20230303

下北沢演劇祭の演劇に出演した2

とにかく思ったことを書こうと思って書いたのが↓で、思ったとおりに思ったことは書いた。

https://www.nyikitai.com/2023/03/blog-post.html
下北沢演劇祭の演劇に出演した

しかし、これじゃ何のことかさっぱりわかりませんと人は言うだろうから、せっかくの経験を人に伝えるに、この私でもさすがにやぶさかでないとしか言えないので、も少し具体的にどんなことをやっていたのかということを中心になるように書いてみようと思う。演劇WSというのは基本的に素晴らしいものであるという前提で書く。だから今回のWSも素晴らしいものであったというのは前提になる。そのためにかえって肝心の素晴らしさについて云々しないで、ここはもう少しどうにかなったのではないかという文句のようなものが前面に出てきがちになるかもしれないのであしからず、と注意しておく。
まずは説明会から。これは説明会・ワークショップ(以下WS)と称しているが出演者からすれば実質的にはオーディションの場であった。下北沢演劇祭の創作プログラムはプログラムAとプログラムBとに分かれるのだが、説明会はAB同時に行っていた。参加者はAかB、またはその両方に参加希望の意思表示をすることができた。ざっくり言うとこの年、Aはダンス中心のミュージカル、Bは(漠然と)演劇という印象で、ほかに大きな違いとしては稽古日に割り当てられている日数の違いがあった。私は演劇の稽古というものをやってみたいという願望があったので、稽古日が多いBを選んだ。
説明会では、まずAの演出担当とBの演出担当が挨拶をした。Bの演出のほうが感じの良さと威勢の良さの両面で上回っており印象的だった。「演劇が嫌いで」という口上は、「演劇(と呼ばれているもの)が嫌いで」という読み替えがわりと容易にできた。演劇のことが自分なりに好きなひとが言いそうなことだと思った。対象が何であっても、それについて”自分なりに”好きと言える人のほうが面白い傾向があるので、B希望にして正解だったと思った。
説明会の説明パートはスタッフの人によってスムーズに終わった。コロナ関連の注意点やこの後のスケジュールについて話していたと記憶している。オーディションパートではダンスをやったり、他己紹介をやったり、60秒の至近距離見つめ合いをやったりした。とくに手応えのようなものはなかったが、初心者・上背・家近所というわかりやすい武器があったので、挑戦的なタイプであれば私を見逃さないはずだという臆断をくだすには充分だった。
予想が的中して当選のメールが届き、WSに参加することになった。2ヶ月ぐらいの準備期間があり、そのあいだにメールで自己紹介のような文章を参加者同士で送り合ったりしたが、始まる前に変な先入観を持たれたくないと思ったので無難なことだけ書いた。この期間はとくに何もしていなかったが、期待というよりは思いつきが現実になるという恐怖が多く頭を領有していたと思う。
初日のWSは友人の結婚式が重なり出られず、二日目からの参加になった。まずやったのは自分の呼ばれ方を自分で決めて発表するということで、そのあとの「名前呼びゲーム」でさっそくその名前で呼ばれることになった。このときに大学時代から使われている友達からの呼び名を多少の被りを気にせず押し通せたことが、のちのちの展開を思えばまず正解だったと思う。名前呼びゲームでは自分の名前が呼ばれると、それを受けるターンがあり、そのときに自分の名前を自分で発声することになる。名前呼びゲームは演出がもっとも大事にしているコミュニケーションの基本、演劇の基本ということで、毎WSで繰り返しやったし、本番前のアップでもやったぐらいだから、自分に馴染みのない思いつきの呼び名に決めないでよかった。
初顔合わせということでWSではこの日がもっとも緊張したが、心理的安全性の確保に長けていることをまざまざと感じさせる演出の手際で、すぐにリラックスすることができた。一口で手際と言っても、それを発揮するためにはいろいろの試行錯誤を経てきているのだろうし、緊張という余計な軋轢を生まないための心配りはWS初日から本番千秋楽までずっと続いていて、その一点だけとっても、無い帽子を脱いででも尊敬の意を表さずにはいられない。とくに人前で緊張しやすい私にとって、演出が示した丁寧な言動・振る舞いは何よりの助けになった。
演出の影響力というものに十分自覚的であるというのは、私が思う演出家の最低条件ではあるのだが、実際にそういう人を目の当たりにすると雁字搦めに近い状態にまで自身を追い込んでいるように見えたし、これは誰にでもできる芸当ではないなと思った。もちろん完璧にこなせる人はいないし、ほぼ完璧な人のたまのミスによる負の影響は、何も気にしていない残念な演出家のそれと比べてかなり大きなものになるだろうということは予期していたし、それに当てられないようにと注意していた。(結果、私に関していえば完全に杞憂だった)
演出が繰り返し言う「コミュニケーションが大事」ということの意味が私にはあまりピンとこなかった。「相手のセリフを聴いて、自分のセリフを言うということを心がける」と聞いても、そんなの当たり前じゃん以上の感想を持てなかった。「それができない人が多い」とこぼしていたが、「そんなものですかねえ(超簡単じゃん)」という感じだった。WSが佳境に入って、本番が近づくにつれて「コミュニケーションが大事」の意味がわかってきた。WSでいとも簡単にできていたことが、一気にできなくなったからだ。私だけではなく、共演者の多くがWSで事も無げにできていた「相手のセリフを聴いて、自分のセリフを言う」ということができなくなっていた。彼らは(おそらく私も)トーストしてしばらく経った食パンのように固くなってしまっていた。固いままでも成立はしてしまうから恐ろしいということも言っていたが、それが事実なのだとしたらたしかに恐ろしいと思う。焼き立てのトーストとそうじゃないトーストは同じ組成でもまったくの別物だといえるから、そういう取り違いがもしあったなら、そしてそれに気づかないままでいるなら、これほど残念なことはないからだ。
最初の日からアップとして車座になってやる簡単なコミュニケーションゲームをいくつかやった。その後はジェスチャー伝言ゲームをやった。2チームに分かれてそれぞれに同じお題が割り当てられ、言葉を使わずに30秒間で人に伝え、受け取った人はつぎの人にそれを伝え、というふうにして、最後尾の人はお題を当てるというゲームだった。最初から難しいお題が多かったが、初心者の側からいえばそれによってジェスチャーの出来不出来をあまり意識する必要がなくなったのでかえってありがたかった。
極力言葉を用いないで成立させるというのを考えていたようで、結局、本番で披露した演目もほとんどセリフがない芝居になった。自分としてはセリフを言ってみたいという願望をもっていたので、若干肩透かしをくった形だが、本番が近づくにつれセリフがないことに感謝する始末だったのであまり大きなことはいえない。それでもセリフがないというのは役者からはもっとも不満が出るところかもしれないと思った。横のつながりを持てないまま本番を迎え、どういうことを思っているかというのを裏で聞くような機会を持たなかったので想像の域を出ないのだが。
