子がいい。読むべき本を読む時間、日記を書く時間はバスケをしていない日に限られるが、2時間から3時間ほどある。酒を飲む頻度は週7日から週2日ぐらいにまでに落ち着いた。毎日飲んでいた頃には考えられなかったことだが、酒を飲まない週も当たり前のようにある。
こういう何不足ない生活を送っていると、何でもできるという気分になってくる。だから実際、演劇にも挑戦することになって、もうすぐ本番を迎える。
しかし、自分には為事(しごと)がない。為事というのはいわゆる仕事ではなく、為にする事という文字通りの意味で、自分の為にする事だ。社会の一員として、つまり社会人として生活したいという欲求が自分にはうすいので、仕事に対する移入もほとんどない。まだバスケットボールや演劇のほうが力を込めてやれる。しかしそれにしても一生懸命やるということにはならない。誰かを押しのけてでもこのゴールを決めたい・止めたい、勝ちたいとは思えないし、誰かとぶつかってまで自分の演技を貫きたい、自分の動きに周囲を巻き込みたいという願望もない。集中力など各種自分の力を発揮するための適当な場が与えられてありがたいという気持ちはあるが、サイコロを振る、先読みしてアクションするという以外にもいろんな能力が必要になるボードゲームを遊んでいるような気分で、半ば自分の力を試しながら、半ば自分にできることを恃みに思いながら、おしゃべりしつつアイコンタクトしつつ、たわむれに盤面を進めているにすぎない。もし振り出しに戻るというマスに止まったら、歯を食いしばってもう一度やり直すということは多分しないで、躊躇なくべつの遊びに移行するだろう。音楽演奏や詩吟、ピックルボールなど、すでにその候補もいくつかある。自分は仕事の時間を支出しつつ、やりたいことをして自由に遊んでいるいい身分だ。遊ぶことはあまりに楽しいので、その自由を購うための仕事をも含め、どうも手放す気になれない。嫌なことが多かった仕事を経験していることも、いまの居心地の良さを失いたくないという気持ちに拍車をかけている。
ただ、時間は有限で、自由に使える自分の力を発揮できる時間、その力が今ある量だけ継続して使える時間はさらに限られている。自分にとって今こそがゴールデンタイムだという意識はある。その時間をどう使うかを自分は真剣に考えなければならないなとも思っている。遊ぶために使うのもひとつの手だ。負担にならない仕事をして遊ぶ時間を確保し、みなぎる気力や体力をふんだんに使って生活するなかでそのとき目の前に流れてきた綿毛を掴むという生き方。今何かを選ぶということをしないとするなら、自分はそうやって生きることになるだろう。「あそんでいきよう」というのは個人としての人間がたどり着ける最高の価値観だから。
あるいは、為事をして生きていくというアイデアがある。とにかくがむしゃらに一生懸命生きるということだ。自分は自分自身が何かを犠牲にするような生活をのぞまないが、それでも、自分で「一生懸命やる」を選ぶという条件であれば、自分にもできるのではないかと思っている。他人が言ったりやったりしていることに対して「それは違う・間違っている」と感じる狭い領域が自分にもある。そういうときはスコープが下手に伸びているだけで、ただ狭い了見にすぎないのかもしれないが、その違和感をバネにして高く飛べそうだという直感が働く。相手が間違っていて自分が正しいというのではないが、自分が正しいというのはある。相手の間違いのおかげで自分が正しいと思う線が見える。だからまずはその線を引きたい。それはまたいつかの自分にとっての相手になって、その間違いはいつかの自分の目に正しいと思う線が見える補助にもなるだろう。しかし重要なのはいつかではなく今だ。だからまずは線を引きたい。今から一本でも多く線を引きたい。それが自分の為事だという気がしている。いびつなことは気にしないでもいいが、いびつであろうとするのは違う。それ以外はまだ何もわかっていない。たぶんこれからわかっていくことなのだろう。始点だけを意識して引き始めるのがいいのか終点を決めて始めるべきなのか、線と線との接続は、重ね合わせは、統合は、どういうかたちでなされるべきなのか。ある程度は線に任せるのがいいのか、そうだとしてそれはどの程度か。
スタバに出かけて考え事をする。どうすればいいか、どうしようかと考える余地があるというのは恵まれていると思うし、考える余地があるかないか選べるなら断然前者を選ぶのだけど、それはそれとして、実際、どうしようか。とりあえず書け、でしかないのだが、そんなことを言っていても仕方ない。賢犬を流すつもりはないが、賢犬が立とうとしない以上、賢犬が飛び出てきた日のように、何かを見つけるためにふらふらする時間を作らなければならない。いつかはいつか(賢犬)、今は今。さて。

日記716

投げるからには 2026/02/05 昨日 13328 20時にはスタバを出て酒を飲まずに帰宅する。16時という遅い時間に昼ご飯を食べていたのでサッポロ一番塩だけで済ませてすぐに寝る。 2026/02/06 今日 7153 朝から出社。タスクが多い。追われ...