ジェスチャーゲームで言われたことは「記号的な表現にならないで」ということだった。ゲームに勝つためには記号的な動きを取り入れて確実に伝えるほうが有利なのは間違いないが、ゲームに勝つことをそこまで重視していないということも随所で口にしていた。ゲーム自体がどうでもいいとならないようなバランスが必要なので勝ち負けもそのスパイスになるが、ゲーム自体はあくまでも手段であって目的ではないというのは、皆大人なので理解していたように思う。参加者の聞き分けの良さのようなものはつねに感じていた。かくいう自分もそうで、意図を汲もう汲もうとして、わけのわかったような態度をいつもとってしまい、勝手につまらなくなってしまったと反省している。
すでに理解していることを確認するためにWSに参加しているわけではないのに、はいはいそうだよねとひとり合点してしているのは思い返しても情けない。不安を自分なりに解消するために無意識にそういう動きをしてしまっていたのかもしれないが、いずれにせよ褒められたことではまるでない。
参加者の中には、「え?どういうこと?」とか「わからない」という人もいて、そういう態度こそ自分に必要なものだと思ったので、疑問を瞬発的に口にすることを心がけた。たとえば仕事などでは、わかっていなくてもわかっているふりをしてその場をしのいだりやりすごしたりするスキルが必要になることがあるが、WSではそれを封印しようと思った。
わかってほしそうにしていることをわかってあげない、と言うとやり過ぎのように感じてしまうが、それぐらい過激なことをやってみようと思った。こういうのは普通こうなる、というのが感じ取れても無視するというか。
そういう過激なことをあえてやってみようという気になったのは、そういうことをやっても許される雰囲気がその場にあったからというのも見逃せない。今回出演するにあたっては、演劇のお約束に付き合わないようにするというのは自分の良さを出すためには欠かせないことだと思ったから、できるかぎり非常識を押し通そうとして臨んだが、その邪魔をするのではなくかえって追い風になってくれたと感じた。しかし、そのせいで向かい風に立ち向かうという意味での興が削がれたのも事実で、今になって思うと、陳腐な例えだが「北風と太陽」のようだった。
演劇創作は、あるテーマから言葉を連想し、それをお題にしてチームごとに自由に創作するという形をとった。一番自由に決められるのは最初の何も決まっていないときなのに、そのときには皆消極的で、ある程度方向性が定まってきて好き勝手変えられないようになってから徐々にエンジンが温まってきていろいろ独創性を発揮しようとし始めるというのは、自由な創作の名に恥じないとはとても言えないお粗末クリエイティビティだが、自由を与えられていると感じさせつつ手綱を引きやすいのはこのやり方で間違いない。この点に関しては仕組まれていたと感じる。羊の集団に「ご自由にどうぞ」と言えば大抵の場合固まるものだからだ。まあ、まんまと固まってしまった言い訳なのだけど。
本番は細切れに分かれたパートをいくつもつなげたような格好になったのだが、最初に10分か15分そこらで考えたたいして独創的でもない単なる思いつきを形にして最後まで演じることになったパートもそれなりにあった。WS全体を通して創作の意識は低かったように思う。会議で当たり障りのない意見がなんとなく出て、とくに賛成も反対もされず、皆一様にパッとしないなと思いつつなんとなくそのまま決まってしまうというとき特有の雰囲気を感じた。否定しない良さが裏目に出て、「駄目じゃない」が合言葉になったきらいがある。ただ、もっと殺伐とした現場とのトレードオフで考えるのなら、間違いなくこれで正解だとは思う。
ただし、最後のほうに出たお題とその創作では、「やっぱこれなし」とか「全然違うのに変えます」というのが横行して、いい感じのカオスが部分的に創発した。はじめのうちからこれを出せていたらと思わないでもないが、全然出せないまま上辺だけスムーズに進行していかないでよかったという安心感のほうが大きい。変えたから良くなるという単純なものではないけれど、変えたい・変えるべきだという成果からみて真っ当な評価が共有できたこと、実際に土壇場で変更したことはポジティブな出来事だったと思う。
演出という立場からは「これは全部変えたほうがいいんじゃない」とは言えないので、自分たちでその判断をするしかない。もっと早い段階から、もっともっと変えていくべきだったと思う。創作については極力意識させないでぬるっと始めるという演出の意図そのままに、気づかないうちに創作をはじめていて、いつの間にか完成しているという事態に陥ってしまった。紛れもなく私たちの創作なのにもかかわらず作品に対する責任のとり方がまるでなっていなかったと思う。責任のとり方がなっていないというよりははじめからその気がない、責任がないという感じ方をしてしまっていた。どこか他人事というか、自分事のわけがないと思っていたのだと思う。そういう意識・無意識に対してフラストレーションをためる共演者もいただろうと思う。
ただ、責任をとるというのは難しくて、その気があるからといって責任がとれるわけではない。責任の一端に触れさせようとしただけなのに押しつぶされてガチガチになってしまうという事態も容易に想像できる。その意味では、責任などないと感じることで一番の恩恵を受けていたのは自分だという自覚があり、だからどの口が言うねんということを承知で言うが、もっと参加者ひとりひとりに作品についての責任を感じさせるべきだった。
配慮されているという意識は終始拭えなかったし、配慮が必要な状況に陥っていた自覚もあるけれど、もうすこし自分が作品の一翼を担っていると思えれば良かったのにという後悔に近い感情がある。本番や作品に対してもそうだが、それ以上に一回一回のWS対してもっとやれることがあったのではないか。
身体を動かすということについては真剣に取り組めた。ペアになって相手が動かした新聞紙と同じ動きをするというWSがとくに面白かった。創作部分、連想ゲームでもっと突飛なことを考えつくべきなのに前半でちょっと疲れてしまって(言い訳だ)、無難なことしか言えなかったのが自分の能力・ポテンシャルを考えるとどうしても残念だった。
コロナ下ということもあり、WSはすべてマスク着用で実施された。劇場入りして、場当たりからようやくマスクを外した状態で共演者と向き合った。このとき匿名から実名に切り替わったような感覚をおぼえて面白かった。ゲネプロ・本番(4回あって4回とも)はとても緊張したし、久しぶりに唇が荒れたりもしたが、何も考えられないほど一生懸命になっている瞬間がそれなりの時間継続したり、お互い限定的にしか知らない人たちと接近したりするのはどう思い返しても楽しかった。

20230302

下北沢演劇祭の演劇に出演した

私は、何かをやってみるときにあまり深く考えず、軽い気持ちでやってみるタイプの人間である。
昔はそうではなかった。どちらかといえば慎重を絵に描いたようなタイプで、自分の頭の中だけでいろいろ考え、しかも、それで完結できるだけの妄想力を俺は備えているのだ、とうそぶいていた。自分以外誰もいない部屋のなかで。
だから自分と向き合う時間は多かったと思う。そうすると、自分の傾向性とは真逆に振れてみたいとある日思うようになる。俺はこういう人間であると思っているが、ひょっとするとそうではないのかもしれない。その可能性について考えてみるというのは、どちらかといえば明るい気持ちに私を導いた。それまでの俺の延長線では選ばないような何かを選択してみて、俺には自由意思があるんだと自分自身に証したかった。たぶんそういうようなことを考えて、最初はただどこかに出かけていったんだと思う。東京に出てきた最初の夜、渋谷のクラブに出かけていったのもその一環でしかなかったが、何度か通ううちにまずはその場所での居方を学び、結果としてクラブでひとり踊るということの楽しさを知ることができた。
重要なのは、ひとりでいるために部屋に閉じこもっている必要はないということだ。行った先でひとりでいることと、部屋のなかでひとりでいることのあいだに大した違いはない。
何かをやってみるとき、誰かと一緒にやることが条件になる場合がある。そのときは一緒にやればいいだけで、それが終わった後にずっと一緒にいたり、それで気詰まりな思いをする必要はない。これも重要なポイントだ。ひとりの時間を多く部屋で過ごしていると、部屋から出ると四六時中ずっと人のそばにいなければならないというように考えがちだが、まずそれがそうではない。田舎ではそうなのかもしれないが、少なくとも都会ではそんなことはない。人はたくさんいるし、その効用もあり、誰も私に興味を持ってなどいない。もちろん礼儀として、あなたに興味がありますよというメッセージを送るためだけにやる通り一遍の会話は発生する。つねに礼儀正しい人間でありたいと思わないのであればそういった挨拶を無視したり、一切やらなくても問題ない。ただただ自分のやりたいことだけに集中すればいい。私には、やりたいことがそこまではっきりしていないのと、つねに礼儀正しい人間であらねばという強迫観念から、儀礼的メッセージを送ることに血道をあげているような瞬間が多くあるのだが、それも数をこなすうちに大した労力と感じなくなってくる。いつかほとんど自動的に社交上の礼儀を押さえられるようになるかもしれないし、べつに礼儀とかどうでもいいと思える日がくるかもしれない。いずれにせよ重要なのは、何かをやりたいと思ったとき、実際にそれがやれるかどうかのほうだ。
自分の傾向を踏まえてその逆を、とか、自分の延長線上にない動きを、とか、そういうある種の飛躍、つまり突飛な行動を、実際に行動に移せるかということを私は重要視している。そう思って行動するうち、いつの間にか、いい加減な気持ちで場当たり的に動くことが当たり前になってきた。
ひとり遊びをする場合、喜ばせたい相手はひとりしかいない。実際に行動に移してみなくても充分楽しいのは私にとっては言うまでもないことなのだが、それでも、実際に行動に移してみると私は驚く。その瞬間、意外に思いながらも私が嬉しそうなのを私は見逃さない。
自分ひとりで知ることのできることはたかが知れている。だから実際に本を読むのだし、実際に映画を見る。実際に演劇をやってみる。
ピンポンダッシュをやるものの気持ちは、実際にピンポンダッシュをしたものにしかわからない。私はこの手の言説には半分反対の立場である。実際にやらないでもなぜかわかるという不思議な状況をもたらしてきた数々のフィクションが私を反対の立場に押しやる。だから今でも半分反対だ。
しかし、実際に演劇に出演しライトを浴びたときの気持ちを、それをやらなかった架空の私に理解させることはできないのではないかという疑いをもってしまう。クラブで音圧を全身に受けて踊るときの気持ちを、それをしなかった私に理解させることは不可能ではないのかと思ってしまう。
他人に何かを伝えるというのは、私にとって縁遠い営みであるように思う。しかし、それを体験しなかった架空の私に向けてその実態を教えてやるという形式であれば幾分興味を持つことができるようだ。
演劇のWS(ワークショップ)を通して、これが客にどう見えるかということには興味を持てなかった。ただ、カメラを通して自分がそれを見るということであれば、見え方にも興味を持って取り組むことができた。若干興味がありすぎて、せっかく撮影してもらった動画を最初のうちは見ようとすることができないほどだった。
人に演劇WSを勧めたいかと聞かれると、答えはYES一択である。しかしそれは人が私と同じ考え方をするだろうといういい加減な他人観からのものだ。すこし人に寄せて考えると、リスクの概念がちょっとずれている人には勧められる。物事について、何もやらないことをリスクと考えるタイプの人には演劇WSを勧めたい。逆に勧められないのは人前で絶対に恥をかきたくないというタイプの人だ。私は人前で絶対に恥をかきたくないと考えて何もしないでいるのを恥だと考えてしまうクチなので、同様の考え方をする人であれば、いろいろ考えた末参加するのも全然ありだろうと思う。
その場にどうやって居るかというのが重要なのだろうと直観している。思いついたことを思いついたまま口にすることができるということ、思ったままに動くことができるということ、そういうのを目の前で見せられて、なぜそんなことができるのだと驚嘆した。ポジティブな驚きというよりはもっと強烈で、感情的にはほとんど憤慨に近かったと思う。「自己が主であり、他は賓である」という当然のことを、私は頭で理解しているにすぎないということを見せつけられたようで胸が苦しかった。
理解していることと、経験して知っていることのあいだには超えがたい溝があるということを思い知らされた。こういうことをいくら言葉でいってもナンセンスなようだが、それでもそう言うしかない。こうしか言えないというそのことを示すためにこう言うしかない。
ひとりの俳優が見せつけた権能は、本来私が発揮するべきはずのもので、しかし実際にはそうなっていないという苦痛は私にとって屈辱以外の何物でもなかった。やりたいことをやっているのは俺であるべきはずなのに、比較して優位なのは相手であるという事実。私の私用に歪ませたレンズを通してもなお歴然とした”違い”があった。技術で来てくれるならむしろ格好の餌食にできた。何しろ初心者という最強の盾を持っているので。しかしジェスチャーがうまいとかマイムがどうとかそういうのではなく、やりたいことをやるためにそこに居るという居方の面で圧倒的だった。場面に居合わせる力が図抜けていて、どんな場面にでも居られるという自信があり、しかもそれを隠そうともしない傲岸不遜なところに強烈な反感をおぼえたし、無茶苦茶に魅力を感じないではいられなかった。あの場に直面した私は「自己が主であり、他は賓である」と思うのを止めていた。そのときに限っていえば現実問題としてそうではなかったから。もし私が俳優としてあの場面に居合わせなかったら味わえなかった屈辱だったかもしれない。プレーヤーでいるということは「悔しい」の連続なんだろうと思う。
私はこれまでのほほん・のんびり・のうのうと歩いてきたし、これからも3Nを崩すつもりは微塵もないが、たまにはちょっと自分には似合わないことをやってみて楽しむということは止められそうもない。自分なりの居方を極めて、どこにでも居られるようになるという当面の目標もできた。この件に関して、仮想敵を架空の私のうちのひとりにするのではなく、他人にその任を預けられるというのが今回ひとりで外に出かけてみて得た一番の効能だったと思う。スポットライトを浴びるという奇妙な体験をのぞけば。どちらもしっかり理解させたいことなので、演劇をやったことがない私を見つけたら、実際にやってみることをつよく勧めたい。

20230226

日記59

昨日

あれからもう一年が経ってしまった。

前日の公演(二日目)で、思いついたことはやっておこうと、失敗しないまま終わるのはやめようと思い、思い切ってやってみたらあんまりよくない結果になった。大失敗とかではなく、なんともキレの悪い失敗になった。失敗してもいいというのはたしかにそうなんだけど、それを想定したり組み込もうとしても想像を超えるものにはならないし、ただただ緊張を増すだけのことで、やると決めたことをやらないととそれだけを考えて全然周囲を見れないし、がちがちに固くなって良いことがなかった。しいていえばそのことを知れたのが唯一よかった点だったけど、そんなのはやらんでもわかりそうなことだ。

この日の公演(三日目)は、自分で思いつく仕掛けとかはやらないことにして、演出が指摘してくれたもっと熱量高くというのを心に留めて最初から突っ走った。結果、自分のなかではこれまでで一番よくできたと思う。流れに身を任せた感があった。普段ならそういうのには抵抗があるのだけど、皆で作り上げた流れだったからというのとむなしい抵抗は前日に済ませたのとで、自然に乗ることができたような気がする。

公演後、演劇している友達が見に来てくれていたので挨拶する。こっちからありがとうございましたと言えるのはとても気分が良くて嬉しかった。一回り以上年下になる年若い友人なのだけど、あまり遊んだことがない。もっと遊びたいという気持ちをこめて友達と書いたのだがこれ以降一度も遊んでいない。一度ドラムを叩いているのを見に行かせてもらった。

その足で六本木のギャラリー兼カフェまで個展を見に行く。NYの街並みというか空気感をクラフトした作品を見る。前回の個展でも思ったことだけど、アメリカの都会感覚を大事にしているというかそれで遊ぼうとしている感じがあって肌が合いそうな印象を受けた。六本木一丁目の駅まで歩き、四ツ谷に向かう。六本木一丁目駅に行ったのはこれが初めてだった。

この個展を出している人とも遊びたいと思いつつ、自分からは声をかけられず、声をかけてもらうのを待っているだけという始末。もっと人に向かっていく気持ちを全面に出さないと。口で言うのはすごく簡単だ。

四ツ谷では荒木町のバーで韓国のうどんを食べるイベントが開催されていたのでそこで暖をとる。その後友人宅でちょっと飲んで帰宅。ジョージ・クルーニーは相手の目を見て乾杯するというアドヴァイスを得る。帰り道に小雪が落ちてきたので、少しだけマッチを売りながら新宿通りを歩く。

プランクチャレンジは14日目で、100秒×2になっている。ほんとうに限界ぎりぎりだった。

なんだかんだ一年前は身体を動かしている。今ではたまに思いついたときにラジオ体操をしている程度。お腹が丸くなるのも道理だ。

20230222

日記58

昨日
シアター711で場当たり。楽屋の鏡の上に自分の名前の札が貼ってあるのをみて高揚する。
演出の指示はそれが正しいのかは措いてもテキパキしていてしかも相変わらず丁寧なのを感じさせる。正しいかどうかは自分の立ち位置からは判断できないが、丁寧さがあるから信じてもいいと思わせられる。
演劇では自分の課題に向かって一直線では進ませてくれない。何かを解消しようという動きは、そのことだけに捕らわれたものになりがちで、そうすると前の状態のほうがよかったというフィードバックがある。拙いながらも感じさせるものがあるというのが失われた状態を決して良いとは思わないというのは客観的にみたら正しい。立ち位置を変えれば自分もそう思うだろう。しかし課題をそのままにしておけないのは明らかで、それをどうにかしないといけない。
声質から声が届きにくいため、セリフが聞き取れないというのを解消したい。そのためにはまずは大きい声を出すということなのだが、それ自体が自分には負荷がかかる。そうすると意識することの大半が「大きい声で」に持っていかれて他のことを考える余白がない。大きい声を出すためには(小さい声にならないためには)条件がある。それは不安感を払拭することだ。不安に思ったまま、それを隠して大きい声を出すという振る舞いをすることが私にはできない。共演者にはそういう状況を乗り越えてきたと思しい人が多く、しかも自前のものか訓練の結果か皆よく通る声をしている。
舞台の上で何かを言おうとも声が届かないのではないかという不安はますます声を小さくさせるから、そこにはまり込まないようにとにかく集中して大声を張り上げようとする。演じるどころの話ではない。
自分の声の通り方に不安感を持っているのは考えてみればずっと続いている。しかもそれに向き合おうとはしてこなかった。コミュニケーションというもうすこし抽象的なことに関心をもって、それに取り組もうとしてきた経緯はあるが、その原因については声以外にも当然いろいろあるので、声というのが外形的な要素に思われていたこともあって、なおざりなままになってきた。
聞く人に聞こえるようにということを思いすぎているのかもしれない。わかるように聞かせてあげないと、というサービス精神のようなものが、私が私の声を出すことを邪魔しているかもしれない。
伝えるということは一旦置いておいて、自分のなかでやってみるという気持ちを前面に出して、人前で「自分の声を出す」ということに集中する。現段階ではフィードバックは正直言って想像の範疇だ(想像の外のフィードバックがもらえるような段階まで進んでいないから当然だ)。だったらフィードバックのことは無視して、自分のやりたいことを優先させてやる。
その場面にいる人になりきってやる。無理に声を張り上げようとしない、声を出したいと思わないのであれば一言も発さないでも問題ない。声を出すときにはただ声を出す。演じるということをやりたいと思って参加した。演じた結果、自分というもの以外のところに可能性を感じてみたい。
同じシーンを演じる共演者のひとりから、どう考えて動いている?と質問をかけられた。それに回答できないということは、その場にいる人になっているのではなく、決まった動きをなぞっているにすぎないということだ。回答できたとしても粒度の低いことしか回答できないのであれば、そのぶんだけ解像度低くあらわれる。考えていたからといってそのとおりに動けるかどうかというのはまた別の話だが、動ける動けない・再現できるできないのまえに、場面に集中して頭を動かさないといけない。まずはそこからだし、今回に関してはそこだけといってもいい。せっかく打てば響く良質の鐘があるのに、思い切って打たないと損だ。

今日
朝、2日間のファスティングを解除してハムチーズトーストを食べる。午前中はかなりゆっくり過ごす。このあと15時からゲネプロがある。その場にいられるかどうか。今はあまり緊張していない。
結局ゲネが始まる直前からかなり緊張した。喉がカラカラに乾き、最初は手が震え足まで震えてきた。その後のことはあまり覚えていないが、カチコチの動きだったろうと思う。
帰りながら反省したけど、なんで緊張するのかわからない。人前が苦手なのはあるがそれ以上の緊張要素はないはずなのに、たんに人前が苦手以上の緊張があるのはたしかなのでそこを払拭できるようにしたいが、人の目とそれに仮託された自分自身による自分自身への期待が過大なことにあるんじゃないかと思われる。が、その場合は緊張を和らげることは見込み薄だろうから、緊張の緩和ではないべつの方法を採らないといけない。もちろん明日の本番にはそんな余裕はない。ヤクルト1000を飲むぐらいしか有効な方法がない。
ひとつあった。客席に暖房を入れたからか人の入りによってか場当たりのときよりも暑く、かなり汗がでた。ヒートテックを上下着た状態で舞台に立ったのでそれがでかいと思われる。減らせる気になることは減らしておく。あとは相手のことを見て動く。昨日はそれで緊張がだいぶ落ち着いた。

20230211

日記57

8時に家を出て近所のスターバックスにきた、来る道すがら、昨夜の雨が止んですっかり晴れ上がった空から朝日が差して、とてもきれいだった。ずっとこのままであってほしいとか、これが永遠に続いてほしいというようなことを最近よく思ってしまう。とても気分のいい日が続いているからそのこと自体は嬉しいことなのだが、続いてほしいというようなことをふと思った瞬間に、せっかくの好天や上機嫌ががらがらと瓦解してしまう感覚におちいる。見える景色や天気の良さ、それに影響を受けての気分の良さは続いているので、暗点が浮かんでそれが大きくなりそうになり、暗点が大きくなれば、明るい気分と暗い気持ちに引き裂かれ、いずれすべてを飲み込んでいく感覚にまで到達するような気がする。実際にそこまで行くことはないのだが(途中で考えることを放棄するので)、そういう萌しのほうはしっかり存在感をもっている。今日は、ちょうどこれから散歩に出かけるところでいかにも楽しげな白い大きい犬がいたので、それで気がそれて良かった。

演劇祭が近づいてきている。稽古のことを日記に残す必要があると始まる前には思っていたのに、日記を書くことさえせずにしまった。言葉で思っていることや感じていることを確定させたくないという、昔ながらの言い訳がある。
それは演劇にかかわらず、長崎に行ったことや、誕生日のケーキが美味しかったことや、いろんなことに適用される。記録として写真に残しているから、それに全力であぐらをかいているかたちだ。

能動的に動きたい。というようなことを思うようになった。受動的な人間だと自分のことを評価してきたが、それは間違っていると気づいてきた。テニスで例えると、自分は後衛向きのプレーヤーだと思い込んでいたが、むしろ前衛で力を発揮できるプレーヤーだと今さら気づいたという感じだ。もっと対戦相手に近づいていくほうが良い結果が得られるような気がする。

粗品の動画をよく見ている。彼に触発される人は多いだろうと思う。私はべつにギャンブルをはじめようとは思わないが、自分がやりたくない労働のことをすべてバイトと呼ぶやり方は取り入れようと思った。少しでもバイトを減らして仕事をやらなければならない。去年はバイトをやめたところまでは良かったが、仕事もしないで、もっと悪いことには前半とくに遊びもしないで悠々自適の自抜きのような体たらくだった(退廃的天国だった)。
最近になってバイトをはじめたら生活のリズムが定まってきて、自分は時間がないほうがかえって活動的になれるタイプなのだと気づいた。
あと、バイトにしてもまじめにやるほうがいい。まじめが昂じていつか仕事になれればいいと思うけど、たぶん難しいだろう。それでもそういう展望を持っている方が得だと思うのでそうすることにする。

この2週間ぐらい睡眠スコアが90点を超え続けている。そうするとさすがに調子が良い。「23時台に寝る」を至上命題にして生活している感がある。調子が良いとすべてを楽しめることになるので効率の良さがあると思う。

資格勉強で小説には一切手を付けていない。資格勉強自体は、仕組みの理解が半分・暗記半分という段階なのでそこまで苦にはなっていない。これから追い上げで暗記になっていくにつれバイト感は増していくだろうと予想される。現にそれが見えてきた最近では、資格勉強から遠ざかりつつある。資格勉強のせいで小説も読まないしまずい。どう考えても毎日酒を飲んでいるのがよくない。そこをどうにかしないと。とは思うものの出勤した帰りや稽古の帰りにスーパーで酒を買って飲みながら帰る誘惑には抗いがたい。そうするともっと早く寝て朝の時間を増やすのが現実的な解決策になるだろうか。

20230210

『俺の家の話』を8話まで見た

宮藤官九郎を見たことがある。しかも何らかの仕事をしている最中の宮藤官九郎を。

どこでというのはプライベートに関わることだから差し控えるが、昔住んでいた地域のシアトル系カフェで見かけた。彼自身はあまり生気があるタイプには見えなかったけれど、彼のMacbookはゴテゴテとステッカーのたぐいが貼りたくられており、そのせいでなんとなく能弁なイメージを、もっと消極的にいうと、決して暗くないという印象を受けた。

そのとき、私はきれいなMacbookを使って、日記か何かを書いていた。宮藤のほうが先に座っていて、私はあとから席に座った。ひとしきりMacbookの画面に集中していると、顔を上げたときには姿が見えなくなっていた。しばらくすると宮藤が座っていた席には高校生ぐらいの女が座って勉強か何かを始めた。

あのとき宮藤が書いていた何かは何だったんだろう。当たり前といえば当たり前だが、何か特別なことをしているという感じはまるでなかった。たんにサボっていただけかもしれないけど、仕事をしていたのだとしても、それは日常のなかの1ページで、取るに足らないことだとは言わないまでも、めずらしいことでもなんでもない、という感じがした。女子高校生が勉強をしている時間よりもずっと長い時間、カフェだったりなんだったりに座って何かをしてきたのだろうし、していくのだろうと思うと、女子高校生がやっている勉強のほうが特別感があるとさえいえる。女子高校生がこれからどんな方向へ進むのかは見当もつかないことだが、前後3年間が人生でもっとも長く机に向かう、ある特別な時期になるというのは、結構な確率のことのように思われる。

そういうことを考えていると、とにかく「机の前に座った時間」が物を言うことになるのは間違いないと思う。あの能弁な感じというのは、Macbookの背中一面に貼られた無数のステッカーにではなく、彼自身の醸す雰囲気に依るところが大きかったのだ。

それに軽い見かけに反して厚みがあった。地面と足の裏がしっかり繋がっているという感じがした。誰しも地面に足をついているんだけど、単なるその事実が、事実そうだということを超えて、しっかり目に見えるというところに特別な何かがある。そういう感じがあった。カフェという場でひとりで過ごすのだから一言も喋らないのは当たり前なのだけど、そして実際黙って座っていて、黙っていつの間にか消えたのだけど、宮藤は黙っていてもうるさかった。しかも、いなくなってもしばらくうるさかった。今も、こうして思い出すとうるさい。

見るべきものを見て、やるべきことをやっている人をじかに見ると、うるさいという感情が湧き起こるということを知った。


宮藤官九郎脚本のドラマ『俺の家の話』を見ていると、ドラマから逆算してそのことがわかる。ドラマもまたうるさいからだ。

見るべきものを見ている人というのは決して見逃さない。話のなかで大きな流れを作っても、それに流されない。大声をあげる魅力的なキャラクターを活き活きと動かす一方で、小声で何かそれに棹さすようなことを言わせるのを忘れない。目がくらむような光のしたにあるものをしっかり見ているからこそ、そこに気づいて、何ごとかをぼそっと言ってしまうのであって、光の眩しさに恍惚となるような気遣いはない。

たとえば、ドラマのなかで登場人物がとる選択に違和感が浮かんだとしても、大きな流れに沿ってそうしたわけではなく、彼の理由があってそうしているということは疑えない。それが見ている自分自身のやり方とは相容れないと思ったとしても、所詮、自分の話ではなく『俺(彼)の家の話』にすぎないと思える。人は人、俺は俺という前提がタイトルに組み込まれているし、全編を通してそのことをしつこいくらい念押ししてくる。

『俺の家の話』『あまちゃん』『いだてん』などのドラマを通して、その作者は大きな流れに身を委ねたり、大きな物語に組み込まれたりということをしていないと信じられる。劇中で葛藤する登場人物は、どこまでいっても一対一で向き合える対等な相手という感じがする。違いがあるとすれば、たとえば『俺の家の話』では物心つかないうちから舞台のうえに立つ人間を主人公にしているというところにあり、それを理由として、日常で見ないほど、そして画面越しでも受け止めきれないほど、圧倒的な花があるぐらいのものだ。

うるさいということでいうと、大きな声はうるさくない。なぜならそれはミュートしてしまいやすいからだ。どれだけ大きな音で大きなことを言おうと、一度ミュートすることに決めたら、以降は全然うるさくない。

それよりもうるさいのは、「こいつは見ている」という感覚のほうだ。それに対してミュートは無意味だ。見るべきものを見ているとこっちで知ってしまっている以上、そいつのことはいつまでも気になるし、向こうは何をしないでも(こちらのほうを全然見ていないとしても)こっちで勝手に、しかも持続的にうるさい。

とはいえ大きな流れというのは、現場においてつよい存在感と影響力をもっており、それに注意を向けているうちに小さい声にまで気が回らないということはよく起こる。有り体にいえば、小さい声というのはそれが小さい声だからという理由で’その場では’無視してしまいやすい。

それでも心のどこかに引っかかっていつまでも忘れられず気にかかるのは、誰かがぼそっと言った何かの方だろう。小さい声の厄介なところは、よほど気を張っていないと、それに反論したり反応する機会を逸してしまいやすいところだ。宮藤官九郎の作るドラマはそういう小声の量が他と比較してもかなり多めで、それをひとつも見逃すまいと、見る方で目を皿のようにするから見ていて面白い。能動的に見ざるを得ないように設計されている。

そして静かでありながら同時に能弁であるような「特殊な能弁さ」は、本人の佇まいや醸し出す雰囲気のほうにも浸潤しているよう見受けられた。あの日見たあまり生気があるとはいえない男が本当に本人だったとしてだが。

20230206

『イニシェリン島の精霊』を見た

私は私の友人に何を望むか


私が私の友人に望むことというのはそれほど多くないが、文学に親しみのある人間ではあってほしい。ドストエフスキーやカフカはもちろん、できればアメリカ文学のように周縁に位置するような文学作品も抑えていてもらいたい。

当然本の虫というのでは駄目で、スポーツをやるのも見るのも好きであってほしい。サッカー好きだというのは簡単な条件だと思うが、それだけでは不足で、応援しているチームが国内外にひとつずつあることも欠かせない。

それから、お笑いが好きでないと始まらない。笑うのが好きという牧歌的なタイプでもかまわないが、大勢の人が白けてしまうようなシチュエーションで、場にそぐわない爆笑を挙げてしまうような攻撃的な笑い方をする一面は、それを表に出すかどうかにかかわらず、必ず持っていてほしい。

この条件にあてはまらない他人がいくら私に話しかけてきたところで、私は彼のことを友人とは認めない。友人以外の他人に冷淡な態度で接するような底の浅い行動をとることはできないので、暇がゆるすかぎり、ナイスに振る舞うのは当然のことだが、それは彼のことを私の友人だと認めての行動ではない。いわば精神的な習慣が、私にその場にそぐうような適当な振る舞いをさせるだけのことである。相手の話に笑いもするし、頭を使って質問に答えもしようが、それは親愛的な情のゆえというよりは親切心のなせるわざである。


とまあ、こんなことを言ってはいられない。昔、これと近いようなことを考えたことはあったが、それでもごく短い期間のことにすぎないし、そういうようなことを言ったことだってもしかするとあったかもしれないが(私はどちらかといえば軽薄な人間なので)、少なくともそのようなことを言い続けてはいられなかった。もっと突き詰めた人間になれればと思い続けているような気はするけれど、むしろ習慣のほうに飲み込まれて、あまり友人がどうとかいうことを考えないようになった。


それでも、私の人生には暇があまり残されていないということにふと思いが至り、その残り時間の少なさに鋭く胸を突かれるような羽目におちいるそんな日がきたとしたら、『イニシェリン島の精霊』の登場人物コルムのような動き方をするのではないかということを思わせた。その意味でこの映画にはリアリティがあった。パッと見の劇的な展開とは別のところで、浅ましい人間の、他人に多くを求めようとしてしまう弱さをストレートにえぐり出しており、私はそこにリアリティを感じた。

つまり、コルムに共感する人は少なくないのではないかという感じがして、その意味でリアリティがあった。荒唐無稽といえるほど美しい景色と、見事な役者の演技は、リアリティの向こう岸をそんなの関係ないと言わんばかりに突っ走っていったが、それらがあるひとつのものを形作り、指し示していた。そしてその先には、われわれ自身の浅ましいところがあって、それは無いものでもないから、私にリアリティとして感じとられたのだ。しかし、大体の場合に私がそう思うように「これは私のなかだけにあるものだ」とは思わなかった。私のなかにあるというよりも、誰かのなかにそれがあるんだろうなと感じられたことを指して、それをリアリティと感じとったのであって、普通の場合、つまり私のなかだけにあると思うときに感じるなにかのことを――いろいろな呼び方で呼んでみることはあれど――、私はリアリティとは呼ばない。自分ではなく、誰かのなかにあるという感じが、その不気味なイメージが、リアリティというあまりぞっとしない妙ちきりんな言葉と親和的であるように思われたのだ。これが嫌いなもの同士が仲良しだと感じられるパラノイアの典型例だったとしても、それを差し引いても親和的なところがあるように思われる。差し引けるのかどうかということは置いておいて、にはなるのだが。


リアリティがあり、はっきり面白いと感じたのだが、それでも映画に瑕疵がないとはいえない。たとえばコルムの動作には違和感がある。最初から最後までひとりの人間が演じたというように見えず、途中で人が変わったように見える。

どうしてもコルムの意図と動作にズレを感じる。結果的にそれしかないという羽目におちいることなしに、コルムが望んでいたものは得られないはずだと私には思われる。トレードオフのようにどちらかを選び取るというのは甘い罠にすぎないのではないか。

もちろん、本人にとってそのストーリーは心和むものであるということは疑いを入れないし、そうである以上、できることをやるべきだと思うからそれで良いと思うが、残りの四本をまとめていった時点で、私にとってはその生命が消えてただの役(しかも別人)としか見えなくなった。

結局、映画はこれが劇映画であるということを誇るかのようにことさら劇的に進行していき、赤いものをまき散らしたり突き上げたりしていったが、冒頭の30分で見せたリアリティの域にはどうやっても達しないまま、いわば尻すぼみに終わってしまった。ちょうど半ばあたり、上の道と下の道とで道別れとなるカットの美しいイメージを残して。


冒頭の問い「私は私の友人に何を望むか」について考えてみたが、気の利いた答えが浮かばない。

私にはそういうところがある。たんに答えが浮かばないときに「気の利いた答えが浮かばない」というように、一応浮かんではいるのだがということを匂わせる言い方をするところがある。私は私自身のそういうところを隠そうとしていないから、仲の良い友人はそのことを知っているはずだ。それに私には友人のことをことさら見ないようにするという癖もないから、仲の良い友人のことは、「そういうところがある」というようなところを何度も見ているし、知っている。

そして「知っていてくれている」というのが私が私の友人に望むことで、私の友人が私に望むことにちがいないと、だいたいの見当をつけている。まあそれだと知己ということになるんだけど……。それは言葉の持っているニュアンスのほうがわるいだけであって、知己というのは私にとって大事なことだ。

それでも友人のことを条件でみたり、こいつは俺の友人たる格があるかということを考えてしまう癖は抜けないし、これからも完全に抜けるということはないと思う。ただ、そうである以上、そこで使う基準を借り物で済ませるわけにはいかない。お金をもっているとか優しいとか余裕があるとか楽しいとか、もちろん全部重要なことだが、それらは自分自身の基準に照らして大事なことだとは思わない。

コルム基準にも共感できるところはある。もっとも共感したのは、その厳格さではなく柔軟さで、基準をそれまでのものから変更したところだ。指を落とさないまでもそういうことができるようでいたい。

日記728

光る路 2026/03/03 昨日 3561 スタバを出てから氷結グレープフルーツを買って雨宿りがてら駅前で飲む。家人にケーキと、自分に晩御飯を買って帰る。ダイエーが店名をイオンフードスタイルに変更したとかいう話だった。ノーノーガールズの7話を見る。オーデ...